終章
第239話 そして時は流れた
人類の生存圏すべての惑星に出現したインベーダー――ヴァーゲと呼ばれる生命体との戦いは、最終的には人類の勝利という形で幕を閉じた。
それぞれの惑星を守るため多くの命が失われた。もし、オームネンドが存在しなければもっと被害は増えていただろうし、最悪の場合惑星への侵攻を許して取り返しのつかない事になっていたかもしれない。
ヴァーゲ本体への殴り込みをかけたエクスキャリバーンであったが、帰還したのはエクスキャリバーンを構成する艦のうちタンホイザーの乗員74名のみ。
作戦に参加したタリスマン達は、レジーナを除いて戦死。
ローエングリン級を2隻損失し、キャリバーン号に関しては乗員ともども未帰還となった。
これは、ネクサスが初めて蒙った人的および戦力的大損害である。
だが、惑星国家ネクサスの代表であるマルグリットは、休む間もなく様々な対応に追われる事になった。
まず最初に、ラウンド戦時に行った地上への空間跳躍とそれに伴う周辺被害及びプラズマベルトを地上に散布しての被害について。
ある意味では核兵器よりも凄惨な結果をもたらしたのだが、これに関してはラウンドの復興援助と犠牲者遺族に対する補償を条件に基本的には追及されない方向性になった。
次に、先延ばしになっていたアクエリアス人の受け入れ。
そもそもの生活様式が他の惑星の人間とは異なるためにトラブルが続き、連日のように何らかの苦情が届く有様であったが――これもなんとか収めた。
自分と最も関係の深かった、愛していた仲間たちとの別れに悲しむ間もなく、マルグリットはただの少女であるマリーになる事もかなわず、ただひたすらに惑星国家ネクサスを存続させ、発展させる事に尽力した。
気付けば、1カ月。半年、1年と過ぎ去り――あの戦いから10年が経過していた。
28歳となったマルグリットは、相変わらず惑星国家ネクサスの代表として忙しく働いていた。
「代表、こちらの嘆願書ですが……」
「リオン、勘弁してください。今週だけで何度目ですか」
あの日、マルグリット共に帰還したリオンは、流石に流暢に言葉を喋るようになり、成人前でありながらマルグリットの補佐として傍らにいる。
そして、今。その手に抱えられている箱の中に入っている嘆願書の山を押し付けようとしている。
「この10年。流石に開拓も進んだとはいえ、調査をしてからでないと工事関係はできないと何度説明すれば。それに、場所によっては街への影響だって……」
「鉱山から出た汚水がアクエリアス人の居住区に流れ込んだ事もありましたね。実際、工事に反対する嘆願書もアクエリアス人を中心に届いています」
「全く。食料自給率もそこまで低いわけでもないでしょうし、何を建築してほしいと……」
「スタジアム、競馬場、カジノ、映画館、遊園地、水族館、動物園、植物園……」
「つまり、娯楽施設ですか。確かに、それらは必要かもしれませんね」
戦後に移民なども増えたこともあり、この10年間。ネクサスは主に食料自給率を向上させる事に注力していた。
それもあってか、惑星全域に急速に広まった生活圏全域に十分な食料が行き渡り、住民の生活は比較的安定していた。
と、なれば必然的に人間は欲が出てくる。
娯楽を求め始めるのである。
この点、ネクサスは衣食住に注力しすぎるほどの注力した結果、ハイキングや釣りといったアウトドア以外の娯楽はほぼないと言ってもいい状態であり、それを求める声が出るのは必然と言える。
むしろ、よく今まで声が上がらなかったものである。
「水族館と動物園、植物園は許可します。が、十分な調査を行ってから工事に着工してください」
「遊園地や映画館などはどうしましょうか」
「映画館に関しては街中で改築できそうな建造物を使う方向で。リニアの敷設も進んでいるので、できるだけリニアの駅周辺で。遊園地は……そうですね。次の都市開発計画に組み込みましょう」
マルグリットは娯楽施設の建造には前向きであった。
水族館、動物園、植物園は娯楽施設であると同時に研究施設でもあるため、それを建てる事に反対する理由が特にない。
何より、ネクサス固有の動植物を研究するという意味でも、それらの建造に取り掛かるのは遅すぎたくらいである。
そして映画館。映画そのものはネクサスでは製造していないが、そういうものも今後他の惑星から輸入していけば、問題ないであろう。
遊園地についても同様。娯楽施設としては鉄板であるし、いっそのこと大々的に興行として国家が運営を取り仕切るというのもありだが、民間に任せる、というのもいいかもしれない、などとマルグリットが考えていると、目の前にすっと差し出される2つの嘆願書。
それは、競馬場とカジノの建築許可願いである。
「ギャンブル系はとりあえず保留で」
「何故ですか」
「……ハマりそうだからです」
10年前、ルーレットに興じて大当たりした感覚を思い出し、顔を覆ってため息をつく。
それと同時に。あの時の事を思い出してしまった。
アルカディア・オアシスで、マコとベルと自分でカジノに行った事を。
ベルがスロット台に座るなり、目押しで荒稼ぎしていた事を。
真剣な顔をしてマコがどこかに行った時のことを。
ルーレットで大勝していた自分の肩に手を置いたアッシュの事を。
「はあ、こんなことで思い出すなんて……」
別に、彼等の事を忘れていたわけではない。
だが――彼等に想いを馳せると、その度に泣きそうになる。
全員で帰れた可能性もあったはずだ。
無理やりにでも、どこかのスペースに6人くらいは。
だが、タンホイザーは居住性には優れていない。本当にあの時乗っていた人間だけで定員いっぱいどころか、それでも無理やり詰め込んでギリギリだった。
格納庫だって、大破した機体の残骸や作業用として持っていっていたソリッドトルーパー、それに縮退炉とそこからタンホイザーの動力と直結させられたケーブルなどもありどこにも人間がいるスペースなどなかった。
「……いや、やめましょう」
「どうしたんですか、代表」
「センチメンタルですよ。ただの」
そうはいうが、全く割り切れてないのはリオンの目から見ても明らかであった。
リオンも、思うところがないわけではない。
特に、自分の人生に影響を与えたシルルとの別れは、リオンが今こうしてマルグリットの隣にいるのも彼女の影響があったからでもある。
『おい、お前等』
突然執務室の緊急回線が開く。
この回線を使える人間は限られ――今回の相手はナイアである。
彼女は10年前の戦いにおいて戦死したが、案の定再生して復活。とはいえ、戦死した宙域が再生装置のある場所からかなり離れていたこともあり、完全復活まで3年ほどかかった上、記憶も一部欠落していたが。
復活した彼女は、ネクサスの諜報員として宇宙中を飛び回り、何かあるとこうして連絡を寄越してくる。
しかし、緊急回線などめったに使わない。つまり、それだけの事があった、ということだろう。
「どうしたんですか、ナイアさん」
『奇妙な噂を得た』
「ミスターよりも先に、ですか?」
『そりゃあそうだろう。オレのいるのは、ネクサスから何万光年離れていると思っているんだ。流石のミスターもカバーしきれない範囲だ』
「なるほど。それで、噂というのは?」
『この周辺で、海賊が出たと』
「海賊? それは珍しい話じゃないでしょ」
『リオン、オレに冷たくね?』
実際、リオンの言う通り宇宙海賊なんてものは、この時代、どんな場所にでもいる。
いないのは、ラウンドやネクサスのように安全が確保されている宙域程度のものである。
『まあ、言いたいことはわかる。けどな。その海賊、他の海賊ばかりを攻撃するそうだ』
「義賊……? それは確かに珍しい、かも」
『だろ。それと、艦の特徴として、艦首部に髑髏のレリーフ。側面に炎を模した炎舞エムが塗装がされているんだと』
「ッ!? それは……!!」
艦首の髑髏と、炎のエンブレム。その組み合わせを、マルグリットはよく知っている。
それは、『燃える灰』を表す記号である。
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