第16話 悪意
キャリバーン号のブリッジへ向かいながら、シルルは自身の携帯端末を艦のメインシステムとリンクさせ、セントール・シェルター全域の監視カメラをハッキングし、街の様子をくまなくチェックしていた。
といっても、携帯端末程度で出来ることはたかが知れている。
やはりブリッジのコンソールで作業しなければ情報収集はできても、その整理がうまくできない。
「っと。明らかに怪しい連中を発見。データログも漁って、顔が見えるシーンをピックアップ。んでもってまず賞金首かどうか照会。次にセントールの住民データと照会。それに該当しない場合はウィンダムの全都市国家の住民データと照会。最後は正規手段での渡航者リストと照会。いずれにも該当しない場合、要注意人物としてマーク。再度映像と照会して行動ルートを算出……ああ、もう、ブリッジのコンソールじゃないとやりづらい!」
走りながらであるから余計に操作しにくいというのもあるが、それももうすぐ終わる。
ブリッジへの扉が視界に入ると、そこへ跳び込む。
「うおあ!? 何事ぉ!?」
「シルル!?」
マルグリットとマコの反応をよそに、自分の定位置に座るなり携帯端末とコンソールを接続し、データを共有。
コンソールを操作し、携帯端末でやっていた作業の続きを始める。
「服装は街になじんでるけど、ウィンダム人の特徴がない。移住者でもなければ渡航者でもない。だとしたらそれは十中八九悪意ある
自身のコンソール上に要注意人物としてマークした人物の移動経路を図にして表す。
シルルの予想ならば、それは何らかの組織の工作員。そうでなくても何等かの任務を与えられて動いている人間だ。
まあ、だとしたら監視カメラの位置を把握していないのはお粗末と言うしかないが、あるいは見つかっても問題がないということか。
「ウィンダム人の特徴ってなんです?」
「頭の上にあるケモミミさ。正しくはそれに似た、湿度や気圧みたいな気象情報の変化を読み取る感覚器官だけど。それがない人間ってことは、この惑星の出身じゃない人間ってことになる。だから、そういう人間が一番怪しい」
コンソールを操作しながら、シルルは答える。
携帯端末より操作がしやすくなった分、若干であるが余裕はある。
まあ、いつものような説明をじっくりするというわけにもいかない状況なのは理解しているので、それ以上の説明らしい説明はなかったが。
「これは……いや、まさか。でもそうとしか思えない」
「何か判ったのですか?」
「不審な集団が孤児院に向かってる? でもなんで……いや、それより映像が確認された場所とその間隔から移動速度を算出して、現在位置を推測しつつ、逆方向にもシミュレート開始。侵入してきたタイミングは……」
操作する手の動きが止まらない。画面を見つめる瞳はせわしなく動き続け、得られた情報は即座に処理されて新たな操作が始まる。
シルルの見つめる画面はひっきりなしに新しい情報を表示する為、後ろから覗き込んでいたマルグリットは目が追い付かず気持ち悪くなってきたのか、口元を押さえながらゆっくりと離れていった。
「……ああ、やっぱり。アッシュ、艦に戻るのは後回しだ。ベルも聞いてくれ」
『何かわかったのか』
「明らかに怪しい連中がなぜか孤児院に向けて移動中だ。移動速度から推定して、あと2分もしないうちに周辺到達する」
『それは本当ですか?』
「間違いない。今君のいる場所はすでに奴等に包囲されている。狙いは――」
『シェルターではなく孤児院。でもなんで孤児院が? これだけの数と装備をそろえて誘拐とか効率が悪すぎるだろ』
アッシュの言う通り、誘拐目的ならばもっと簡単な手段があるし、わざわざ孤児院を襲わなくてもそれこそ適当な人間を攫えばいい。
だからどうしても考えるしかない。わざわざ孤児院を狙う理由があるのだ、と。
『まさか、わたしへの報復? でも目撃者は全て……』
「手にかけた? 君がそうだとしても君の協力者はどうなんだ」
『ッ!? まさか……』
「ありえない話じゃない。だが重要なのは
『ッ!』
ベルとの通信がブツリと音を立てて切れる。
「アッシュ!」
『解ってる!』
普段ならともかく、冷静さを欠いたベルだけでは危険だ。
アッシュに指示を出し、シルルは次の作業を始める。
「何やってんの?」
「動かない警備隊。監視カメラに映りまくる工作員。どう考えても普通じゃないでしょ。だからその証拠集めを、ね……」
◆
シルルからの通信を受けて、ベルはコクピットから飛び出した。
バイザーを装備し、両手にハンドガンを持って孤児院の方へと駆けだす。
心臓が異様なまでに脈打つ。
焦りと恐れがそうさせる。
自分が傷つくことに対してではない。自分が守ると決めた者たちが傷つく事に対しての恐怖が鼓動を早くさせた。
「ッ!」
孤児院の正門――教会だった時に使われていた礼拝堂の門に迫ろうとした時、殺気に気付いてそちらへ銃口を向けて発砲。
短い断末魔と共に額を撃ち抜かれた男が木の上から落ちてくる。
殺気はまだ消えない。
包囲されている、というわけではない。
むしろ、待ち構えている。
ドクン、とひと際大きく心臓が跳ねた。
嫌な予感がする。
恐る恐る、ではなく勢いよく門を開いて殺気の位置へ問答無用で銃弾を放つ。
断末魔もなく、2人倒れる。
次の殺気へ攻撃を仕掛けようとした銃を構えた彼女の目に映った光景が、その引鉄を引くことをためらわせた。
「さあ。初めましてだシスター・ヘル。ずいぶんと我々の部下をかわいがってくれたようだね」
そう告げる男は異様な不気味さがあった。
周りの連中は殺気を向けてきたり、それに満たないとしても明確な敵意を隠していない。
にもかかわらず、男はそういうものが一切ない。にもかかわらず、怖気が止まらない。
「君が潰してくれた組織はね。我々が手塩にかけて育てた組織だったんだ。それを君はいくつ潰したか、覚えているか?」
「ただの犯罪者の事なんていちいち覚えていない」
「そうだろうね。けど、ねえ。時間をかけて育てた人員を全滅させられたらさぁ。帳尻合わせってのが必要になるって思わないかい?」
「ッ……!」
男たちの後ろに、子供たちの姿が見えた。
一か所に集められ、拘束こそされていないが銃を持った男たちに囲まれている。
下手な動きをすれば、撃つとでも言っているかのようだ。
「君の事を調べるのには苦労したよ。だが、彼女が協力してくれてね」
「……すいません、シスター」
拘束された女がベルの前に突き出される。
歳はベルに近く、普段は孤児院の手伝いをしてくれていたひとりであり、その裏で諜報活動を主に行ってくれていた者のひとりだった。
シルルの言った通り、ベルの支援者のひとりから情報が漏れたということで間違いないらしい。
「まあ、彼女もずいぶんと頑固だったがね。ちょっと話をすれば……ね?」
「ひっ……」
纏っていた服が割かれ、その下にある素肌が露になる。
その肌にはいくつもの傷が、痣が、火傷の跡が遺され、どのような事が行われたのかは想像に易い。
「まあ、彼女についてはどうでもいいんですよ」
「まって、喋ったら命は――」
拷問に耐え兼ねて仲間を売ってでも生き延びようとした女は、結局のところいいように利用されただけで、用が済んだと言わんばかりに
目の前で自分の親しい人が死んだ事で、子供たちが悲鳴を上げる。
「さあ。次は君の番だ。シスター・ヘル。まずはそのバイザーを外してもらおう。そしてその後、手に持った銃で自分を撃ちなさい」
男が告げると、周囲の男たちが一斉に子供たちへ銃を向ける。
抵抗するな、従え、と。男の目が言っている。
殺意もなく敵意もなく、ただ冷徹に告げている。
「……」
黙って従い、バイザーを外す。
露になったその瞳が、男たちに殺意を向ける。
「これは実に美しい。ここで死んでもらうしかないのが惜しいくらいだ。ああ、いや待て。君に死んでもらうより先に――この子たちに死んでもらおうか」
「!? やめてぇぇぇぇ!!」
ベルの叫びが木霊する。
慈悲という言葉すら忘れた男たちが銃を構え、引鉄に指をかけた瞬間。
『間にあえええええええええ!!』
礼拝堂に、鋼鉄の巨人が飛び込んできた。
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