第71話、模擬戦、終了!


 シヤンは確かに速い。さすが獣人のハーフ。人間とは体の動きからして違う。


 だが俺がこれまで戦ってきた相手を比べると――最速ではない! 

 繰り出されるシヤンの拳。その内側にカースブレードを通して当てて、弾く。


 ヌッと脚が出てきた。素早く内側に剣を回して、これも弾く。最小の動きで、逸らしていく。


 シヤンが若干下がる。インファイト型で攻撃型だろうに、やりづらそうだ。密着して絞め技なり仕掛ければいいものを、打撃にこだわっているせいだろう。殴る、蹴るは射程が短いが、威力がのった攻撃のためには適切な距離が必要だ。近すぎても威力が出ないなら意味はない。


 では俺も剣を振るえないわけだが、攻撃ではなく防御に、つまり剣を盾のように使う限り、防ぐ、弾くはできるわけだ。


 彼女が関節技や絞め技でこないのは、俺の左腕から出ている呪いオーラのせいかもしれない。呪い持ちに触れると、呪いが伝染るのではないか、というやつだ。

 差別や偏見も、使いようではある。わからないものは無意識のうちに恐れてしまうもので、シヤン自身も本来のパターンとは違うのかもしれない。……知らないが。


 舌打ちが聞こえた。


 シヤンが誰の目から見ても急に距離を取った。ギャラリーがざわついた。インファイターが自分から離れるのは異様な光景なのだろう。しかも彼女は押しているように見えたのに。


「何か、気持ち悪い……! 切り替えるっ!」


 シヤンの拳に光のオーラのようなものが集まる。


「ここまで手こずったのはお師匠様以来だよ、アレス! アタシの最強技で、ケリをつけてやるっ!」


 ピリピリした空気が彼女から放たれる。獣の威圧、殺気。獰猛な魔獣が目の前にいるような感覚に、周囲が一歩引いたような気配。……うーん、涼しいな。

 昔語りは老化の証拠というが、昔戦った悪魔のほうが、もっと凄味があった。


 次の瞬間、シヤンは地を蹴った。拳に蓄えた魔力を一点に集中して敵にぶつける。放たれたオーラ、地表にヒビが入り、大気を軋ませ、圧倒的な魔力の塊が迫る。


 躱すか。……一瞬思ったが、ふと場を取り囲むギャラリーのおののく気配を感じた。これ、俺が避けたら、飛んできたオーラで、観戦している冒険者たちにも被害が出るのではないか?


 一発食らっても大丈夫な魔道具がある俺と違って、シヤンが最強技と言ったそれが当たれば大怪我、最悪死んでしまうのでは?

 刹那の間とはいえ、今から対応を変えて間に合うか? あれ一発当たれば、俺の負け確定だが――怪我人が少ない方を選ぼう。呪いを使わずに済ませたかったが、仕方ない!


「カースブレード!」


 呪い『大食らい』! 迫る巨大オーラを正面から一刀両断! 構成魔力を我が呪いの剣が喰らう!


「っ!?」


 シヤンが息を呑んだ。必殺を期した一撃だったはずだ。それが俺の剣によって消滅させられた。勝利を確信していたか? それはまだ早い。


「ふっ、ふざけるなぁっ!」


 シヤンの髪が逆立った。ふざけてなどいないが、何故か激昂された。シヤンが踏み込んできた。自分の渾身の一撃が消されたのが、そんなにご不満か? そもそも周囲を巻き込むような攻撃を放っておいて、それはないのではないか。


「まるで子供だな」

「うるさいっ!」


 繰り出される攻撃。もういいよな。呪い解禁。封力! 剣が触れた部位の力が抜ける、入らなくなる呪い! それをシヤンのパンチ、その内側から弾くように当てれば――


「っ!」


 ここで蹴り――しかしそれはさっきも見た。そしてこれカースブレードで弾けば、触れた彼女の足も力が入らなくなる。

 シヤンが足をついた時、グニャリと曲がったように見えただろう。彼女がその場にうずくまり、見守っていた者たちが何が起きたかわからず困惑する。


「力、入らない……!」


 立ち上がろうとするシヤンだが、右腕も力が入らず、そのままぐったりと地面に倒れてしまう。何とか左腕で起き上がるが、自由のきかなくなった体にパニックに陥った。

 もういいだろう。


「審判」

「はっ……! 勝者、アレス・ヴァンデ大公閣下!」


 おおおっ、とギャラリーが驚きの声を上げる。この結末は想定していなかったのだろう。勝手にシヤンが倒れたように見えたのだから。


「ま、まだだっ! まだっ!」


 シヤンが抗議するが、自力で立つのも難儀している状態で、どう戦うというのか。周囲の目も、そう言っていた。


「おい、審判! 取り消せ! アタシはまだ死んでいないっ! アタシはまだ戦えるっ!」


 あの、これランク昇級試験で、模擬戦なんですが? それにマジになって殺気飛ばしてくるとか、役に入り過ぎていないか?


「もう、そこまでにしておけ」


 呪いオーラを全開。別の意味で周りが悲鳴を上げた。


「お前が本気なら、俺も本気を出す。この状態の俺に勝てる要素は、たぶんお前にはないぞ?」


 ゾゾゾッ、と、さすがのシヤンも青い顔になった。戦意は砕けた。ガクガクと震えて、「す、すいません……」と小声が彼女の口から漏れた。

 それでいい。俺もニッコリだ。



  ・  ・  ・



 試験の模擬戦は、全勝で終了した。まあ、ランク昇級で実力を見るという点では、充分だったと思う。

 相手がAランクで『狂犬』の二つ名持ちの猛者であり、その彼女を退けたのだから。これで落ちたら、呪い持ちへの偏見と差別、もしくは不正を疑うレベルだと思う。

 ギルマス代理のボングは、俺のBランク昇級を認めた。


「もうそのままAランクにしてもいいんじゃないかって思っていますよ」


 ボングは苦笑していた。


「Aランクトップを倒してしまったのですから」

「倒していないよ、無力化させただけだ」


 それも相手が本気の殺人技ぶっかましてきたから、こちらも呪い解禁したわけで。


「できれば呪いは使いたくなかったんだけどね」

「冒険者としては、能力を存分に使ってくれたほうがわかりやすいんですがね。アレス様も、もっと呪いを使ってもよかったんですよ?」

「そうなのか? あまりに呪いを使うと、卑怯だの不正だの言われるかと思ったが」

「冒険者は騎士ではありませんから。とにかく生き残ること、それだけの力があるか見るのが試験ですから」


 シヤンに一方的に攻められて、無傷で潜り抜けただけでも評価に値する、とボングは言った。ちなみに、シヤンの封力の呪いは、ちゃんと解除した。


「それより、アレス様。魔道具に何かついてませんか?」

「ん? ああ、これか」


 借り物の防御魔道具を返却しながら、こびりついているそれを削り取る。


「血か、これ?」

「アレス様! 魔道具の効果切れてませんか?」


 ボングは驚愕している。俺もビックリ。


「あれ? 攻撃を食らっていたのかな? じゃあ、俺の負けか」

「いや、シヤンの試合では一発も被弾がありませんでしたから。もしかして試合前から効果が切れていた……?」


 とにかく、無事でよかったです、とボングは言った。

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