第237話 揺るがぬ彼等の決意

 状況終了から3時間。

 仮眠を取っていた人間が目を覚まし、自然とブリッジへと集合していた。

 アッシュ、マコ、マルグリット、シルル、ベル、メグの6人と、先にブリッジに来て周辺警戒をしていたアニマとリオン。

 レジーナは傷が深く、ブリッジまで来ることができない為、この場にはいない。


「リオン、何か打開策は見つかったか?」

「いちおうは。ただ、もんだいもある」


 そう言うとリオンはコンソールを操作し、メインスクリーンに計画の概要図を表示するが――素人目にはさっぱり理解できない図解であった。

 だが、それを見たシルルは、すぐに理解した。


「ローエングリンの演算処理をシスターズが賄うことで、縮退炉の動作を安定化させる、か……確かにそれならば不可能ではないが」

「うん。えねるぎー、たりない」

「どういうことですか? エネルギーなら縮退炉だけでなく、艦本体のプラズマドライブもあるのに……」


 マルグリットの質問には、アッシュが答える。


「縮退炉の生み出せるエネルギーのうち、俺達が安定して使えるのはごく僅かなんだ。それに、ネクサスまで帰ろうとしたら6基のプラズマドライブでも足りない。不可能とまではいわないが、通常のワープドライブで何年かかるか……」

「それに、シスターズの負荷の事も考えればそう長くゲートを維持する事はできないでしょうね」

「それだけじゃないんだよ、アッシュ、ベル。調整そのものはシスターズの力があれば不可能じゃない。ゲートの展開も、97.3パーセントの確率で成功するというシミュレーション結果が出てる」

「それじゃあ……」


 一瞬希望を持ったマルグリットだが、その希望はシルルが首を横に振った事で早々に打ち砕かれる。


「残念だけど、キャリバーンはどうやっても通れない。タンホイザーでなんとか、というサイズを、どう頑張っても120秒しか維持できない」

「120秒……」

「しかもこれはシスターズがフル稼働した状態、という大前提での話。タンホイザーで脱出しようとキャリバーンとのドッキングを解けば、当然その分処理能力が解いてもっと展開していられる時間は短くなる」

「そんな……それでは、帰れないのですか?」


 マルグリットは現状を理解し、その場で膝から崩れた。

 そんな彼女を、ベルが気遣って身体を支える。


「帰れない。、だけどね。ミスター」

『タンホイザーに人員を乗せ、ゲートが開くと同時にキャリバーンから分離。最大速度でゲートに突っ込めば、よほどのことがない限りはネクサスまでたどり着けるだろう。だがそれを行うには、キャリバーン側に誰かが残って縮退炉の調整をし続ける必要がある。それに、タンホイザーの収容可能人数の関係もある。そのあたりはよく考えてくれ』

「と、言うわけだ。意見のある人間は?」

「ならマルグリット、レジーナは脱出確定だよね」


 と、マコが頭の後ろで手を組んでにぃ、と笑う。

 それにつられてか、ベルやメグまで笑顔を見せる。


「ちょ、ちょっと待ってください! わたくしは……」

『ならば、リオンさんとシスターズも、ですかね』

「それはごうりてき。わたしたちがいると、きゃりばーんのしょくりょうがもたないだろうし」

「――だからッ」

「となると、居残り組は私と、補助のアニマは確定、か」

『というかシスターズ全員が乗るとなると、戦闘特化にしたタンホイザーではスペースがどうやっても足りませんね』

「じゃあわたし達全員ここに残るってことですね」

「なんで、皆さんそんなにあっさり受け入れているんですか!!」


 マルグリットが叫ぶ。

 それに対して、アッシュはさも当たり前だという風な口調で言う。


「かっこつけた言い方をすると、大人の責任だ」

「だからって。もう二度と会えないかもしれないんですよ!?」


 今生の別れになるかもしれない。それを、当たり前のようにマルグリット以外の全員が受け入れている。

 それが当然のことだ、と。


「納得できないようだから、説明をしようか、

「わたし達は最も生存確率の高い選択をしているだけなんですよ」

「今、キャリバーン号に残された食料は、僕等全員がこのまま残ったとすれば2か月で底をつく。水はもっと早く枯渇するって話だ。となると、当然口減らしってのが必要になる」

「だからまず、数の多いシスターズはみんなタンホイザーに移乗してもらうって話になるじゃない?」

『そしてこの作戦において絶対に帰還しなければならない人間であるマリーさんも当然タンホイザーで帰艦する組です』

「だったら、レジーナさんは……!」

「レジーナはこのままここに居るとあの傷が原因で死ぬ。だから、タリスマン達の治療ができるネクサスに帰すんだ。解ったか、マリー」


 シルルが、ベルが、メグが、マコが、アニマが、そしてアッシュが。言葉を繋ぎながら、マルグリットに説明をする。

 そんなことは理解できる。だが、感情は別問題なのだ。


「俺達だけなら、もう少し長く持ちこたえられる。言っても、たった5人分の食料と水だ。切り詰めればもしかしたら年単位でも持ちこたえられるかもな」

「アッシュさん! 貴方なら、わたくしの気持ちを理解して――」

「ああ。だけど、今はアリアの気持ちも理解できる。やるべき事だから、やるんだ」


 こらえ切れずに涙を浮かべるマルグリットを、シルルとベルが抱きしめる。

 そこから先は、もう会話にはならなかった。

 ただマルグリットは行き場をなくした感情を嗚咽と涙に変え、シルルとベルに抱えられたままブリッジを離れていく。


『人とは不思議な生き物だ』

「ミスター、皮肉なら後にしてくんない? 流石にあのコの涙は図太いつもりのアタシでもんだから」

『いいや。理性では正しいと理解していても、感情がそれを否定する。その光景が、所詮は機械である私にはうらやましく見えたのだよ』

「はいはい、そうですか。で、アッシュ。これからどうするつもり?」

「んなこた決まってるだろ。さっきも言っただろ? やる事をやるだけさ」



 しばらくして。マルグリットも落ち着きを取り戻し、タンホイザーへのシスターズをはじめとした帰還組の移乗が始まり、同時進行で各種調整も行われた。


「もうマリーはあっちに乗ったんだよな」

『勿論、付き添いのオートマトンが確認してます。誤魔化してこっちに戻ってきている、何てこともなさそうですし、一度乗ってしまえば……』

「リオン達シスターズが見張っていて身動きがとれない、か」


 アッシュは自分の後ろに立つバトルドールに宿ったアニマに確認を取る。

 マルグリットの行動力を考えれば、一度タンホイザーに移乗したと見せかけてキャリバーン号に隠れている、何てことも十分に考えられる。

 まあ、今回はそんなことをさせないよう、最初からオートマトンとシスターズに付き添わせている訳だが。


「しっかし。よかったの、シルル」

「何がだいマコ」

縮退炉アレ、あっちに移しちゃって」

「必要なことだよ。ネクサスの貿易は縮退炉によって支えられているからね。あれがなくなると、惑星国家として成り立たないさ」


 勿論、このことはマルグリットには伝えていない。キャリバーン号から縮退炉が失われるというリスクに関して、ブリッジにいる全員が理解している。

 本当に。マルグリット達とは今生の別れになってしまうかもしれない、と。


「ま、考えても仕方ないんじゃない? ケセラセラさ。それよりも、人数が増えかねないことのほうが問題なんじゃあないかなぁ~?」

「こっちを見ないでください。食事、抜きますよ」

「ははは。悪かったよベルちゃん。だからそれだけはマジで勘弁してください」


 ひどいセクハラを見た、と周囲の冷ややかな目がメグに突き刺さる。


「いや、アッシュくん。君がその立場にいるってのはわかっているかい?」

「バーカ。手ぇ出すわけねえだろ」

「アッシュさん。夕飯抜きです」


 それはそれで失礼なのである。


「……で、だ。実際のところ、本当に向こうに行かなくてよかったのか?」


 そのアッシュの問いに、皆が笑顔で答える。


「私は勿論、こっちから縮退炉制御の補助を行う必要があるからね。バレないように偽装するためでもあるけど」

『ボクはその補助ですから、当然残るしかないです』

「アタシはほら、この艦好きだし。何より、戦闘になった時、艦載機がないんだしこの腕が必要でしょ?」

「わたしが居なくなって、まともな食糧管理ができますか?」

「僕は……そうだね。好奇心だ。それに殺される猫になるつもりはないけれどね」

「あー悪い。完全に俺がお前等の事見誤ってたわ。お前等全員バカだ。俺もだけど」


 ブリッジに明るい笑い声が木霊した。

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