第75話、男女装備均等法


 その法は、男性に占有された戦う職業を改革し、女性の社会進出の機会を増やそうというものの一つである。


 女だから、と差別されている現状を変えよう。女性はお飾りではない。男に負けないくらい働けると、貴族のご夫人や令嬢が中心となって活動が始まり、軍や治安組織において、女性だからと肩身の狭い思いをしている女性騎士たちも参加し、結果、奥様方の強い声に押されて一部貴族たちが、そのように動き出した。


「男女の身体的格差から、戦う職業は古来より男が中心だった。だからといって、女を蔑ろにするものではない――これについては、私も同じ意見だ。戦場に勇敢に戦う男たちも、女たちの献身があればこそであり、決して下に見ることが正しいとは思わない」


 ヴァルム王は言った。


「女性にも近衛騎士はいるし、冒険者もいる。ユニヴェル教会にも女性の神殿騎士もいる。彼女たちは男に負けず劣らず献身的であり、勇敢だ。女だからと軽く見たり、卑劣な行為をする男は罰せられて当然と言える。……お前もそう思うか?」

「はい、左様で……」


 カントナ侯爵は、コクコクと頷いた。しかしヴァルム王の目は冷ややかだった。


「だが、この男女装備の格差を憂いた男女装備均等法とやらだが……。これを考えたのは誰だ? あまりの出来の悪さに、こいつは馬鹿だと思った」

「……」

「男性の装備は女性の装備に向けて、豊富であり質がよい。性差による装備格差はあってはならず、公平でなければならない」


 ヴァルム王は、ロールを手に読み上げる。


「男性装備は、女性装備に比べて安く、バリエーションも豊かである。故に、女性装備も安く、種類を増やすべきであるが、それが叶わないなら平等であるために、男性用装備の値上げで、均等にすべきである」

「……」

「男性が作る女性装備は、とかく女性というものを理解しておらず、品性に欠けるものが多数を占める……」


 ヴァルム王はわざとらしく眉をひそめた。


「とかく、男性は男性装備だけを作るべきであり、女性の装備は女性の職人が作るべきである」


 そわそわと視線を泳がせるカントナ侯爵。


「市場の多数を占領している男性装備を減らし、女性装備の場所を拡張し、より手軽に、かつ多くの品を女性が触れられるようにすべきである。その比率は、現状男6:女4とする。将来的には男女5:5……」


 ヴァルム王は、カントナ侯爵を凝視する。


「教えてくれ侯爵。君の領地に武具職人のうち、女性職人はどれくらいいるのか?」

「あー……ええ」

「ハンガー軍務大臣。国が把握している武具職人の男女比率は?」

「男95、女5です」


 執務室にいるハンガー軍務大臣は淡々と答えた。やはり、カントナ侯爵への睨みはやまない。


「カントナ侯爵。君とその一部の領地では、この男女装備均等法で、武具店のラインナップが女性用装備を拡張したそうだな」


 ヴァルム王は手を組んで、顎を乗せた。


「それで、比率に従った結果、店から弾かれた男性用装備の職人が、次々に失職していると聞いたのだが……本当かね?」

「えっと、それは――」

「大手はともかく、中小の武具職人が失職して、鍛冶などに転職したりしているそうだが、そちらも人があぶれて上手くいっていないとか。その大手にしろ、雇っている職人を何人かクビにしていると聞いているのだが……」


 ヴァルム王の視線は針のごとく鋭い。


「さらに武具店自体も、均等法の前より売り上げが下がっているらしいが。なあ、侯爵。教えてくれ。どう考えても、誰も得をしないと思うのだが、これは誰に得がある法なのだ?」

「いや、それはですね」


 カントナ侯爵は精一杯胸を張った。


「女も男と同じ人間でありまして、決して劣っていることはありません。しかるに――男同様の職や位についても、何の問題もないわけで――」

「だったら、侯爵の位は今すぐ貴様の嫁に委ねろ」

「は?」


 侯爵はポカンとしてしまう。ヴァルム王は真顔である。


「聞こえなかったのか? 女性も男性同様の職や位についても問題ないと言うのであれば、貴様がその模範を示せ。王である私が許可する。夫人を侯爵に。貴様は侯爵の夫という身分だ。侯爵という立場の役割、仕事は全部夫人がやれ。そして貴様は夫人がこれまでやっていたことを引き継げ」

「あ、いや、しかし――」


 カントナ侯爵は慌てる。まったく想像していなかった展開だからだろう。


「男女装備均等法については、ここからは夫人を問い詰めることにしようか。彼女がカントナ侯爵だからな」

「いや、陛下。妻にそれを話しても、おそらくご期待には添えないと思いますが――」

「そうなのか? 貴様も私の期待に添う答えをしてくれていないのだが? 誰に聞けばいいのだ? 教えてくれ、カントナ侯爵の夫」

「……っ」


 侯爵は顔を真っ赤にした。ヴァルム王は侮蔑に満ちた目を向ける。


「私は王として、貴様たちに領地を貸し与えている。統治してもらっている分、貴様たち貴族が治めやすいように、ある程度の自由は与えている。そこで行われることは……委任している以上、税や労役などこなしている限りは、口出しは控えるのが暗黙のルールではあるが――」


 王の声がさらに冷ややかさを増す。


「忘れてもらって困るが、貴様たちは私の部下であり、互いの契約で結びついている関係だ。主の意向に添えない、他国との内通、王国を弱体化ないし破滅に導くような売国奴は、罰せられて当然だ。この意味はわかるな? カントナ」


 ゴクリと唾を飲み込む侯爵。王は、家臣に命令できるのだ。


「女性の地位向上は素晴らしい考えだ。差別的な態度を取る一部男性の振る舞いには、見ていて不愉快極まりない。しかし、この男女装備均等法――それとは関係ないよな?」


 この法のせいで、武具界隈は混乱し、それは実際に扱う冒険者や戦士、騎士たちにも影響をもたらしている。それも悪いほうに、だ。女性装備の展示スペースだけ増やしても、女性職人が増えたわけではない。それまであったスペースを失った影響で弾かれ、失職した職人がいて、国にいる武具職人の数が減ってしまった。


 理念は見るべきところがあるが、そこに秘められている悪意が隠しきれず、また実情にあっていない法は、害でしかない。


「我が国は帝国という厄介な隣人を抱えている。いつ爆発するかもしれない状況で武具関連の弱体化は、利敵行為に他ならない。……私はね、ここ最近の隣国の介入を見ていると、この男女装備均等法も、女を盾にした我が国の弱体化政策のように思える。いったい誰なのだろうなぁ、売国奴は」



  ・  ・  ・



 男女装備均等法を敷いていた領主たちが、王国によって処罰された。


 隣国と共謀し王国の武力を弱体化した罪――スパイ罪である。男女装備均等法の文言について、広く世間に周知させた結果、職人界隈でだけでなく、多くの人々がこの意味不明な文章に疑問を持ち、均等法を定めた貴族への不審と怒りが浸透した。


 相対的に王族に対する支持が上昇の傾向が見え始め、貴族たちもこれまで自由にやり過ぎたことで、次は我が身ではないかと戦々恐々としだすのである。

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