第123話、入場審査


 ヴァンデ王国王都に入るための審査を、ガンティエ帝国の工作員であるクロン・ター・ホイルは受けていた。もちろん、工作員としてではなく、いかにも村から出てきた旅人風を装っている。


 初めは門番と1対1だったのだが、何か感づいたのか、審査に門番が一人増えた。背負ってきた荷物を見せるように言われたので、クロンは従った。


「甥っ子が冒険者になったんだが、その様子を見にきたのと、そいつの両親から手紙を預かってきたんだ」

「手紙?」

「そう……これだ」


 ありきたりな旅人道具に混じっていた折りたたまれた手紙を出す。門番はその手紙を引ったくるように取った。


「おい、乱暴にしないでくれよ。甥っ子の親、つまり俺の兄弟の手紙なんだからさ」

「中を拝見しても?」

「……いいけど、クシャクシャにしないでくれよ。甥っ子がもらった時、あんたらに先に見られたって報告するのも可哀想だからな」


 門番は、さっさと手紙を開いて中を見た。ちら、とクロンが後ろを見れば、もう一人の門番が睨むように見張っている。


 ――疑われているのか?


 何かやらかしたか、と不安になるクロン。ヴァンデ王国がガンティエ帝国の工作員を警戒しているという話は重々承知していたが、何もやっていない時点でこうも厳しいと冷や汗が出てくる。


 ――事前にスパイだとバレていたのではないか? あるいはオレが気づいていない、工作員の印でもつけていたか……?


「――甥っ子の名前は?」


 唐突に手紙を読んでいた門番が言った。ぶっきらぼうなので、注意しないと聞き逃しそうになる。


「バルタだ。アルタナ村のバルタ。……知らない?」

「知らんな」


 門番は手紙を折り畳むと、クロンに突き返してきた。――どうも。


「いちいち、冒険者の名前を覚えていない」


 門番が、荷物を見せて、とジェスチャーをしてきたので、クロンはバックパックの中身を見せた。携帯食料に、雨具、予備のナイフなどなど。


「大きさの割に、中身がないな」

「旅の荷物は必要以上持たないものさ」


 クロンは手紙を戻し、バックパックを背負う。


「王都土産を入れていくために、開けてあるのさ」

「なるほど」

「……もう、いいか?」


 審査が終わったようなので聞けば、門番は門の脇の受付台を指さした。


「通行料を払ったらな。行っていいぞ」

「……どうも」


 何とか無事、通れたようだ。門番とのやりとりから解放され、クロンは受付台へと向かう。


「おい!」


 後ろから二人目の門番から呼び止められた。クロンはドキリとしたが、行動に出ないように、ゆっくり振り返る。


「名前。まだ聞いてなかったな。お前の名前は?」

「……カトレイだ」

「そうか」


 その門番は、自分の待機位置へ戻る。


 ――いちいち脅かすなよ……!


 クロンは悪態をつきたいのをこらえて、受付台へ。そこにいた担当官が事務的に言った。


「通行料を入れろ」


 担当官は幾ら、とは言わなかった。クロンは事前に聞いていた王都入場のための通行料を払った。硬貨がそれなりにたまった籠に、一銀貨を落とす。


「これでよかったかな?」

「出身と名前」

「……さっき言ったけど」

「硬貨三枚足りない」


 担当官は威圧するような目を向けた。


「出身と名前を」

「……アルタナ村のカトレイ」


 答えつつ、銅貨を三枚追加で投入。担当官は、羽根筆を取るとインク瓶に突っ込んだあと、書類に、クロンの言った通りに出身と名前を記載した。


「向こうの係のやりとりがここまで聞こえると思ったのか?」

「え……?」


 担当官にギロリと睨まれる。二度目に名前と出身を聞かれた理由について説明したのだと気づく。


「ああ、そうか。そういうことか、すまない」

「……行っていいぞ」


 担当官から、さっさと行けと手を振られた。次の者が受付台へときたのだ。


 何か釈然としないものを感じながら、クロンは立ち去った。とりあえず、王都に侵入成功だ。人が大勢いて、中々賑わっている。……もう少し寂れているという話を聞いていたのだが。

 情報が古かったか、と思いつつ、王都へ繰り出す。目印はないが、はてさて、王都の工作員とどう接触したものか。



  ・  ・  ・



「……どうですか?」

「臭いな」


 門番と担当官が、王都と雑踏へ消えていくアルタナ村のカトレイの背中を見やる。


「あいつ、追加の銅貨三枚を文句も言わずに入れていきやがった」


 正規の通行料は銀貨一枚である。それをカトレイは知っていた。だが追加の銅貨については突っ込まなかった。


「怪しいですね。――監視、出します!」

「頼む。……揉め事を起こしたくない奴ってのは、多少の理不尽でも素直に従うものだ」


 いくら門番や担当官が怖くても、一言くらい文句を言うものだし、そうでなくても何故正規の通行料以上に銅貨三枚を払うのかわからないから質問するのが普通だ。質問してくれば、よほど生意気な態度を取らなければ返金したのだが……。


「犯罪者か、はたまた隣国のスパイか」


 呟いた担当官は、先の門番を呼ぶ。


「手紙の内容は?」

「ありきたりな、家族のやつです。特に不審な点はありませんでした。……紙質がやや上等でしたが」

「王都冒険者ギルドに行って、バルタというアルタナ村出身の冒険者が登録されているか確認しろ」

「了解です」

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