第183話、宣戦布告
不敬罪を持ち出してきたから、不敬罪で返してやった。
国王や王族に対する尊厳を害し、不敬な行為を働いたものは犯罪人として裁かれる。俺は、チエントロ子爵に見えるように王族の証を見せた。
「知らなかったで不問にされるのはここまでだ、チエントロ君? 君は私に言わねばならぬことがあるだろう?」
「アレス・ヴァンデ、大公だと……!? お前は、私を謀るか! この嘘つきめ!」
チエントロ子爵は吼えた。周りの騎士たちが慌てた。
「ほう、私を嘘つき呼ばわりか」
「アレス・ヴァンデはかつての王子の名前で、大公ではない! 語るに落ちたな! この詐欺師め! あっはははっ!」
チエントロは笑い、騎士たちは青ざめた。この愚か者は、どうやら最近の時勢について、まるで知らないようだ。
確かに俺が大公になったという御触は、最近文章で各貴族に伝達されたから、顔を知らぬ者も多いだろう。しかし、王族の証を見ても、本物かわからないのでは、いかに貴族の務めについて無知で、仕事をしていないのかわかるというものだ。……周りの騎士たちがこの反応だから、引きこもりか親の脛を囓っている貴族にあるまじきクズであろう。
そもそも、ここの呪いを解除する行為を止めようとするなど、怪しいなんてものじゃない。
「お前は、亡き王子の名を騙る詐欺師である! この場で討ち取り、国王陛下に偽物の首を献上してくれるわ!」
チエントロは言った。なるほどね……。
「つまり、貴様はヴァンデ王国に宣戦布告をするつもりだな?」
「黙れ! ――は? 宣戦布告?」
「それはそうだろう。国王の兄の首を討ち取りましたなどと献上したら最後、国家反逆罪でその場で貴様は逮捕され、王城広場で処刑だ」
その言葉にチエントロは動揺する。
「な、なな、黙れっ! そのようなこと――」
「王族の証すらわからぬボンクラで、この大事な時に我が弟に宣戦布告など、反逆以外の何ものでもない。チエントロ伯爵含め一族郎党、根こそぎ捕らえて、まとめて処刑となろう。国家反逆の大罪人め!」
「う、う、うう、嘘だ! この詐欺師め! 殺せぃ! この詐欺師を殺せぇ!」
「チエントロ子爵の宣戦布告を受け取った。ならば私もチエントロ領に対する宣戦を布告する!」
戦争だ、この野郎! 俺はカースブレードを抜き、チエントロのクソガキのもとへ歩み寄る。
兵士が向かってきた。しかし彼らは高速で飛来した岩の塊に衝突する。
「大公閣下!」
ドルーが土魔法で攻撃したのだ。シヤンも飛び出し、向かってきた兵たちを次々と殴り倒す。
「大公に無礼を働くなんて命知らずなんだぞ!」
「……ぐぬっ、ええい! お前たちも行け!」
チエントロは、周りの騎士たちをけしかける。貴族の命令とあって、半ば諦めたように彼らは俺に剣を向けた。
馬鹿め、武器を向けねば――死なずに済んだものを。
カースブレードを振るう。騎士の剣ごと、両断。鎧など紙も同然、向かってきた順に瞬殺し、俺を一歩も足止めできず、騎士たちは果てた。
チエントロの表情が歪んでいる。
「くっ、くるな! 呪い持ちの化け物っ!」
「だったら、貴様からかかってこい。口先だけの臆病者め」
俺は堂々と正面から歩いて近づく。いいんだぞ? みっともなく逃げ出しても。
「ひぃっ!」
子爵は逃げた。人数で勝っていたはずが、頼りの部下たちもあっけなく一蹴されてしまったのだ。命の危険を感じて、本能のまま逃げたのだろう。
親父にでも泣きつくか? 無様な能無しめ。
バン、と壁にぶつかる音を立てて、チエントロがひっくり返った。一瞬、逃げようとした先に透明な壁――障壁のようなものが見えたが。
ちら、と振り返れば、俺の後ろにリルカルムがいて、したり顔でこっちを見ている。災厄の魔女さんの仕業らしい。どうやら、俺にここでの決着をお望みのようだ。
こいつの屋敷まで追ってもよかったのだがな。……まあいい、ここの住民のこともある。
「か、壁ぇ……」
鼻をぶつけたらしく、鼻血を流しているチエントロ。俺は奴のもとまで歩み寄った。
「ま、待て! 話せばわかる!」
「話し合いの時間は終わってるんだよ、チエントロ」
子爵は尻もちをついた形で、俺に手をあげて、静止しようとした。目は震え、顔は引きつっている。恐怖の感情だ。
「先ほどまでの威勢はどうした? 王族に啖呵を切っただろう。ヴァンデ王国に盾突いた覚悟とは、そんなものなのか、チキン子爵」
「いや、私は、王国に盾突いてなど――」
「私のことを詐欺師呼ばわりだったな。あと何だっけ? 呪い持ちの化け物だったか」
俺は呪いの左手を向ければ、チエントロは自らの顔を庇うように身を引いた。見えない壁があって、倒れることもできなかった。
「半端な覚悟で、王国に反乱を起こしたのか? 貴様には貴族としての責任もプライドもないのか?」
「ひぃーっ!」
「話せばわかる、とは何だったのか? せめて人間の言葉で話してくれないか? 私は寛大だ。聞いてやる」
俺はチエントロを見下ろす。叱責を恐れる子供のような目で、彼は俺を見上げていた。散々イキっておいてこれか。貴族の風上にも置けないクズ野郎である。
「た、助けて、ください……」
「は? 宣戦布告をしておいて、助けてくれ、か? 貴様は戦争のやり方も知らないのか?」
見さげ果てた馬鹿である。何も考えていないのだろうな。勢いで喧嘩を売り、それが自分と、この領にどれだけの災厄を招いたか、行動の責任もまた自覚がないのだろう。
「おい、クズ子爵。今は戦争中だ。助けてくださいは、貴様の吐く言葉ではないのだ。この状況で貴様に許される言葉とは何だ?」
「あと、えと……っ……かっ」
頭の中は真っ白だろうな。言葉どころか、考えもまとまらないのだろう。まったく、俺は本当に寛大だよな。
「わからないようだから、特別に教えてやる。本来なら、首を刎ねられても文句を言えないほどの罵倒を王族に放ったのだからな」
俺は静かに言い放つ。
「ここで死ぬか、降伏するか、だ。後者ならば話を聞いてやる」
「こっ、降伏します! 降伏です! だからどうか助けてっ!」
チエントロはその場で跪き、頭を下げた。……どうしようもないクズだな。
命惜しさを隠そうともしない。こんなのが貴族の血筋とはな。
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