第64話、谷と橋


 順調に階層突破は進む。

 俺たちは、魔の塔ダンジョンの20階に到達した。


「あらぁ、もうゴールの転送陣が見えてるわよ?」


 リルカルムが20階――広々とした平原を眺める。ダンジョンの中とは思えない曇り空。どう見ても野外である。風が吹き、踝程度の高さの草がサラサラと揺れた。

 ソルラが苦笑した。


「初見だとそう思っちゃいますよね……」


 二百メートルほど先に、岩の壁がいくつも立っていて、その少し先に、次の階への転移魔法陣があった。そこには岩の柱の向こうには、複数のゴブリンアーチャーが潜んでいる。

 俺は言った。


「この階の突破ルートは二つだ。このまま真っ直ぐ行くとある橋を渡るか、谷へ降りて迂回するか」

「橋と、谷?」


 そう、ここから百メートルくらい先まで近づくと、見えてくる谷と橋。魔法陣までの最短ルート上に橋があり、そこを渡ればすぐなのだが、待ち受ける多数のゴブリンアーチャーから激しい矢の雨が降ってくる。


 一方、橋の手前に谷へと降りていく道があり、そこは対岸からは死角となるため、安全に迂回することができる。ただし数キロ分遠回りを強いられる。


「なるほど、遠くて楽なルートか、短くてハードなルートか……悩ましいわね」


 リルカルムは胸の下で腕を組む。


「回収屋さん? アナタたちならどう通る?」

「仕事上、最短ルートは通ったことはない」


 ジンは肩をすくめる。


「橋を強行突破し、そこで命尽きた者の遺品は、その後ゴブリンが回収してしまう。大半の冒険者が迂回ルートを選択する以上、通るとすればそちらになる」

「アレスとソルラは?」

「迂回ルートだ」


 俺だけだったら時短で橋を突っ切ったかもしれないがね……。


「う、すみません。私のせいで」


 ソルラが申し訳なさそうにした。

 橋という回避がほとんどできない場所で、矢が雨のように降り注げば、防御力のある騎士でも、守り切れない。


「まあ、複数人で橋を渡るというのも難しい。何せ吊り橋だから、足場は安定しないし、飛んできた矢で橋が落ちるかもしれない。どう考えてもリスクが高かった」

「なるほどねぇ。あ、そういえば、この階のフロアマスターって何? 普通なら魔法陣の近くにいると思うんだけど……見えないわ」

「フロアマスターは迂回ルートのほうにいるからな。ストーンドラゴンという岩石をまとった、重装甲がウリのドラゴンがいる」

「うわ、硬そう」

「中々手強かったよ」


 俺が言えば、リルカルムは頷いた。


「迂回するのも面倒臭いから、橋を渡りましょう!」

「聞いてなかったのですか、リルカルム」


 ソルラが詰め寄った。


「敵は多数の弓兵がいるんです。渡る時に蜂の巣ですよ?」

「それはアナタが騎士だからでしょう? 遠距離攻撃に秀でている魔術師であるワタシがいるのよ? 連中をぶっ飛ばして、悠々渡ればあっという間よ」


 まあ、見てなさいな――リルカルムは、さっさと歩き出した。凄い自信だ。


「よろしいのですか、アレス?」

「彼女もああ言ってることだし、もしその通りにできるなら、時短に繋がる」


 頭ごなしに無理と決めつけず、やる気を買って任せてみよう。



  ・  ・  ・



 橋の長さは約六十メートル。断崖絶壁の間にかかる木の吊り橋は、ダンジョン産ゆえか、落ちたとしても一定時間で新しい橋が生成される。……つまり、戦闘で落ちることを当然のものとして設計されている。


 対岸の岩の柱は、言ってみればゴブリンアーチャーたちの盾であり、こちら側からの弓矢、魔法などの投射攻撃から身を守る盾でもある。分厚い岩の柱は、飛んできた矢が貫通する、ということもない。


「ご感想は、リルカルム?」

「うーん、魔法を撃つには、ちょーと遠いわねぇ」

「迂回するか?」

「まさか。ワタシ以外の魔術師なら、という話よ。……まあ、見てなさい」


 サンダーボルト!――リルカルムの詠唱。空は黒雲に覆われ、次々に雷が落ちた。


「ひゃっ!?」


 ソルラが思わず両手で耳を塞ぎ、うずくまった。さすがの俺もあまりの轟音の連続に耳を塞ぐ。


 近くで落ちる雷、その凄まじさに眉をひそめる。対岸の岩柱に炸裂する雷は、ゴブリンアーチャーを貫き、または一瞬で黒焦げにしてその命を奪っていく。

 あらかた盾になりそうな岩柱がバラバラになり、見通しがよくなった。炭になったゴブリンアーチャーの死骸が点在し、動く者の気配はない。


「でもぉ、ゴブリンって狡猾よね? 死んだフリをしている奴もいるんじゃない?」


 そういうと、リルカルムは次の魔法を詠唱。天から氷の槍の如き柱が雨のように降ってきて、地面に隙間なく刺さっていく。


「これは酷い……」


 ボソリとジンの呟きが聞こえた。氷柱で地面ができてしまった――そう表現するほど、対岸は酷い有様だった。


「さ、これで問題ないでしょう? 行きましょ?」


 リルカルムは悠々と吊り橋を渡った。ジン、ラエルも続き、俺も吊り橋を行く。……おっと、これ五人が乗っても大丈夫か? うん、大丈夫そう。ソルラ――

 振り返れば、神殿騎士殿はロープに掴まり、青い顔をしてガクガクと震えていた。ひょっとして。


「ソルラは、高いところは駄目だったか?」

「う、う、うぐ……」


 言葉にならないのは、本当に駄目そうだった。


「はい、俺に掴まって」

「うぅ、ごめんなさい。本当にごめんなさい……」


 半泣きになるソルラ。下を見ないように目を瞑りつつ、謝る姿は普段の凜々しさは欠片もない。いじらしいと思う。

 約六十メートルの橋を何とか渡りきると、リルカルムがニヤニヤしていた。


「ソルラちゃーん、アナタ高所恐怖症だったのねー、意外」

「意外とか言うなッ!」


 ヒステリックに叫ぶソルラ。情けない姿を見られたという自覚はあるようで、その可憐な顔は真っ赤だった。


「可愛いわよ」

「可愛くないッ!」


 まるで駄々っ子のように悔しがるソルラである。


「おいおい、リルカルム、あんまりからかってやるなよ」


 ともあれ、俺たちはフロアマスターを避けてきたが、転移魔法陣はきちんと働いて次の回へ飛ばした。

 ボスを倒さなくても先に進めた。さあ、次から俺にとっては、初めての領域だ。

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