第5話 着水
旧世紀から行われている、伝統的な手法の大気圏突入というのは、実のところ、かなり困難な行為である。
重力に引かれて自然に落下するというのはもちろんあるが、その際に適した突入角度でなければ失敗する。
そうでなくとも、巨大な物体が音速を越えた速度で突入する際には衝撃波が生じ、さらにはその衝撃波が生じる。
発生した衝撃波により、急激な大気の圧力向上が発生――これを断熱圧縮といい、すさまじい高熱を発する。
ようは、摩擦熱が生じるから高熱が発生するというわけではないのである。
尤も。現代においては突入角度の問題は艦艇のシステムが適切な角度へと調整し、断熱圧縮に対する対応は旧世紀の時点でも様々な工夫を凝らすことで解決させている。
でなければ、人類は宇宙に旅立ち、それぞれの惑星で独自の進化をするまでに至っていない。
「あの、アッシュさん。恥ずかしながら、わたくしサバイブについてよく知らないのですが」
「惑星サバイブ。地球型惑星の理想形と言われた気温、湿度。大気組成をしている。自然環境も、豊かな四季が存在――たしか今の時期は夏だな」
「それは北半球と南半球で変わるのかい?」
「ああ。降りようとしている場所が夏って話だ。当然反対側の半球に行けば冬になる」
「本当、まんま地球の環境だねえ」
「シルル、地球ってそんな星なの?」
「記録上は、ね。人類が発祥の地たる地球を離れてすでに何世紀経ったことか。現在の地球の姿なんて誰も知らないさ」
艦全体をシールドで包み一気に降下していくキャリバーン号。
断熱圧縮を避ける方法はいくつかある。エネルギーシールドの展開もその手段のひとつである。
もうひとつ有名なのは、断熱圧縮が発生しない速度で降下していくことであるのだが――減速するために燃料をバカみたいに消費するので現代においても推奨されない。
『警告。動体接近』
システムがアラートを発し、感知した動体とやらをメインスクリーンに拡大表示する。
映し出されたのは巨大な鳥――のような何か。明らかに鳥ではないというのはわかる。何せ全身が鱗で覆われているのだから。
だがその翼は皮膜の張られたものだり、しかも二対あるというのが奇妙であるし、脚のついている位置が前すぎる。あれでは前脚だ。
「な、なんですかアレ!?」
初めて見る奇妙な生物にマルグリットは恐怖心よりも好奇心が勝っているのか、興奮気味に尋ねる。
「アレがサバイブが人間が生存するのに適する惑星なのに、生活するのには厳しい環境っていう理由だよ! シールド出力上げろ。アイツの爪にやられる宇宙船は多いんだ」
「さっさと全員シートに座ってベルトで身体固定。あとできるだけ喋らない!」
マコが舵を握り、シルルとマルグリットもおとなしくシートに座ってベルトで身体を固定する。
「相手の位置は私が見よう」
「頼む。対空レーザー全砲門用意」
「あの、あの生物は?」
「ウロコトンビだ。ああやって高高度を飛び回って獲物を探してるのさ。それが人工物だろうと生物だろうと関係ない。動くものすべてがヤツの獲物だ」
「おまけに一度獲物認定されるとずっとついてくる。面倒だけど、迎撃しないと着地しても攻撃される」
頭の先から尻尾の先まででおよそ120メートルほど。ただし、仮にこれが一般的な鳥類のような体系で陸を歩くとするならば、その頭頂高は大体40メートル程度になるだろう。
いずれにしろ、巨大生物には変わりはない。
「この惑星はいつもこんなのだ。空も海も地上でさえも、こういう巨大生物がいるから、入植当初はずいぶん手こずったそうだ」
キャリバーン号めがけて突撃してくるウロコトンビ。
鳥にして前につきすぎている脚を突き出して艦を鷲掴みにしようとするも、シールドによって弾き飛ばされ、バランスを崩して落下していく。
すぐに4つの翼を巧みに動かし体勢を立て直すと、再びキャリバーン号めがけて飛んでいく。
「興味深い。大きな一対はほとんど動かさず浮力を生み出すために使い、残る一対は舵の役目か」
「ちなみに食うと美味いぞ。動体に照準。レーザー発射!」
キャリバーン号の対空砲座からレーザーが乱射される。
シールドを抜けて飛び出した閃光はウロコトンビの身体を貫き、その命を奪う。
「予想外の妨害にあったが、このまま海に降りるぞ」
「海、ですか?」
「他に安全に降りれるところがない。イナーシャルキャンセラー準備」
「了解。クジラがいないことを願おう」
マコの操舵に従い、艦が高度を降ろしていく。
「姫さん、イナーシャルキャンセラーを使った着水は衝撃がほとんどない。見やすい場所で外を見てくるといい」
「本当ですか!」
「シルルも、ついていってあげたら。ブリッジはアタシとアッシュでどうにかなるし」
「そうさせてもらおう。姫様、行きましょう」
「はい!」
目をキラキラと輝かせてブリッジから出ていくマルグリットと、それを追いかけるシルル。
残ったアッシュとマコは着水の準備を進める。
といってもほぼやることはない。
オートメーション化されたシステムがほとんどの事をやってくれる。
人間のやる事は最終決定くらいなものである。
『着水予定地点に障害物および生命反応なし。慣性中和装置作動』
艦を水平にしながらゆっくりと海へと降りていく。
750メートルほどもある巨大な物体が大気圏外から降りてきたというのに、ほとんど波を立てずに着水。
空中で襲撃を受けるということはあったが、それ以外のトラブルは何もなかった。
「で、アッシュ。どうするつもり」
「どうするもこうするもないだろ。ここに来たのは食料確保だ。水と塩は海水を取り入れてどうにかできるからいい。魚も獲っておいていいかもしれないな。問題は――」
陸地でしか入手できない食料品、である。
小麦、米、豆類、ジャガイモなどの主食になりうるものはもちろん。
野菜や果物。各種調味料。食用油。娯楽という側面も持ち合わせる酒類。
そして何よりも重要なのが肉である。
「アテはあるの?」
「ねえよ。んなもん。そもそも、ここは他の惑星とちがって
「となると……稼ぎが必要になる、か」
マコがコンソールを操作し、キャリバーン号下方に半球状のシールドを展開する。
海も決して安全な場所ではない。下方から巨大生物の襲撃を受ける可能性だってある。
ついでに艦上方に対しても特定状況においてオートでシールドを展開するように設定する。
「はは。シールドの範囲内がでっかい生簀状態じゃねえか」
「これなら取り放題、でしょ」
◆
一歩でも踏み出せばそこは海。そこから見える景色は水平線いっぱいに広がる豊かな自然。
その光景を前に、マルグリットは目を輝かせていた。
楽し気にくるくると周囲を見渡し、甲板の端の方へと歩いていこうとするのを、シルルが肩を掴んで止める。
「姫様。気持ちはわかりますがね? その恰好でここから出たら後始末が大変ですから、やめてくださいね?」
「わ、わかってますよ、シルル?」
笑ってごまかそうとしているが、シルルが止めなければほぼ確実に海へ飛び込んでいただろう。
マルグリットの今の恰好は、どうやってもどこかの貴族か王族かといった雰囲気が見えるドレス。生地は比較的薄く、どうみたって水が染みやすい。
もしこんな格好で海になんて飛びこんだら泳ぎが得意な人間であっても、四肢にまとわりついて上手く泳げなくなるのは目に見えている。
まったく、手のかかる、とシルルはため息をつく。
「しかしまあ、周りは見事なまでに海だねえ。アッシュたちはこれどうするつもりなんだろうか」
「どうするもこうするも、まずはとりあえずの食料確保よ」
「マコさん?」
2人の後ろからやってきたマコはなぜか手に袋をもっていた。
そのまま一言。
「じゃ」
というなり海に飛び込んだ。
「は、へ? ええっ!?」
水しぶきと共に海中に消える。
あわてて海面を覗き込むマルグリットとシルル。
透明度の高い海はマコが深いところまで潜っていく姿がはっきりと見えた。
そのまま海底で何かを採集しはじめ、時折泳いでいる魚を素手で捕まえては袋に尾押し込んでいる。
それどころかあちらからも覗き込んでいる2人が見えるのか手を振っている。
「ん? そうか。そういえば彼女は――」
「どうしました?」
「いや、なるほどな。なるほどなるほど。彼女の恰好の理由もソレか」
何かを納得したかのように頷いてシルルはマルグリットを引きずって甲板の中央にまで連れてくる。
「とりあえず、姫様。日焼け止めも塗らずに直射日光を浴び続けるのはよろしくない。そろそろ一旦艦内に戻りましょう」
「そうですね。マコさんが何をしているのか少し気になりますが……」
シルルに促されマルグリットはしぶしぶ艦内へと戻っていく。
2人が戻ってから2時間ほど経過し、日も暮れだしたころマコも艦内に戻ってくる。
そしてキャリバーン号での初の食事が振舞われた。
といっても味付けは塩だけ。焼き魚と焼いた二枚貝、海藻サラダと言えば聞こえはいいが、食べやすい海藻をのっけただけのもの。それらが人数分である。
誰にとっても貧相な食事であるはずなのだが、そんな料理でもマルグリットがうれしそうに食べるものだから、食事中の空気は非常に和やかなものであった。
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