第238話 星の海へ

 タンホイザーのブリッジのつくりはキャリバーン号に酷似している。

 とはいえ、シートの数はキャリバーン号よりも多い。これは元々、こちらではエクスキャリバーン時の演算処理を行う為のブリッジであるという理由であるが――流石に同じ顔が15人も並んで作業をしているのは少々不気味である。

 それも無表情でとんでもない速度でコンソールを操作しているので、視覚的な圧が強い。


「リンク完了。数値共有」

「キャリバーンからの戦闘データダウンロード89.5パーセント。完了まであと87秒」

「運搬状況確認。乗員の現在位置確認」


 作業が進む度に、艦長席に座らされたマルグリットは別れの時が近いのだ、という事を嫌でも理解させられる。

 何度も逃げ出してキャリバーン号に戻ろうと思った。

 だが、それはできなかった。

 艦内にはいたるところにシスターズが居て、いたるところをオートマトンが駆けまわっている。

 何より。艦内カメラがある以上、どんな行動をとったところで、即座にバレる。


「通信、繋ぎますか?」

「お願いします」


 できるなら、少しでも長く彼等と話をしていたい。

 だから、とキャリバーン号との通信回線を開く。


『ん? あれ。通信?』


 と、通信回線が開くなりメインスクリーンに映ったのは、呑気にシフォンケーキを食べているマコ、シルル、メグの3人だった。

 勿論、そのシフォンケーキを作ったのはベルだろう。


「……さっきまでのわたくしのセンチメンタルを返してください」

『悪い悪い。まあお疲れ様会みたいなもんだからさ~。そっちに積んだ物資の中に人数分のシフォンケーキはあるはずだよ。あ、僕の分取るなよマコちゃん』

「本当ですか?」

「一応確認済みです。手の空いているメンバーは先に食べてます」

『で、どうしたのさ』

「そちらはどんな感じなのか、と……」


 別れを惜しむ感じだったはずなのに、ここまでテンションの差があると、どういうテンションで会話すればいいのかわからなくなる。


『まあ心配することはないよ。必ず帰る。それまで待っていてほしい』

「シルル……そうですね。待ってます。皆さんが帰ってくるのを。ところで、アッシュさんとベルさんは?」

『もうすぐ戻ってくると思うけど……ああ、来た』

『どうしたんですか? って、あ。タンホイザーと通信が』

「ベルさん。……ベルさん?」

『どうしましたか?』


 何か、どうも違和感がある。といっても悪い感じではなく、むしろ良い雰囲気を纏っているという感じか。


『いえ。ちゃんとした返事がもらえましたので』

「えっと……?」

『それは良かった。それで、どう答えたのさ、アッシュ』

『お前達には関係ないだろう。ったく。アニマ、あとどれくらいで準備が終わる?』

『えっと……あ、もう終わります』


 喋っている間に、ついに帰還のための準備が整ってしまったようだ。

 それはつまり……長い別れの時が来た、ということである。


「みなさん……」

『あーあー。泣かないの、マリーちゃん』

『シルルも言ってたでしょ。アタシ達は必ず帰るって』

「それでも、明日明後日の話じゃないじゃないですか」

『だから、待っていて欲しいんですよ。わたし達が帰るべき場所で』

『ああ。それと。しっかりと今回の事を伝えてくれよ、


 その、シルルの言葉に。たった一言に、マルグリットの背筋に冷たいものが走った。

 同時に。シルルの手がコンソールを操作し始める。

 最後の時が近い。そうやってマルグリットに付きつけてくる。


『ボク達が帰るまで、ネクサスをなくさないでくださいよ?』

「ちょっと、待って……」

「空間跳躍ゲート展開開始」

「待ってください! まだ話が……」

『マルグリット』

「ッ! アッシュさん……」

『またな』


 そこで通信は切れた。

 次の瞬間には、タンホイザーは空間跳躍を行い、惑星ネクサスの周辺宙域に存在していた。


「あっ……ああっ……!」


 思い返せば、違和感はあったのだ。

 わずかな時間の会話。なのにも関わらず、何度も出てきた言葉。

 帰る。そして、不自然なまでに明るい雰囲気。

 その違和感が確信に変わったのは、シルルが自分を呼んだ時に発した、姫様という言葉。

 かつての関係性ならともかく、今の関係性ならばシルルは決してマルグリットをそんな呼び方で呼んだりしない。

 だから気付いてしまった。

 気付いた瞬間、席から立ち上がり格納庫へと走る。

 嫌な予感が止まらない。走って走って、何度も足がもつれて転んで。

 息が上がっても、脇腹が痛んでも、足だけは止めない。

 そうしてやっとたどり着いた格納庫で発見したのは――キャリバーン号にあるべきである縮退炉であった。


「あ、ああ……!」


 嫌な予感は、的中してしまった。

 これがなければ、キャリバーン号は帰ってこられない。


「アッシュさん、マコさん、ベルさん、アニマさん、メグさん……」


 格納庫の床に力なく座り込み、ただ静かに涙を流す。


「……シルルッ」


 頬を伝う涙。それはやがて大粒のものとなり、格納庫にはマルグリットの鳴き声が木霊していた。



 タンホイザーを見送ったキャリバーン号のブリッジは、マルグリットが無事に帰った事を喜びながら、ここから先をどうするべきか、という空気が流れていた。

 といっても、やるべき事だけははっきりしている。


「さて。食料は十分にある。ここから何度も惑星を経由して帰還を目指す事になるが……」

『食料が無くなる前にワープアウトした先の惑星で食料確保できないとキツイ、ですよねシルルさん』

「そ。その通り。昔見たレトロマンガでは過去の航路を参考に、食料が持つギリギリの距離圏内にある惑星をハシゴして食料を補充しながら戻ってたっけか」

「けど俺達にはそれができない。何せここまでの航路全部すっ飛ばしてきてるから、間にどんな惑星があるのか、ってのを知らないからな」

「でも、やるしかないんですよね?」

「まあね。幸い、アタシ等は来た方向はわかってるから、そっちの方向にワープドライブを使っていけばいいってのは救いだね」


 彼等とて、こんなところで朽ち果てるのを待つほど諦めが良くはない。

 そもそも、最初から死ぬつもりなどない。

 必ず帰る。そう宣言した。

 だが、言うは易し。行くべき方向はわかっていても、中継する惑星までの距離がわからず、かつそこに食料となるようなものがあるかも不明。

 そんな状況で闇雲に艦を動かしても、時間と食料を無駄にするだけだ。


『ならば。私も助力しようではないか』

「ミスター?! いや、なんで……」


 マコが驚きのあまり声を裏返らせながら叫ぶ。

 何せ、ミスター・ノウレッジの本体はここではなくネクサスにあり、そのネクサスとの回線は縮退炉の出力で展開したハイパースペースリンクによる距離を無視した超長距離通信でこの戦場との通信を行っていたのだ。

 縮退炉をタンホイザーに移したキャリバーン号との通信が確保されている訳もなく、ここでミスター・ノウレッジの声が響くのはありえないことである。


『気にしないでくれたまえ。今の私はあくまでも子機。キャリバーン号のメインシステムに間借りしているだけの存在だ』

「つまり、縮退炉を移す前に、人格データごとこっちに分身を送ってきた。ということですか?」

『肯定だ。そして、私には君たちをナビゲートできるだけの情報を持っている。これだ』


 そう言うと、ミスター・ノウレッジは具体的な惑星の位置と、帰艦までのシミュレーションを図として表示してくれた。

 こうして形になると、ネクサスへの帰還が現実味を帯び、希望が湧いてくる。


「……ちょっと待った。ネクサスまでの中継惑星までの距離と、通常のワープドライブでかかる時間を見て欲しい」


 メグの指摘に、一同が改めてそのシミュレーション結果を眺める。


「これは……」

『その通りだ。時間がかかりすぎる。当然、中継惑星で食料を補充するという事も必要になる。加えて、私のデータはかなり古い。すでにこれらの惑星が滅びている可能性もゼロではない』

「……」


 沈黙が広がる。


「行こう。さっきまでゼロだった可能性が、1くらいにはなったんだ」

「……まったく。言い出すときかないんだよね、昔から」

「一番付き合いの長いマコが折れたんじゃあ、私からは何も言えないね」

「そうですね。各惑星の未知の食材、というのも楽しみですし」

『食べられるかどうかは、ボク達が調べれば問題ないですしね』

「僕は未開惑星の生物を見付けられる、というだけでもワクワクしているね」

『どうやら、覚悟を問うのは無粋だったようだ。それでは、早速……』

「ああ。ワープドライブの座標を設定してくれ、ミスター!」


 キャリバーン号の前方に、ワープドライブのゲートが出現する。

 そのゲートに向かい進みだすキャリバーン号。そのブリッジの前にイクシーズが現れ、手を振って飛び去って行った。


「アリアのヤツ……」

「アッシュ。呆けてないで号令を。あとベルは睨まない」

「解ってるよ、マコ。……キャリバーン号、発進!」


 推力を全開にして、宇宙最強の戦艦がゲートの中へと飛び込んでいく。

 戦いの終わりを告げるかのように、光の軌跡となったキャリバーン号。

 その新しい航海が始まる。

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