第182話、呪われた村バルダー
空を移動するなど、ゲレールは当然、想定していなかっただろう。当たり前ではあるが、どこの世界にリヴァイアサンを乗り物代わりに使うものがいるというのか。……ここにいる。
地上を歩けば数日の道のりも、空中を移動すればすぐである。何やらゲレールが慌てていた。
「ドラゴンで乗りつけるのですか?」
「何か問題か?」
「さすがに領民を驚かせてしまうのではないでしょうか?」
「……まあ、驚くかもな」
俺は肩をすくめた。
「なに、バルダー村に行って、治して原因を突き止めたらすぐ帰るさ。これでも俺たちも多忙だからな」
「……いやしかし、チエントロの領地に入るので、領主様に話を通しておくべきではないでしょうか?」
「何故だ?」
俺は、ゲレールを見やる。
「何故って……バルダー村はチエントロ伯爵様の領地ですから、一言ことわりを入れておかないと――」
「そうなのか? 確かにチエントロ領での出来事だから、領主にってのはわからんでもないが、ゲレール、お前は、王都まで助けを求めにきたのだろう? 大方、領主に断られたから。……違うか?」
そもそも地元の問題で、何かあればまず領主に報告。それで助けを求める。領主がそれで解決できるなら、わざわざ王都まで来る必要がなく、また領主に解決する意思があれば、領主サイドの部下が、救援の使者を出すだろう。つまり、ゲレールが王都へ行く必要はない。
にもかかわらず、村人であるゲレールが領を出たということは……そういうことだろう?
「領主が話を聞いてくれなかったんだ。そんな領主に話を通す意味があるか?」
「それは……」
ゲレールは言葉に詰まった。……何だか怪しいな。ドルーはともかく、リルカルムとシヤンも、ゲレールに胡乱げな目を向けている。
「問題ないな。冒険者が個人的に依頼を受けたんだ。領主は口出しできない」
……正式に依頼という形で受けてはいないんだけどね。でもほら、冒険者ギルドで話をしたってことは、そういうことだよ――という風にやっていこう。実際、何か言われたとしても、冒険者の証を見せることで、個人の邸宅や敷地でない限りは不法侵入にはならない。
やがて俺たちを乗せたリヴァイアサンは、チエントロ伯爵領に入った。ゲレールの話では、村の中心から呪いの煙が噴き出して、住民たちが呪いにやられたという。内容は、体が常時痛くなるもので、動けるには動けるが、常時痛みに耐えるしかないらしい。……嫌な呪いだ。一体、原因はなんだろうか?
「おや、あれは……?」
村の中心の広場に、何やら貴族っぽい若者と兵士がいた。領主とその部下だろうか。あと村人らしいのが何人かいて、どうも領主に土下座をしているようだった。
「何やってるんだ? ゲレール?」
「あ、え、さ、さあ……」
あからさまに視線が泳いでいるゲレール。お前、本当にこの村の人間か?
「アレス、気づかれたのだぞ」
シヤンが、下の兵士たちがこちらを見上げていることに気づいたことを知らせた。そりゃこの巨体で近づけば、遠くからでもわかるか。真正面じゃなかったから、結構近づけたけど、もういいや、そのまま下りてしまえ。
「ドラゴン!? に、逃げろ!」
貴族の若者と兵士たちが、慌てて逃げ出した。村人たちは、痛みのせいか、膝をついたままのろのろと四つん這いで逃げようとしたが、俺たちが下りるのが早かった。
「いい感じの呪いね」
リルカルムが言ったが、こんなもの全然よくないぞ。俺は、震える村人に声をかける。
「驚かせてすまない。俺は呪い解きだ。お前たちの呪いを解きにきた」
カースイーター――左手を前に出して、その村人から呪いを吸い取る。……うわ、これはキツイな。俺たちが駆けつけるまで全身に痛みとか、気が狂うだろこんなの。
「……治った? 痛くないっ!」
その村人は立ち上がると、両手を突き上げた。
「やったぞぉぉっ! 治ったぁ! はっはっはっ! いやぁああたあああっ!」
相当嬉しかったようで、狂喜乱舞である。はいはい、よかったね。
「お喜びのところ悪いが――」
「ああ、あなた様が、呪いを取り払ってくれたのですね! ありがとうございますぅー!」
泣きながら笑い、俺の手を握ろうとするが。
「あ、左手が――」
「これは俺の呪いだから、心配しなくていい。それより、他の村人たちも呪いを解除しないとな。手伝ってくれるか?」
「も、もちろんです!」
その村人は、近くで這っている村の仲間に駆け寄り、俺の元へ体を支えて運ぼうとする。
「アタシも手伝うぞ!」
「私も」
シヤン、ドルーが他の村人のもとへ。レヴィーがリヴァイアサンから人間の姿に戻り、リルカルムと辺りを見回す。俺はその間に近くの人から順番に呪いを解いていく。
「おおっ、痛みが消えた!」
「やった。おかあさぁぁん!」
治った者から大声を上げたり泣き出したり。苦しみから解放されて歓喜し、やがて呪いを受けた村の仲間たちを、俺のもとへ運ぶ作業が拡大する。
結果、俺は広場で呪い解きを続ける。村人のほうで勝手に列が形成されていく。
「そこまでだ、貴様ら!」
突然、大声が響いた。視線を向ければ、先ほど逃げた兵士たちと、若者貴族、そしてゲレールが広場にやってきた。
「おい、呪い持ち! 作業をやめろ!」
あ? それ、俺に言ったか? 俺は、固まっている村人たちをよそに、呪い吸収を続ける。
「おい、聞こえんのか、呪い持ち! お前のことだよ!」
槍や剣を向けて、兵士たちが近づく。そこへシヤンとドルーが立ちはだかる。
「おいお前ら、いい加減にするのだぞ!」
「この方をどなたと心得るか、無礼者!」
兵たちを恫喝するドルーだが、そこで若者が口を開いた。
「うるさいぞ、冒険者如きが、誰に向かっている!? 無礼者はお前たちだ! 私はチエントロ伯爵が息子、モンドル・チエントロ子爵であるっ! 跪け!」
何とも嫌味な顔をした若者貴族だった。モンドルと名乗った子爵は、俺を見た。
「おい、呪い持ち。お前は誰の許可を得て、呪いを解いているのだ? ……まったく、これだから呪い持ちは低能のクズなのだ。不敬罪で逮捕、奴隷落ちにしてやるぞ」
あ? 不敬罪、だ? さすがに俺は、解呪を一旦やめた。
「それは聞き捨てならないな。子爵如きが、王族に対して侮辱かね?」
「は、し、子爵如きぃ……!?」
「私はアレス・ヴァンデ大公。現国王ヴァルムの兄だが……この私に何かほざいたかな? チエントロ君?」
お前に、本当の不敬罪というものを教えてあげよう。
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