第4話 ハイパースペース

 ワープドライブ。

 人類の生存可能な惑星間を航行するにあたり、光年距離を移動する以上必要不可欠な、宇宙用艦船の基礎機能。

 霊素に負荷をかけることで発生する空間湾曲作用を利用し、目標点へまでのショートカットとなる通路――これをハイパースペースと呼称――を作成。

 その通路内を航行することで、数光年離れた場所でも短時間で移動できる、というものである。


「さて、サバイブまでは約2時間。今後について議論しておこうか」


 ハイパースペース内を航行する間、敵に襲われる事がまずない為レーダーを監視する必要もなければ、オートパイロットによって操舵の必要もない。

 落ち着いて話し合いをするにはちょうどいいタイミングである。


「そうだねえ。どうせ私はお尋ね者だろうから、どうやっても逃亡生活だね」

「わたくしも、父の息がかかった者に捕まればどうなるか」

「……俺たちとしては正直、これ以上の面倒ごとは避けたいところなんだが」

「もう無理でしょ。乗り換えるにしたって、こんな大きなふね。どうやったって目立つ」


 そう言いながらマコは宇宙服を脱ぎだし、彼女にとっていつも通りの恰好に戻る。


「なっ、なななっ……?! なんて恰好してるんですか!?」

「何って、これがアタシのいつもの恰好だよ」


 マコの普段着。それはほとんど下着のようなものである。無論、下着などではなく――どちらかというと水着だ。流石に水着そのままでは外を歩けない為、下はショートパンツを履いているが。

 しかし、お姫様であったマルグリットには刺激が強すぎたらしく、顔を真っ赤にしながら両手で目を隠している。まあ、指の隙間からしっかり見ているが。


「ちょ、えっ? なん、えっ?」

「姫様大混乱してる。マジウケるー」

「シルル、からかわないで! じゃなくて、マコさんッ! 女性がそのような露出の多い恰好をするのは、その。破廉恥です!」

「破廉恥と言われても、な?」

「流石に外行くときは上に羽織るぞ」

「アッシュさんも何平然としてるんですか!」

「あー。悪いね、アッシュ。姫様は落ち着くまで時間がかかりそうだから放置してくれ」

「そうする。で、さっきマコが言ったように。キャリバーンは非常に目立つ。それにこいつを奪ったのが『燃える灰』だってのはバレてるわけだ。ははは……詰んだ」


 頭を抱えるアッシュ。

 ラウンドの新造艦を奪い、衛星工廠を爆破。その犯人は『燃える灰』だとバレている。

 まださほど経っていないが、全宇宙に知らされるのも時間の問題だろう。


「あ、そうそう。こういうのを見つけたよ」

「うん?」


 シルルから自分の前のコンソールに転送されてきたUNNユニバーサルネットワークニュースの最新記事。その見出しを見て、アッシュは胃が痛くなってきた。


 速報:『燃える灰』が惑星ラウンドの新造艦を強奪!

 惑星ラウンドの第一王女、誘拐される。犯人は『燃える灰』か?

 惑星国家ラウンド 宇宙海賊『燃える灰』に懸賞金!


 と、まあ早速だがもう情報が出回っている。

 しかも、マルグリットは誘拐されたことになっているし、案の定懸賞金もかけられている。


「ちなみにすでに各自の懸賞金は出てるよ。私は3億。なんでも誘拐幇助だってさ。間違ってないけど」

「『燃える灰』については正体不明だから構成員1人当たり1000万。首領は20億、幹部なら1億。やったことに対しては安いなあ」


 安い、とマコは言うが1億Cクレジットもあれば一般的な家庭――ここでは両親と子供2人と想定して、それが3年は暮らせる大金である。

 20億ともなれば単純にその20倍。60年――大多数の人間が人生の大半を働かずに暮らせるほどの大金だ。


「いやもう、俺たちどう足掻いたってバレんじゃん。海賊だってバレんじゃん! どこのステーションにも寄れねえよ! 寄って、降りた時点で俺らってバレんじゃんか!!」


 絶叫である。


「ただでさえ『燃える灰』にはやたらと懸賞金かけられてんだぞ! これに加えて20臆だぁ? ふざけんなよ!! ていうかこの艦にいる3人だけで24億ってなんなんだふざけんな! 三度目だが言うぞ。ふざけんな!」

「累計だと3兆85億7500万だけど」

「どんだけ恨み買ってんのさ、君等」

「そりゃあ各惑星のマフィアや悪徳政治家相手にドンパチやってりゃこうなるよ」

「なんで冷静なんだマコぉ!?」


 それだけの大金だ。狙ってくるのは連中は一つや二つなわけがない。

 金銭欲を持つものなら誰もが敵になりうる状況になってしまった。


「ここで提案。というか、私としては既定路線のつもりだったのだけどね。このままキャリバーンで我々と共に行動してくれないかい?」

「……こっちにメリットは?」

「キャリバーンを運用するにあたり、整備士は必要だろう? プラズマベルトの中でも航行可能なこの艦のメンテナンス、君たち2人だけで出来るのかい?」

「それは、確かに」


 最新鋭の戦艦というだけあって使用されているシステムも今までアッシュたちが使っていたものとはかなり異なっている。

 構成素材にしたって、その製造法がわからなければ破損時に修復することはできない。

 プラズマベルト――高濃度のプラズマ密集地帯の中でも航行できるほどの装甲素材となれば製造法を知るのはシルルのみだろう。


「決まりだね。で、私には当然姫様が付いてくる」

「はへ?」


 まだパニック状態のようだが、とりあえず返事はできている。


「アッシュ。いろいろ理由をつけてどうにかしようしてるようだけど、諦めも肝心よ」

「いや、だってワンマンシップだぞ、これ。俺たちがいなくたってどうにかなるだろうに」

「それ以外がどうにもならないんだよ。私はともかく、姫様には護衛が必要だしねえ」


 マコに言われた通り、アッシュは思考を巡らせてどうにか状況を好転させることはできないかと考えるが、ハイパースペース内で1人だけ逃げるのはどこに飛ばされるか分からない為不可能。

 ワープアウト後に逃げだしたら、今度はキャリバーン号が原因で『燃える灰』の関係者だとして追われる可能性大。

 なら逆にお荷物になりそうな2人を追い出してしまおうか、とも頭によぎったが良心が傷むどころではなく一生もののトラウマになりそうなので即時に却下。

 そもそも、アッシュ自身がこのキャリバーン号のカタログスペックを見ただけで気に入ってしまっているため、どうしてもこのふねを捨てるという選択肢を選べないでいる。


「ま、アタシはキャプテンの意向に従うだけだけど?」

「ぐっ……! わかった。わかったよ! ただし、各自何等かの仕事はしてもらうからな!」

「交渉成立。今後ともよろしく、アッシュ。で、私達も一応『燃える灰』の一員ってことになるのかな?」

「懸賞金が2000万増えた」

「やめろマコ。胃が痛くなる」


 ワープアウトまであと1時間程度。

 それまで何をするでもなく、4人はそれぞれ自分なりの時間の潰し方を模索する。

 何せ、新造艦。新造したばかりで、余分なものが一切ない。

 具体的には小説や映画といったもののデータはもちろん、ゲームの類も一切存在しない。


「リバーシくらいは入れておくべきだったかな?」

「それで1時間持つと思うか?」

「あ、わたくしリバーシのセット持ってきてますわ」

「……いや、姫さん。なんでそれ持ってきたの? もっと優先すべきものあったよね」


 普通に1時間遊べた。



『ワープアウト予定地点に障害物なし。ワープアウトまで10、9、8――』


 艦のシステムが無機質な合成音声でワープアウトのタイミングを告げてくる。


『――3、2、1……ワープアウトします』


 ハイパースペースを抜けると、青く輝く惑星がキャリバーン号の前に現れる。

 惑星サバイブ。地球型惑星という意味ではこれ以上に理想的なものはないと言うほどに地球に酷似した、人類の生活に適した環境と大気組成をしている惑星である。

 しかし、である。この惑星は人類が生活し続けていく上では非常に厳しい要素を持っていた。

 故に、サバイブ。生き残る、という願いを込めて名付けられた惑星である。


「あれが、サバイブですか」


 初めて見る風景に目を輝かせるマルグリット。

 シルルはまるで保護者のようなあたたかな視線で見つめ、マコはそんな珍しいものなのかと首をかしげる。

 そしてアッシュはというと――どうしたものかと頭を抱えていた。


「シルル、一応確認したいんだが。キャリバーンに大気圏の突入能力はあるんだろうな」

「ん? もちろんさ。しかしなぜそんなことを聞くんだい? カタログスペックとはいえ、機能くらい君も確認しただろう」

「いやそうなんだけどな。けど一応確認しておかないと」

「? おかしなことを言うね。宇宙港スペースポートくらいあるだろう?」

「……ないんだよ、サバイブには」

「は?」

「だから、これから大気圏に突入する。衝撃に備えてくれ」

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