最終話 10年目の約束

 が生きている。その可能性となる情報を得たことで、マルグリットの心臓の鼓動は速くなる。

 会いたい。彼等と会って話がしたい。

 10年もの間、何をしていたのか、と。あれからどんなことがあったのか、と。

 だが同時に、今の自分が自由に動ける立場にないことも理解しているマルグリットは、すぐに冷静さを取り戻し、いつのまにか立ち上がっていたことに気付いて椅子に座りなおす。


「それで、その海賊というのは?」

『ああ。最近といってもこの宙域で見かけたのは標準時刻で5年前。それ以後も近くの恒星系での目撃情報があるという噂を聞いている、そうだ』

「ナイア、目撃情報のあった宙域を星系図に表示してこっちに送ってもらえる?」

『ん? 構わねえが、どうするつもりだリオン』

「どうするもこうするも。ネクサスとの位置関係を確認する」

『なるほどなー。ほい、送ったぞ』


 早速送られたデータを確認したリオンは、それを見るなり大きなため息をついた。


「シスターズに頼むまでもない。なんでこれに気付かないの、ナイア」


 と、シスターズに情報の整理を頼むまでもない事で、かつナイアがそれに気づかなかったことをリオンは責める。


「どうしました?」

「目撃情報の時期とその位置。徐々にネクサスに近付いてきています」

「それじゃあ……」

「ナイア。最新の目撃情報はここで間違いない?」

『もっと近い惑星で調べないとだが、今のところはそうだな』

「……このペースだと、もしかしたら」


 リオンは考え込み、そのデータをじっと見つめる。


「エルバ、ガレス、アサ、ミジン、ルバ、レフォル、アモン、ルバ。シミュレートを手伝って。えっ、縮退炉の制御で忙しい? じゃあ代わりに――パイとエルブが?」


 それぞれの名前を得たシスターズに協力を仰ぎ、何かのシミュレーションを始めるリオン。

 その様子を、マルグリットはただ眺めていた。

 彼女がシスターズの協力を仰ぐことは珍しい事ではない。互いに繋がっているリオンたちシスターズの情報処理速度はそんじょそこらのコンピューターのそれを上回る。それはたった数人でも変わりがない。

 だが、今回は動員する数が多い。それだけの人数を動員する必要のある事だというのだ。


「……マルグリット代表。シミュレーション結果を伝えます」

「はい。お願いします」

「ヴァーゲのいた宙域から今までの目撃情報が確認された場所までの移動ペースを計算した結果、4日前から1年までの間に、キャリバーン号は帰還します」

『4日前って……おいおい。流石にそれは……』


 何かナイアが言おうとした瞬間。警報が鳴り響く。

 その音のパターンから、ネクサスの周辺宙域に直接何かがワープアウトしてくる、という警告である。

 戦後10年。軍事力に優れることを証明し、下手につつけば始祖種族の生み出した超兵器まで飛び出してくるかもしれないような惑星に直接殴り込みをかけようという命知らずはいない。


「監視衛星!」

「映像、回します」


 執務室のモニターに、監視衛星からの映像が表示される。

 丁度、件の何かがワープアウトした瞬間がそこに映し出されていた。

 艦首に大きな髑髏のレリーフがある装甲が取り付けられ、両舷にも推力を強化するように増設のエンジンを持つ巨大な艦艇。おそらくは、戦艦クラスである。

 だが戦艦としても、大きすぎる。およそ700から800メートルはあるだろう。

 それが、防衛網ラインの内側に突然現れた。

 当然。許可のない侵入に反応し、自動防衛システムが迎撃に出る。

 無数のミサイルが、その巨体に殺到し、それによって艦を落とそうとする。

 しかし、その戦艦は自身に向かってくるミサイルをすべて回避し、なおもネクサスへと接近。

 その回避運動が、マルグリットは見覚えがあった。


「あ、ああ……」

「代表。行ってください」

「……はい。はいッ!」


 リオンに促されて執務室を飛び出す。

 あの戦艦がどこを目指しているのかがわかる。あれはここに降りてくる。この街に、ネクサスが始まったこの場所に。

 あの人たちのことだ。加速し続けてそのまま突っ込んでくるに決まっている。

 息を切らしながら外に出て、空を見上げる。

 そこには赤く燃える影が落ちてきているのがはっきりと見えた。

 それは降下しながら、パーツを分離し、分離したパーツは高熱に晒されて燃え尽き、覆い隠されていた姿が露になる。

 まだ遠目ではその姿がきちんと把握できないが、マルグリットは確信した。

 あれは、間違いなくキャリバーン号である、と。


「帰ってきた。あの人たちが!」


 その声に応じるように、赤く燃えるそれは加速し、一気にマルグリットの前にその全容を表す。

 それは10年前と変わらぬ姿のキャリバーン号。

 それがイナーシャルキャンセラーで慣性を制御し、音速を超えていたとは思えないほど静かに工廠エリアの広場へと降り立つ。

 あの巨体が着陸できるのはそこ以外にない、とエアバイクに跨りマルグリットは走る。

 自分で決めた法定速度をぶっちぎるほどの速度で向かった工廠エリア。

 そこに降り立ったキャリバーン号から、人が降りてきて、それに騒ぎを察知して飛んできたレジーナが対応している。


「みなさ……ん?」


 と、そこで人数が多い事に気付く。

 アッシュ、マコ、シルル、ベル、メグ。人間は5人。多くてもバトルドールに入ったアニマで人影は6人のはずだ。

 ……なぜか7人いる。それも周りとくらべて小さい。


「久しぶりだね、マルグリット。10年も待たせてしまった」

「シルル、あの。その。えっと?」

『どうしたんですか。マルグリットさん。鳩が豆鉄砲を食ったような顔してますけど』

『それは当然だろう。何せ、子供が増えているとは……』


 レジーナもこれは想定外、といった雰囲気で降りてきた子供のほうを見ている。

 おそらくはまだ10歳にも満たない子供、というのはわかる。恰好から判断すればおそらくは女児。とはいえ、そのぐらいの年齢の子供はまだ外見的にはわかりにくく、恰好だけで判断するのは早計だ。


「いやー、まさか航海中にマジで1人増えるとは僕含めだれも思わなかったんじゃないかなっはっは」

「いや、2人ほどわかってた人間がいるじゃん。ねえ、アッシュ、ベル」

「え、いや、あの……」


 混乱しながらもアッシュとベルのほうに視線を向ける。

 するとどうだ。照れ臭そうに視線をそらすアッシュと、それに寄り添うベル――とそのベルの脚にしがみついてマルグリットを警戒するように見つめる子供。


「ああ、うん。10年も一緒にいたらそりゃあその間、手を出さないとか無理だよね」

「アッシュさん!? あれだけ女性に囲まれても一切アクションを起こさなかったアッシュさんが!? いや、確かにあの時ベルさんとくっつきそうだな、とは思ってましたよ? いや、でもさっすがに……」

「ああ。最初はわたしのほうから……」

「ベルさんも何言ってるんですか!? 子供の前ですよ!?」


 声を荒げたものだから、なおのことアッシュとベルの子供に警戒されるマルグリット。

 それに気づいて笑顔を取り繕って手を振るが……ちょっと遅かったようだ。完全に怖い人認定されている。


「まあ、ともあれ、だ」

『そうだな。まずは我々からいう事があるだろう、マルグリット』

「……そうですね。では」


 この時をどれだけ待ちわびたか。

 積年の思いを込めて、マルグリットはその言葉を口にした。


「おかえりなさい!」

「『「「「「ただいま!」」」」』」

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霊素宇宙のキャリバーン 銀色オウムガイ @GiniroOumugai

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