第236話 離別
絶望する一同。
確かに当たったはずだ。なのに、まだ健在だというのか、と。
『いや。もう終わっている』
だが、イクシーズはそう呟いた。
瞬間。先ほどまで形を保っていたはずの女王群体の身体が黒く変色し、崩れていった。
これですべてが終わった。そう誰もが安堵した直後、シルルははっとして周囲を確認する。
「マルグリット、アッシュの回収を!」
「ッ?! はいっ!」
小規模に繰り返されるハイペリオンの爆発。その頻度が増えてきていつ大爆発を起こすかわからない状況で、その付近に漂っているアッシュ。
こんな状況で機体が爆発すれば、もちろん助からない。
「アッシュさん!」
フルドレスユニットの推力で、アッシュに近付こうとするカリオペ。
だがしかし、カリオペが動き出したと同時に、ハイペリオンは大爆発を起こした。
「あ……ああっ……!」
爆発の規模は大きく、人間がその範囲にいたとすれば間違いなく跡形もなく消滅しているであろうほどの熱量がある。
目の前で、アッシュが消えた。
その事実に、愕然とするマルグリット。
『呆けるな。言ったはずだ。我々は、彼を守る、と』
「マジで死ぬかと思った」
「アッシュさん!?」
爆発に巻き込まれて消滅したはずのアッシュが、イクシーズに抱きかかえられてそこにいた。
そのままイクシーズは近づいてくるカリオペにアッシュを引き渡すと、ゆっくりと離れていく。
「イクシーズ。お前達は……」
『ここでお別れだよ、アッシュ』
「!」
イクシーズのものではない声が聞こえた。いや、声そのものは最初から彼女のものだった。
だが言葉は、イクシーズを操る始祖種族たちのものではなく、その声の本来の持ち主のもの。
アリアの声と、言葉である。
「お前、本当にそれでいいのか」
『いいよ。ワタシは、それでいい。約束は守らないとだから』
「ここから何年……いや、何千年もお前はたった1人なんだぞ」
『そうだね。でも、ワタシのやってきたことを考えれば、これくらいのことをしないとつり合いがとれないよ』
「確かに取れてねえよ。今やろうとしている事に対して、お前の罪が軽すぎる!」
アッシュの言葉にイクシーズ――アリアは首を横に振る。
『これはワタシなりのけじめ。1万2000年後の世界も人の世が続くのならば、きっと今回見たくここにたどり着いて戦いを始めるかもしれない。そんな時、あの子たちを守る者がいなきゃいけないんだ』
「……仮に、私達が後世に今回の事を語り継いだとして、それだけの時間経過があれば、記録は大きく変わる可能性がある。特に、不都合な事実というのは消えていくものだ」
『シルルさんの言う通り。今回の事がどこまで後世に残るかなんてわからない。それに、もう1つの懸念もある』
「科学技術の衰退、か」
シルルの言葉に、アリアは頷く。
現状、人類の科学技術というのは発展の一途である。
だがしかし。今後も度重なる戦争などが原因で技術退行が起きる可能性もある。
何より、人類の歴史は戦争の歴史である。
今はウロボロスネストやインベーダー騒動のおかげで人類は互いに争おうとはしていないが、それでも火種は残っている状態だ。
アリアやシルルの言う、技術の衰退が起きるような土壌は現在でも十二分に存在している。
『ワタシがここに残るのは1万2000年後の人類のため。その人類が過ちを起こさないように。その人類が抗う術を持たない時、彼等を守るため。それに……遥か未来のあなた達の子等を守りたい』
「アリア……お前」
『ただ、ひとつだけ。未練なんだけどさ』
そこで言葉に詰まり、カリオペの手に乗ったアッシュのほうを向いて途切れた言葉を紡ぎなおす。
『アッシュの隣にいたかった』
そう言い残し、彼女は珊瑚型群体のほうへと飛んでいく。
それは今生の別れ。
今後、二度と会うことはないという決別。
アッシュはただ、それを見送るしかない。
引き留める言葉はいくらでも出てくるはずなのに、どんな言葉を投げかけてもきっとアリアの決意を揺るがす事はないのだと悟っているから。
「……帰ろう」
「アッシュさん……」
「女王群体が消滅した今、宇宙全体に現れていた群体も各地に派遣したオームネンドや重力兵器で処理されているはずだ。それよりも、私達は目の前の問題をどうにかしないと、だ」
◆
戦いが終わり、すべての艦載機が損傷または損失したキャリバーン号は、戦いの終焉を祝う、という空気ではなかった。
奇跡的にキャリバーン号本体はほとんど被害を受けておらず、その機能は健在である。
が、問題なのはローエングリン2隻を失ったこと。
キャリバーン号に搭載されている縮退炉の制御には、その2隻の演算処理能力があることが大前提であり、その縮退炉を使った空間跳躍も当然その影響を受ける。
『シルルさん。少しは休んだ方がいいんじゃないですか?』
「シスターズだけに任せる訳にはいかないだろう。それに、本当に休まなきゃいけないのは私よりアッシュだ」
『それはそうかもですけど……』
「なんとしても、帰艦の手段を見つける。そのために、シスターズもミスターもフル稼働しているんだ。私だけが休んでいるワケには……」
「えい」
「ひょわぁっ!?」
抱え込み始めていたシルルの首筋に、メグが氷水の入ったコップをあてる。
素っ頓狂な声もあげても仕方はないだろう。
「駄目だよ、シルルちゃん。状況終了から時間が経ってないんだから、疲れた頭じゃまともに作業にならないでしょ」
「それはそうだが……」
「とりあえずこれ、頭も冷えるよ」
そう言ってコップを差し出すメグ。シルルはそれを受け取り、一気に飲み干した。
直後、頭痛に襲われ頭を抱える。
『大丈夫ですか?』
「頭痛が痛い……」
『意味が被ってますが』
「けど、頭は冷えた。仮眠でもしておこうか……」
「それがいい。僕もさっきまで寝てたし」
シルルはそう言うと、アイマスクを取り出しコンソールに突っ伏した。
よほど気を張っていたのだろう。突っ伏した途端、寝息をたてはじめた。
「アニマちゃん。他の人たちの様子は?」
『艦内全域を確認しましたけど、シルルさんが寝たので起きている人間はメグさんとベルさんだけです』
「そっか。まあ、僕も彼女も寝てた分、何かしてないとなんだろうけどさ」
シルルの操作していたコンソールの画面に視線を移すメグ。
そこに表示されているものを見ても、メグにはさっぱり理解できなかった。
「今、なーんにもすることないんだよねー」
とはいえ、メグも現状は把握している。
空間跳躍は、エクスキャリバーンの状態ではじめて安定して行えるものであり、ローエングリン2隻を失った状態ではその動作が安定しない事。
キャリバーン号の状態でも可能ではあるが、どの時代のどの場所へと飛ばされるかもわからない以上、それは最終手段だ。
だからこそ今。シスターズやミスター・ノウレッジによって、現状の打開策を演算している最中、というわけだ。
そんなそれ専用に生み出された人造人間と、始祖種族の英知の結晶であるミスター・ノウレッジの力を借りてもなお即座に割り出せない計算を、専門家ではないメグ達が手を出そうとしてもどうにもならないのである。
「ああ、それと食料の状況は?」
『全員分を賄おうとすると……2カ月持つかどうか』
「まあ、普段のメンバーに加えて72人もいるしねえ……」
『それに、水の問題もあります。こちらは生活用水の事も考えれば、もっと早く底をつきます』
「早く打開策――もしくは、最低限の条件を満たせる手段が見つからないと、話にならない、か……」
現在のキャリバーン号の置かれた状況は、絶望的である。
何せ、惑星ネクサスから何万光年も離れた場所で食料は2カ月。水はそれよりも早く尽き、加えて空間跳躍による帰還もほぼ不可能。
端的に言えば――詰み、である。
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