第128話、石の城攻略


 恐怖心とは、実に不思議なものだ。

 得体の知れないもの、理解できないものに対する不安、恐れは、どうにでもなるとわかった途端、その感情が薄らぐ。


 石になってしまったらどうしよう、という不安は、俺が解決できるとわかったら、もう心配ないとばかりに、冒険者たちの動きを良くした。


 治せないとなれば必要以上に慎重にもなるが、治癒魔法をかけるが如く回復するのならば、他の魔獣と戦うのと変わらない。45階に到達できる実力ある冒険者たちにとって、もはやゴーゴンは、そこらのモンスター並みの存在となったのだ。


 もちろん、油断はしない。40階以降に出てくる敵である。弱いはずがない。

 攻略パーティーは、石の城へ突入した。地形上、迂回するのは不可能だからだ。


 さらに石化から解けた冒険者たちの証言で、彼らの仲間たちは、おそらく城に挑んでいると思われた。表で石化された者たちは、パーティーが別々の者ばかりで、その仲間たちの姿がなかった。

 いない者たちは、石化された仲間の仇を討つ、あるいはダンジョン攻略のために城に入ったに違いない。


 そしていまだ45階が突破されていないところから考えても、あの城の中には石像になってしまった冒険者がいるに違いない。助けられるのなら、助けるべきだろう。


 待ってろ、ゴーゴン。片付けてやる――そう意気込んで、冒険者たちは城門というには粗末なゲートをくぐり、中へ。

 予想通りというべきか、ここにも石像があった。十数体――しかし、そこでとある問題が起きた。


「アレス様……これを」


 それを発見した冒険者は青ざめていた。


「この石像……頭がありません」

「!」


 それは大きな声ではなかったが、瞬く間に冒険者たちに冷や水を浴びせた。


「こっちには、腕がありません!」

「顔面が潰されてます……!」

「そんな……これって」


 ソルラが絶句する。冒険者たちも気づいた。

 この状態で石化の呪いを解除したら、この欠損している像の中の人間はどうなる?


 頭がない、顔が潰されている石像は、たとえ石化を解いても、死ぬのではないか? 腕などの体の一部がない者も、人間として再生しても、その部分が失われている。

 一度薄れていた恐怖心が、冒険者たちの心に蘇るのを感じた。彼、彼女らはこう思ったはずだ。


 たとえ、石化の呪いを俺が解除できても、石の状態で破壊されたら、取り返しがつかない。つまり、死ぬ、と。


「……その時は、石化された仲間が傷つかないように守ればいい!」


 リチャード・ジョーが、全員に聞こえる声で言った。


「石化された仲間は、アレス様が元に戻してくださる! それまで、仲間を守ればいいんだ!」

「お、おうっ!」


 鉄血のメンバーが答え、他のパーティーメンバーたちも恐怖を押し殺した。覚悟は決まったようだ。


 俺は内心、リチャード・ジョーの振る舞いに、親子だな、と感心した。俺の知るフランク・ジョーもまた、仲間の挫けそうな心に活を入れるのが上手かった。


 俺は、城で見かけた人型の石像の呪いを解除する方に回り、城の攻略、ゴーゴンの捜索は他のパーティーに任せる形になった。これも役割分担かな。


 捜索する冒険者たちを前に、ジンがゴーゴンとの対決、倒した後の処置を説明した。特に倒した後、ゴーゴンの目は潰すか何かで覆っておくように、という点は特に注意した。


「――意識して石化の呪いを飛ばしているようだが、死に際は、特に呪いが発動しやすい。死んだ後も、呪いをばらまく恐れがあるから、目は見えないように隠しておいてくれ。……間違っても覗き込んで、アレス様のお手を煩わせないように」


 冒険者たちは苦笑した。ジンは最後に言った。


「俺は回収屋だ。何か戦利品などがあれは魔の塔ダンジョンの攻略に限り、タダでギルドまで運んでやる。大きさも量も気にしないでいい。全部持ってやる。あと有料だが、解体もやってる。何か珍しいものを見つけたら持ってくるなり、無理なら呼んでくれ。……幸運を」


 カミリアが頷いた。


「では、パーティーごとに分かれて、攻略開始! ……アレス様、行って参ります!」


 冒険者たちは移動を開始した。

 俺は、回復した冒険者たちと身元確認しながら、石像の解呪作業にかかった。俺にとっては知らない者ばかりなのだが、勇気ある冒険者であるのは間違いない。


 どれくらい石化していたかはわからないので、目覚めてショックだろうが、そこは仲間がいれば、何とかしてくれるだろう。少なくとも、このまま放置しておくわけにもいかないからな。


 俺が解除作業をやっている間、ソルラは神聖魔法の回復で、石化から戻った者たちの手当をしていた。

 ジンとラエルは、石像を俺の元に運んだり、先に回復した冒険者たちと移動させたり、携帯食や飲み物を提供していた。リルカルムやベルデらは、ゴーゴンが奇襲してこないよう見張っていた。


 シヤンとレヴィーは……何か知らないが、同じく残っている黒甲冑をまとった騎士風冒険者をじっと見つめていた。

 個人勢の冒険者で、名はマラディ。全身鎧に兜、バイザーを下ろしていて素顔は不明。大柄で体格から男だと思う。ここまで一言も発さず、自己紹介の時すら無言で通していたので、声はわからない。


 なお自己紹介時は、冒険者ギルドスタッフが代わりに喋っていた。ギルドスタッフたちも、本人の声を聞いたことがないため、もしかしたら喋れないのかもしれないと噂になっていた。……うん、まあ、喋れない原因は、アレのせいだと俺は思う。


 ギルドでは『暗黒騎士』などと呼ばれているマラディは、何故か俺を凝視しているようだった。その視線の正体がわからないので、シヤンとレヴィーが同じようにマラディを見つめているのだろう。……何だろう、喋れないかもと聞いているから問わないが、なんか気になるなぁ……。ひょっとして、解いてほしいのかな、アレ。


 作業を進める。石化から解放され、意識を取り戻した冒険者たちは、代わる代わる俺のところにきて、お礼を言っていった。


「貴方様があの英雄王子様?」

「まさか、このような形でお会いできるとは――」


 まあ、当然のようにそこにも触れられた。こんな何年前からここにいるか知らない者たちすら俺のことを知っているのだから、有名人なのだなと自嘲する。


 そうこうしてうちに、攻略組のほうが騒がしくなってきた。ウルティモがまず最初にゴーゴン撃破を報告。続いてバルバーリッシュ、アルカン、グラムとそれぞれ1体ずつの撃破を知らせた。なお、二名が石化の呪いを浴びたが、俺が早々に解いた。


 倒されたゴーゴンの首は、ジンの言いつけ通り、目隠しや袋に入れられた状態で持ち帰られた。……というか、お前たちは、なんで揃って生首を持ち帰って俺に見せるんだ? 頭髪が蛇で、凄く気味が悪いんだが?


「まるで主君に首級を見せる儀式みたいですね」


 ジンが皮肉っぽく言っていた。主になった覚えはないが、なるほど言われてみれば、そう見えるかも。


「結局、俺はゴーゴン退治せずに済んでしまったな」


 一番耐性があって、どう考えても俺向きな相手だったのに。ベルデがニヤリとした。


「あんたが出るまでもない雑魚だったってことだろ?」


 かくて、石の城は突破。そのまま45階をクリアし、王都冒険者たちは、次の階へ開拓の手を伸ばした。

 救助された冒険者は30名ほど。残念ながら破壊された石像も十数体が確認された。

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