第60話、守護団潰すべし
「見たか、ドラウ?」
「ああ、見たよ、旦那ァ……」
情報屋のドラウは、殺し屋のベルデの言葉にそう返した。
カーソン・レームの屋敷の側にある別の貴族の邸宅。その屋根の上から、アレス・ヴァンデが共有参加守護団の武装員を呪い、さらに不意打ちした黒星三兄弟――いわゆる、そこそこ実力のあると評判の殺し屋を瞬殺した場面を見た。
「あいつは、バケモンだ……アレス・ヴァンデは悪魔だったんだ!」
「かもな」
背後からの奇襲。あれを防いだの魔法の類だが、腕のように見えた黒いものは、闇属性のものだろう。
悪魔を倒した英雄は、自身も悪魔になったというのか。
「はっきりしているのは、アレス・ヴァンデは呪いの力を自在に操る能力を持っているということだ」
今もその力を使っているのか、地面に張り付けられている武装員に、何かしら聞き込んでいる。時々、険しい顔をするのは、内容が彼を不快にさせているのだろう。例の共有参加守護団の話を聞き出しているのかもしれない。
「ヤベェ、バケモンだ。あいつに突っかかったら殺されちまうよぉ……」
ドラウはすっかり怯えていた。十年は遊んでくらせる大金をもたらす賞金首だとか言って、はしゃいでいたのとは別人のようだ。
「だから言ったろ。様子見だって。……安心しろ。まだオレたちは手ぇ出していねえから、近づかなければ、何もされねえよ」
仮にここにいるのがバレて、目の前で現れたとしても、貴族宅を物色しようとやってきたケチなコソ泥とでも言えばいい。
少なくとも、かの大公は、罪なき民を気に入らないからといって殺したりするようなタマではない。
「そ、そうだよな! よかった……。なあ、旦那、もうここを離れよう! 関わらないのが一番だ!」
「近づかないというのは賛成だが、まだ成り行きを見守る必要がある」
「えぇ……」
「しっかりしろ、情報屋。オレたちは、一応依頼を受けてしまっているんだ」
ベルデは、ドラウを睨んだ。
「せめて依頼主がどうなるか、それを見届けないといけない」
「そ、そうか……! 依頼が困難とくれば、クライアントが何かいい知恵を貸してくれるかもしれない!」
「馬鹿。その依頼主を消すかもしれねえってことだ」
「!? だ、旦那っ!? それはヤバいよぉ! そんなの、裏切られたのでなければ暗殺者業界じゃ、ぜったいやっちゃいけねえことだろう!」
「普通の相手なら、な。だが暗殺者業界とアレス・ヴァンデ、どっちが怖いかって聞かれたら、オレは後者だと答える」
「っ!?」
信じられないという顔をするドラウ。ベルデは真顔だった。
「見てろ、ドラウ。数日中に共有参加守護団は壊滅する。これは確定した未来だ」
まったく迷いなく、ベルデは断言する。
「この国に根付き、隣国の工作をした奴らだ。王族であるアレス・ヴァンデがその正体を知れば、全力で叩き潰すに違えねえ」
それはそうだ、とドラウは頷いた。ヴァンデ王国の敵なのだから、工作員、スパイは害虫を殺すが如く、一切の容赦なく殲滅される。慈悲はない。
「場合によっては、依頼を受注した暗殺者ギルドにも飛び火するかもしれん」
王国にとっても、暗殺者の集まりは非合法組織もいいところだ。発覚すれば残しておくこともない。
「だから、アレス・ヴァンデ暗殺の依頼を出した共有参加守護団の末路は見届けないといけない。……オレたちが今後生きていけるかどうか、それにかかっている」
・ ・ ・
今回の襲撃は、邪教教団は絡んでいなかった。
共有参加守護団とかいう、隣国ガンティエ帝国のスパイどもの仕業だった。これまで俺が潰してきた不正を正されることは、隣国による侵略の手を潰したことになった。それに対する報復というわけだ。
屋敷に戻ると、侵入者の処理は終わっていた。黒バケツ隊も敵を返り討ちにして、リルカルムも、散々敵を蹂躙できてご満悦だった。
「アレス、どうしたの? すっごく怖い顔をしているわよ?」
「そういうお前は、酒でも飲んだのか? 酔っているように見える」
「テンションが高いのは認めるわ。……ああ、もう、気分が昂揚してしょうがないの。血の匂いで酔ってしまったわ」
根っからの殺人狂なのかもしれない。災厄の魔女は報復に国をひとつ滅ぼしたが、なるほど封印されるだけのヤバい奴だってことだ。
「怖い顔しないで、アレス。大丈夫、ワタシはイイコちゃんなんだから。アナタの敵しか殺さないわよ」
「そう願いたいね」
少なくとも、気まぐれで王都民に危害を加えようとしたことはなかった。
「それで、何かわかったんでしょう? アナタの感じたイヤーな話、聞いてあげるから、話してごらんなさいな」
「自分からそういう悪い話を聞くのか?」
ちょっと意外だな。だがリルカルムは、チロリと舌を覗かせた。
「だって、アナタがぶち殺したいって思えるような悪党がいるんでしょう? ワタシも交ぜてほしいわ」
前言撤回。単に人を始末したいだけだったようだ。とはいえ、不思議なものだ。今は、それでもいいとさえ感じた。それほどまでに共有参加守護団にキレていたのだ。
「隣国工作員の巣窟は、まず処分する」
これは確定だ。明日の予定にはなかったが、もう決めた。というより、今からでも潰したい。
「ついでに、隣国も潰すか」
そう口にした時、リルカルムは満面の笑みを浮かべた。こういうことを言うと、普通は非現実的なことを言うのはやめろとか、不謹慎とかいうのだろうが、全肯定してくれるのが災厄の魔女というのが何という皮肉。魔女が聖女に見えるんだったら、人間の思考というのは、実に都合よくできているものだ。
まあ、ガンティエ帝国潰しについては、後で考えるとして、今は――
「共有参加守護団を片付けよう。……この屋敷に攻めてきた報復に」
報復には報復を。命を狙いにきたの相手なのだから、遠慮は無用だ。
入り口フロアが、血と焦げ跡だらけの地獄となっていた。明るくなれば、黒バケツ隊が戦った侵入者の死体や血痕などが、至る所に見つかることになるだろう。
「腕がなるわね! 報復! 滾るわっ!」
リルカルムは、とてもやる気だった。頭のおかしな女だが、こういう時に躊躇いなく賛同してくれるのは悪い気がしない。……俺も相当、いかれてしまったなと思う。
俺とリルカルム、黒バケツ隊は、武装員から聞き出した守護団本部へと移動する。今頃、襲撃の成否の報告を待っているだろう工作員の親玉たちに、死刑台への階段を登らせるために。
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