第92話、帝国への移動手段


 隣国であるガンティエ帝国から、俺は恨みを買ったらしい。……ふん、ヴァンデ王国を無茶苦茶にして滅ぼそうとしている連中が何を言うのか。恨みならこっちのほうがあるというものだ。


 国同士の争いとか怨恨ってのはこういうものなんだなぁ、としみじみ。だからといって売られた喧嘩は買うがな。

 黙っていてもやられるだけだから。こういうのはわからせてやらねばなるまい。


 とはいいものの、どう奴らに報復するか、とそれが問題である。


 国力や人口で勝る好戦的国家に正面から戦いを挑むのは、ヴァンデ王国に不利だ。では帝国がやっているように、内部から攻撃していくか。

 しかし、魔の塔ダンジョンの処理をやっている身としては、そうそう帝国ばかりにかまけているわけにもいかない。

 何より、ヴァンデ王国の王都から、帝国まで少々遠いのだ。何か都合よく、パッと往復する手段があれば……。


「空を飛ぶとか?」


 シヤンが深く考えるでもなく言った。ベルデが鼻で笑う。


「はっ、飛べるものなら飛んでみろ」

「グリフォンとか捕まえれば、飛べるんじゃないか?」


 シヤンがやはり考えるでもなく、適当感丸出しで言う。

 グリフォンとは、空を飛ぶことができる魔獣だ。鷲の上半身と翼に、獅子の体と足、蛇の尻尾を持つ。馬などを好物にして食べるんだったか……? まあ、ガタイもそれなりに大きいと伝えられている。

 リルカルムは好意的な笑みを浮かべた。


「割と現実的な案だと思うけど。昔はグリフォンライダーとか、空の騎兵とか呼ばれていたものだけれど……最近ではどうなのかしら?」

「いつの話だよ――っ痛!?」


 口を開いたベルデが見えない何かに叩かれて頭を押さえる。

 グリフォンライダーか……お伽話だよな。少なくとも、俺は見たことないな。


「でも、それができるなら、割とまともな案だと思う」


 そう言ったら、シヤンが満面の笑みを浮かべた。


「違うぞ。リルカルムの案であって、お前んじゃないから!」


 ベルデがいちいち突っ込んだ。そこへジンが顔を出した。


「アレス、暗殺者ギルド内の物証になりそうなものは全部回収し終わりました」

「ご苦労さん。じゃ、もうここには用はないな」


 俺は改めて暗殺者ギルドのフロアを見回す。多少血の臭いが残っているが、ここって結構広かったのな。

 シヤンも感心したような声を出した。


「空っぽなのだぞ」


 机や椅子、死体の山もきれいさっぱり片付いているからな。回収屋のストレージは大したものだ。

 ギルドにあった品は証拠品も含めて、ごっそりなくなり、ここはただの地下の部屋になった。これを見れば暗殺者ギルドがあったなんて、誰も信じないだろう。


「……」

「どうした、ベルデ? やはりここがなくなって寂しいか?」


 俺が言えば、美少女暗殺者は首を横に振った。


「別に……と言いたいところだけど、やっぱり少し寂しいっていうか……寂しいまではいかないけど、何か、な」


 微妙にセンチメンタル。シヤンは言った。


「それが寂しいっていうんだぞ」


 暗殺者ギルドで仕事をしていたベルデである。どこまで世話になっていたからは知らないが、虚しい気分になる程度は馴染みがあったんじゃないだろうか。


 俺たちは、暗殺者ギルドがあった地下から出る。さっきから情報屋のドラウが、ゲッソリしているが……まあ、深くは問うまい。暗殺者と違って、割と小物っぽいドラウである。暗殺者ギルドで起きた惨劇が軽くトラウマになっているのかもしれない。


 暗殺者ギルドのマスターであるハリダは、拘束の上、ラエルが後ろから監視しながら、歩かせている。


「それはそうと、報復案はまとまったのですか?」


 ジンが問うてきた。証拠品の回収で、さきほどまでの話をほとんど聞いていなかったのだ。報復と聞いて、ハリダが一瞬ドキリとしたような顔になった。俺の暗殺をギルマスとして命じた手前、復讐されると思ったのだろう。お前は、王国に引き渡してそこで処分だ。


 俺はとりあえずジンに、グリフォンライダーの話をした。できるできないかは別としてな。


「――なるほど、グリフォンですか。乗れるのなら、ありですよね」


 地上を行くなら、馬などもそれだ。空を飛べるなら確かに速いだろうが、しかし、グリフォンなんて、どこに行けば会えるというんだ? そもそも飼い慣らせるものなのか? 聞いた話では、グリフォンって凶暴なんだろう?


「深い森とか、山岳地帯に生息しているという話は聞きますがね。このヴァンデ王国ではあまりいないようですが」


 ジンは思い出しながら言う。


「あぁ、そういえば魔の塔ダンジョンに飛行型の魔獣が多くいる階がありますよ」

「おー、いたいた」


 シヤンは手を叩いた。


「42……43階あたりだった。あれは結構面倒だったぞ」

「へぇ。進んでいればグリフォンとも出遭えるか」

「嫌というほど」


 ジンは苦笑した。


「とにかく空から多数の生き物が襲ってくる階でしたが……ちょっと捕まえるのは大変だと思いますよ」

「あー、あれはムリだな」


 シヤンが腕を組んでウンウンと頷いた。そんなに厄介な場所らしい。ベルデが口を開いた。


「そもそもの話。グリフォンに遭遇したとして、どう飼い慣らすっていうんだ? この中に魔獣使いでもいるのか?」

「魔獣使いではないけれど」


 リルカルムが手を挙げた。


「使役魔法はあるわよ」

「俺も、呪いの力で他の生物を従わせるものがあるから、できると思う」

「えぇ……」


 まさか、俺とリルカルムが『可能』という返事がくるとは思っていなかったのだろう。ベルデが困った顔になった。


 帝国への移動手段という点では、飛行可能な魔獣を捕まえるという案が出てきて、何となく実行可能だと思えてきた。

 地上を行くより、空を飛んだほうが早いのは明らか。それが可能なら、魔の塔ダンジョン攻略をやる一方で、帝国へ行ったりするのも不可能ではない。


 で、移動手段については光明が見えたが、具体的にどう仕返しをしてやろうかね。ぶっちゃけガンティエ帝国には不幸になってもらいたいが、いたずらに民を虐殺するような……リルカルムが喜びそうな方法は、よろしくない。


 民を利用するにしても、できれば帝国の支配層と対立して、国が自滅するように持っていきたいのが本音。あとヴァンデ王国に工作を仕掛けた奴に地獄を見せてやりたい。

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