第3話 強奪
アッシュの頭の中に巡る言葉はただ一つ。
――逃げたい。
今の状況、明らかにおかしい。普通じゃない。
この案件はヤバい、と。それなりに仕事をこなしてきたアッシュの直感が訴える。
マコのほうを見てみれば、そちらはそちらで顔が青い。
そりゃあそうだろう。
アッシュたちの引き受けた仕事は惑星国家ラウンドが建造した新造艦の強奪。
それはつまり、今後ラウンドと一生敵対し続けるということである。
だというのに、その手引きをしたのがラウンドの第一王女であるマルグリット・ラウンドであるというのだ。
頭を抱えたくなるのも仕方ない。
何を企んでいる。何を考えている。
そもそも、どうしてこうなっている。
どうして王女がそんなことをするのだ。
「付きましたよ」
いろいろと考えている間にブリッジに到着した。してしまった。
ブリッジに入るなり、アッシュたちはその配置を見渡す。
「流石は最新鋭のワンマンシップ。ソードフィッシュに比べるとずいぶんとすっきりしている」
ワンマンシップ。その名の通り個人でも運用できる艦艇を目指して生み出された艦艇群の事をそう呼ぶ。
現実には個人で動かすより、複数人で動かした方がより効率的であることから複数人での運用を前提に設計されることが多いが、それでも従来の艦艇と比べて圧倒的な少人数で運用できるのは、いろいろと利点が大きい。
その最新艦のブリッジに今、立っている。
「姫様、待ってましたよ」
「あんたは……」
通信を寄越したとき、割り込んできた女性だ。
強い癖のついた真紅の髪が目を引き、出るとこは出て引っ込むべき場所は引っ込んでいる、所謂モデル体型という多くの女性にとっては理想的な体系をしている――端的に言って美人と称される容姿の女性。
なのだが、それらすべてをぶち壊すほどはっきりと目元に浮かぶ濃い隈と、いかにも不健康な生活をしているのだと訴えてくる血色の悪い肌。
ずれた眼鏡をなおしつつ、その女性はマルグリットが連れてきた2人の顔を交互に見比べる。
「アッシュ・ルークとマコ・ギルマンだね。表向きはルーク・サービスという何でも屋。しかしてその裏の顔は、悪党だけを狙う宇宙海賊『燃える灰』。いやあ、実にいい手際だよ。両者を結び付ける証拠を集めるのには苦労したよ」
「足がつかないようにしたつもりではあるんだがな」
「ごく僅かな証拠でも積み重ねれば真実につながるということもあるのさ。ま、星系規模で調べるような真似をしなければ見つからなかったのだから、君たちは大したものだよ」
さらっととんでもない事を言い始めた女性に、マコは明らかに引いていた。
星系規模での捜査網。そんなものを彼女は持っているのだ。
そこまで徹底的に探されれば、証拠の一つくらい出てきてもおかしくはない、とアッシュは納得することにした。
――しておいたほうがいい気がしたからでもあるが。
「彼女はシルル・リンベ。ラウンドの技術開発主任で、この艦キャリバーン号の設計者兼開発責任者で、兵器開発主任です」
「まあ要するにメカニック全般なんでもこなす器用貧乏な女さ。ああ、あと趣味程度でハッキングなんかも少々」
そのハッキングで星系規模の捜査網を形成したのか、と納得――できるわけがない。
「なんだその滅茶苦茶なハイスペックは」
「ま、とりあえず互いに顔と名前は紹介し終えたわけだ。本題にいこうじゃないか」
そういってシルルは手を合わせながらにぃ、と口元を吊り上げる。
「まずなぜ君たちに依頼をしたか、だけど――それは姫様のほうから」
「そうですね。まずこの
「覇道? ってことは――まさか」
「はい。ラウンドは、数多の惑星に対して侵略戦争を仕掛けようとしています。その第一歩として、このキャリバーン号が建造されたのです」
「で、姫様はそれを憂いてこのキャリバーンと、それに関するデータをどうにかしたいと考えた」
「だから強奪? そんなことより爆薬でもしかければいいじゃない」
と、マコが尤もな事を言う。
アッシュたちはキャリバーン号がどのような艦であるのかを正確に把握してはいないが、それほど危険視するものならば破壊してしまうのが手っ取り早い。
むしろそうしない理由がない。
「それは駄目だね。たとえ研究データが吹っ飛ぼうとも、完成した実物が失われようとも、この私がいる限りいずれは同じことになる。一応、公務員なんで上の命令には逆らえないのさー」
はっはっは、とおどけた仕草で笑うシルル。
「わたくしも父を説得しようとしたのですが聞く耳を持ってもらえず、むしろわたくしを暗殺しようとする動きすら」
「……実の父親のすることか。しかも一国の王だろうに」
アッシュの顔に怒りが浮かぶ。ほんの一瞬の出来事であるが、それを見たシルルは満足げに口元を吊り上げた。
「今の父は親兄弟、息子娘であろうと自分の障害になるのならば何でもする暴君です」
「私はこの頭の中にあるあらゆるデータを戦争なんかに使わせたくない。姫様はそもそも戦争に反対しているし、このままラウンドに残り続ければ何をされてもおかしくない。だったらいっそ、現時点で最新かつ最強の戦艦であるこのキャリバーン号を奪って逃げようって魂胆なのさ」
「で、俺たちが呼ばれたのは悪党専門の海賊『燃える灰』だからだろ」
「ああ。その通り。私の発案でね。君たちが介入した一件であるとなれば、ラウンドには悪評がつくし、その動向に目を向ける勢力が多数出てきて動きが取りづらくなる」
「なるほどなあ。ったく」
本気で面倒ごとに巻き込まれた、とアッシュはため息交じりに頭をかく。
マコも落ち着かせるように身体を抱いて深呼吸を繰り返す。
「そちらの事情は解った。次はこっちの事情だが――」
「アタシたちは乗ってきた艦が使い物にならなくて脱出不能。とはいえこんなところで死ぬのはゴメンだ」
「つまり?」
「海賊らしく、この艦をいただく! マコ、操舵につけ。他の2人もシートに座れ」
マルグリットの表情がぱぁっと明るくなり、シルルはきししと笑う。
各々が席につくなり、操舵席に腰を下ろしたマコがコンソールを操作する。
「火器管制は俺に回せ。シルルさん、あんたに頼みたいことが一つ」
「何かな? あとシルルでいいよ」
「んじゃあシルル。ソードフィッシュを遠隔で操作できないか?」
「できるとも。プロテクトの解除コードは?」
「19651127だ」
「心得た。あっという間に終わるさ」
「姫さん!」
「は、はい!」
「とりあえず、ブリッジの仕事は後々覚えるとして、今は偽名でも考えててくれ。流石にいろんなところでマルグリット呼びは目立ちすぎる」
「はい!」
エンジンに火が入り、艦のステータスが各々の席の前にあるコンソールに表示される。
「あ、そうそう。言い忘れてた。この施設には私がいろんな場所に爆薬を仕掛けたんだ。研究資料はここの独立サーバーにしか保存してないから、それを物理的に破壊したくてね」
「なら好都合。ようは工廠ぶっ壊しゃあいんだろ? 主砲用意。チャージ開始。マコ、ぶっ放すと同時にフルスロットルでかっ飛ばせ。シルルはそれと同時にソードフィッシュを自爆させろ!」
「ヒュー! 面白くなってきたじゃない」
「我々の逃避行の始まりを祝う、ド派手な花火といこうじゃないか!」
『主砲、エネルギーチャージ完了。いつでも撃てます』
無機質な合成音声が、旅立ちの時を告げる。
「発射ぁぁぁぁッ!」
キャリバーン号の主砲が放たれ、固く閉じられたハッチを吹き飛ばして脱出口を生み出すなりそのエンジンがフル稼働。一気に加速して艦が飛び出す。
それから少し遅れてアッシュたちが乗ってきたソードフィッシュが自爆。
施設の内部で駆逐艦のエンジンが爆発したことで、衛星工廠が崩れ出す。
「ちょっと爆発の規模デカすぎないか!?」
「爆弾、仕掛け過ぎたかもしれないねえ」
「言ってる場合ですかシルル!?」
「問題ない。キャリバーンの速度は、ソードフィッシュを超える!!」
背後から迫る爆発。それに追いつかれることなく、むしろどんどん引き離してキャリバーン号の巨体が宇宙空間に躍り出る。
直後に、衛星工廠は大爆発を起こしその欠片が惑星の重力に引かれて落下を始めた。
工廠の爆発という異常事態を察知した防衛用の衛星が一斉にキャリバーンのほうを向くが発砲することはない。
当然だ。キャリバーン号から放たれる信号はラウンドのもの。つまり衛星からすれば味方。発砲できるわけがない。
とはいえ機雷のほうは無差別に爆発するものであるから、キャリバーン号もシールドを張ってそれに対応する。
「このままワープドライブで逃げよう」
「とはいえ、このキャリバーン号。少し問題があってね」
「え、このタイミングで?」
「うん。まあそうだね。端的にいうと、食料の類を一切搭載していない。水もだ。まずはその補給をしなければならない」
「と、なれば――まずはあそこか。マコ、惑星サバイブだ」
「了解。座標指定。ワープドライブ起動」
こうして、惑星ラウンドで開発されていた新造艦は強奪され、鉄壁の防御を突破した宇宙海賊『燃える灰』の知名度は高まる事となる。
同時に。悪党専門の宇宙海賊である『燃える灰』が事件の首謀者であることからラウンドは他の惑星からその動向を警戒されるようになる。
これに対し、ラウンド側は王女マルグリット・ラウンドが『燃える灰』によって誘拐されたと発表。
誘拐の主犯たる『燃える灰』と、その手引きをしたとして技術開発主任であるシルル・リンベに対して多額の懸賞金をかける事になる。
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