第235話 最後の攻撃

 明らかな狼狽。

 女王群体は発射寸前であったメガフラッシャーの発射をやめ、砕かれた左肩に顔を向ける。

 だがその顔面に重力場を纏ったハイペリオンの拳がめり込み、女王群体は大きく後ろへと弾き飛ばされた。


「相手のエネルギー総量に変化はない。迂闊な攻撃はやめてくれ! 私の寿命が縮まる!」

「1000年単位で生きてる奴の寿命なんてちょっとくらい減っても問題ねえだろ」

「そういう問題じゃない! いや、だが状況は好転したか」


 ほんのわずかな隙。

 その隙にも、イクシーズによる殲滅は進んでいる。

 観測不可能と思われていたこの宙域全体に存在する群体ヴァーゲの総数もようやく100億を下回った。

 それでも100億だが、1秒ごとに千万単位で減っていく。これを単一の存在が行っているのだから桁違いもいいところだろう。

 尤も。討伐できたからその速度で減っている、というわけでもない。

 欠損した部位を補うための女王群体が強引に吸収しているのだ。


「追撃!」

「2秒後にミサイル全弾一斉発射。その後はガトリングで!」


 だが。アッシュ達が再生などそう簡単にさせるわけがない。

 右手に握り締めた大剣を持ったまま、逃げ回りながら群体を吸収し再生しようとしている女王群体に攻撃を仕掛ける。

 シルルの宣言通り、バックパックユニットからありったけのミサイルが一斉に発射され、それらが女王群体へと殺到する。

 さらにガトリングガンを展開。即座に女王群体周辺にいる小型群体を撃ち落としていく。

 中には三葉虫群体のように外殻によって実弾が阻まれる事もあったが、それらにはまたビームランチャーを展開して撃破していく。

 少しでも女王群体の再生を遅くする。

 人間の身では、今の人類の科学技術では絶対に勝てないと判っている存在相手にできる、精一杯の抵抗。

 流石に手近なを目の前で奪われては腹が立つのか、女王群体は背中からクラックアンカーを生成するも、その直後に先に放たれていたミサイルの雨が前進に着弾する。

 が、それをものともせず、クラックアンカーを射出。ハイペリオンを払いのけようとする。


「グラビティブラスト!」

調整済みもうやってる!」


 女王群体の攻撃に対し、ハイペリオンは両手を広げ、その間から超重力場を照射。それに放たれたクラックアンカーを巻き込んでまとめて圧壊させ、そのまま本体も狙う。

 実際、本体と繋がっているクラックアンカーが重力場に引き寄せられる事により、女王群体もハイペリオンへと引き寄せられるが……強引にクラックアンカーを引き千切って重力場から逃れるが、結果としてはより自身の損壊を早める事になり、新たな群体を求めてさらに逃げる。

 だが、その攻防もそう長くは続かない。


『観測できる群体数。およそ8000万』


 そう、シスターズが告げる。

 同時にイクシーズが放っていた閃光が止まり、周囲の宙域に星の光が差し込んでくる。

 そう。宙域にいた珊瑚型と女王以外すべての群体が、イクシーズによって消滅させられたのだ。

 こうなっては、もはや女王群体の身体の崩壊を止める手段は1つしかない。

 珊瑚型の群体。イクシーズが言うところの源のヴァーゲを取り込むことである。

 周辺の状況を確認した女王群体はすぐさまハイペリオンとイクシーズに背を向け、珊瑚型群体のほうへと向かって移動を開始する。


『我々が止めよう』


 イクシーズは即座に女王群体の前に移動し、光の剣を使って斬りかかって進行を妨害。

 流石に直撃を食らってはたまらない、と回避に専念する女王群体。


「今ならノヴァブラスターで……」


「駄目だ。射線上にイクシーズと珊瑚型群体がいる。もし女王群体に当たらなかったら……それに、エネルギーも足り兄!」

「だったらッ!」


 突然、2人の会話に割り込んできた声。

 その声に驚き、カメラを切り替えキャリバーン号のほうを確認すると、そこから飛んでくる機体があった。

 その機体は、キャリバーン号に搭載された機体の中で唯一五体満足のまま存在していたカリオペである。

 当然そのパイロットは――マルグリットだ。


「マルグリット!? なんで来たッ!」

『必要だろう、と私が判断した』

「ミスターかっ……! やってくれたな。機体を出すなら、アニマでもよかっただろうに」


 シルルは苦虫をかみつぶしたような顔をしながら、ミスター・ノウレッジの判断を非難する。

 この作戦において、マルグリットは必ず生還しなければならない人間である。

 そうシルルは勿論、他のメンバーも考えていたからこそ、彼女を戦場に出しても防御と援護に徹しさせ、前線からは遠ざけていた。

 だがこうして、彼女は今追加装備をすべて取っ払ったカリオペに乗って、最前線へと突っ込んできている。


『君たちは彼女を子供扱いしすぎている。彼女も、すでに自分の判断で動ける自立した人間だ』

「それに。ここれはわたくしの意思です。わたくしがやるべきだと考えたからこそ、ここにいるのです」


 そう言い切るマルグリット。

 同時に、ハイペリオンの腰に接続されていたフルドレスユニットがカリオペの背中に接続され、代わりにカリオペの腰から射出されたエネルギーケーブルが先ほどまでフルドレスユニットが接続されていたコネクターへと接続された。


「これは……」

「これならば、十分にエネルギーが足りるはずです」


 1機では足りないものでも2機でならば。それに、カリオペが接続されたことで、エネルギーの供給量と許容量が増え、ノヴァブラスターを最大出力で放つことが可能となっていることは確かである。

 だが、問題があるとすれば……ハイペリオンはエネルギー供給回路がサブ回路での運用。カリオペはそもそもそれだけの膨大なエネルギーを使用することを考慮されていない為、発射の後にどんなトラブルが起きるかは未知数であることだ。


「今ここでアレを止めなければ、きっとよくないことになります。イクシーズの言葉た確かならば、珊瑚型群体を失うと、この宇宙そのものが滅ぶ事になります」

「……解った。発射準備だ」

「アッシュ?! だが……」

「マルグリットの言ってる事が正しい。それくらい、わかるだろ」

「……」


 それは勿論理解している。だが、感情は別問題だ。

 同時に、ここは感情を優先する場合でもないという事も理解できている。

 だから、シルルは唇をかみしめながら、ノヴァブラスターの発射シーケンスを進める。


「イクシーズ! 女王群体をこっちに!」

『! 了解した』


 イクシーズも、アッシュ達がやろうとしていることを理解して光の剣での攻撃をやめ、徒手空拳での攻撃に切り替え、より近づいて攻撃をしはじめる。

 何度も殴られ、一撃ごとに珊瑚型群体から遠ざかる女王群体。

 何十発目かの蹴りで一気に飛ばされ、ハイペリオンの真正面で制動し、そこで停止した。


「アッシュ!」

「ッ!!」


 瞬間。トリガーが引かれ、まばゆい光がアッシュ達の世界を覆いつくす。

 同時にサブエネルギー回路が限界を迎え、ハイペリオンの各部で爆発が起きる。

 シルルは即座にコクピットブロックを射出し脱出。アッシュも電装系まで壊れて開かないコクピットハッチをハウリングとエーテルガンで破壊して外に飛び出していつ爆発してもおかしくない機体から離れる。

 ケーブルで繋がれているカリオペはケーブルを切除して後方に移動。

 過剰なエネルギーが流れた事で、下半身がショートしているが、まだ動ける状態。

 これで、キャリバーン号以外の戦力はほぼ失われた。

 もし先ほどの攻撃で倒せていなければ、完全に詰みだ。


「やったか……」

「いえ、まだです!」


 放たれたノヴァブラスター。それは……女王群体を確かに捉えた。

 だがその姿はまだ残っている。

 その事実に、その場にいる全員が戦慄する。

 ここまでやってもまだ駄目なのか、と。

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