第6話 食料調達
キャリバーン号が下方に展開した半球型のシールド。
展開した状態で移動すれば、シールドの内側にいる魚は脱出できず、展開された領域内がそのまま巨大な生簀になる。
その状態で、キャリバーン号は北西に向かって進路を取った。
「……やってること、漁船じゃね」
「言わないでくれたまえ。戦艦として造ったのにやってることが漁船だなんて、開発者として悲しくなる」
「フフフ。それで、今はどこに向かってるんですか?」
「現在地から一番近い港町だ。そこである程度の物資を集められる。そのための魚だ」
惑星サバイブにおいて都市の名前というのは特に意識されない為、その場所がどういう場所か、ということを基準に呼称する。
これからキャリバーン号が向かうのは、地図上では『香辛料の港』と呼ばれる港町である。
地理的にスパイスの原料となる植物が育ちやすい土地であったことから、香辛料を多く生産している街の港、程度の意味でそう呼ばれている。
他の地名も同様の命名法則である。
よって、メインスクリーンに表示された惑星の地図に表示される都市の名前のうちいくつかは同じ名前が付けられている。
「サバイブには国家は存在しないのですか?」
地図を眺めていたマルグリットがそんなことを言う。
実際、表示される地図には国境を表す線が一切なく、あるのは大陸や島などの輪郭を表す線のみ。
「国家みたいな枠組みをつくれるほど余裕がないんだよ」
と、マコが答えるとマルグリットはよくわかっていないのか首を傾げた。
「いいかい、姫様。国家というのは、言ってみれば理念が一致している者同士の集まりだ。理念が異なるからこそ、国家同士は衝突することがあるし、最悪戦争なんてことにもなる。ラウンドのように惑星全土をたった1つの国家が支配し、それを国王が全ての最終決定権を握っている国なんてごく僅か。いや、ほぼ存在しない」
「けど、サバイブはそんなことを言ってる場合じゃあなかった。ウロコトンビもそうだが、ああいう巨大生物が跋扈する惑星だ。人類同士でいがみ合えば、そのまま全滅する。余計な思考を持ち込めば、自然に食い殺される。そういう環境だったんだ」
と、アッシュは語る。
星の海を渡るほどの科学技術は自分たちの生活圏を守るために。
小惑星すら砕く数多の武装は、脅威を退けるために。
年齢・性別・人種など気にしている余裕はなく、惑星サバイブにたどり着いた全人類が一丸となり星を開拓し、かつかつての過ちを繰り返さないように細心の注意を払って今のサバイブという人類の生存圏が存在している。
「ま、ウチの爺さんの受け売りだけどな」
「おや、アッシュ。君はもしかして……」
「この
「必要な情報以外は目にしない事にしているし、見たとしてもちゃんと覚えてなかったりするんでね」
はっはっは、とシルルは笑い飛ばした。
まあ他人の出身地というのは興味のない人間からすれば本当にどうでもいいことであるが。
「アッシュ、港を確認したよ。そろそろ速度を落とすほうがいいかな?」
「ああ。あと、あまり港には近づくなよ。近づきすぎてシールドで何か壊したら洒落にならねえ」
「わかってるって。それよりアッシュは港に連絡して」
「っと。そうだ。通信開いてくれ」
◆
港と一定の距離を保った場所で待機するキャリバーン号にシルルとマルグリットを置いて、アッシュとマコは通信で呼んだ迎えと共に港へと渡る。
何せ、キャリバーン号には大した物資が存在しない。
港から離れた場所で停泊させたはいいが、そこから港へと渡るための手段も当然存在しなかったわけだ。
とはいえ、本来宇宙戦用の戦艦なのだから水上を移動するボートなど必要ないといえば必要ないが。
今回食料関係の補充にサバイブを訪れたのは、それがクルーたちにとって最優先で必要だったからと、ラウンドから最も近く、最も安全な惑星であるから。
今後必要になる物資としては医薬品も当然ながら、メンテナンス用の資材に各種弾薬類と多種多様。
「今回の取引で集められるものはできるだけ集めておきたいな」
「だね。っと、町長。お久しぶりです」
「おお、マコちゃん。久しぶりだね。いつ来たんだい」
顎髭を生やした老人が2人を出迎える。
この『香辛料の港』の町長であるこの男は、マコの全身を嘗め回すよに見つめていると、町長夫人がその脳天に物干し竿を勢いよく振り下ろした。もちろんクリーンヒット。
言語にすらならず文字にも起こせないような短い断末魔をあげ、町長は気絶してしまった。
「悪いね、いつも。このエロジジイは自分の歳も考えず若い子にすぐ手を出そうとするんだから。ほら、さっさと起きる!」
そう言うなり気絶した自分の夫である町長の股間を蹴り上げた。
「おひょぉうぉおぉぃい!?」
痛みによって覚醒する、というのがある。そのパターンにおいて、これは男性にとっては最悪の覚醒だろう。
自分が蹴られたわけでもないが、アッシュはその苦痛が理解できるだけに股間を押さえて顔を青くした。
「す、すまないねえ。つい。そ、それで……何用かな」
顔が青いまま、内股になり股間を押さえてプルプル震える町長を、自業自得とはいえ少々同情しながら、取引を持ち掛ける。
「食料だ。4人分のを3週間分」
「対価は?」
町長が求める対価とは、金銭のことではない。
惑星サバイブにおいて
開拓当時、巨大生物の脅威にさらされ、その環境を生き抜く過程で貨幣の価値が損失したのを機に、以後ずっとこの惑星では物々交換で取引が行われている。
今回もそれに則り、アッシュもそれを了承して取引を行おうとしている。
「あの艦の下方には半球型のシールドを展開してある。そこにいる魚全部と交換だ」
「……まあ、漁獲量次第じゃな」
すっと町長が手をあげるなり、漁師たちが野太い叫びをあげて一斉に海へ向かって走り出し、各々の船に乗ってキャリバーン号へと向かっていく。
「あ、やべ。マコ、通信機くれ!」
「はい」
「シルル! 近づく船は攻撃するなよ!」
マコから通信機を受け取るなりブリッジにいるシルルに向かって叫ぶ。
『え、あ? そうだね。レーダーに接近してくるのをシステムが敵認定しようとしてるね。止めておくよ』
「あっぶねー……もうちょっとで魚の餌が量産されるところだった」
「待てアッシュ。今なんて?」
町長が不穏な言葉を聞いてアッシュに問い質すも、それをなんのことやら、と誤魔化す。
まあ、大分無理があるが。
「で、だ。アッシュ。親父さんの稼業のほうはどうなっている。何やら派手にやらかしたようじゃが?」
「絶賛状況進行中だよ。今あの艦に件の姫さんと誘拐幇助犯がいる」
「ならあってみたいのぅ」
顔を赤らめながら顎髭をなで、何やらよろしくない妄想をしている町長。
さっき物干し竿で殴られ、股間を蹴り上げられたにも関わらず懲りない老人である。
「ま、ここは安全だけど万が一ってこともあるんでね、あの2人は今回留守番だ」
「そうか。残念じゃ」
「アタシ、王族相手にセクハラしようとするこの爺さんの勇気だけは称えたいよ」
「んで、取引についてじゃが。食料といってもその内訳はなんじゃ?」
「絶対に欲しいもの、か。やっぱ野菜と果物だな。あとは調味料になるもの。カレー粉があると最高だ。小麦と米もできればほしい」
「ふむ。肉や卵は?」
「あればいいが、そちらより野菜と果物優先だ。満足度はともかく、動物性タンパク質はここに来るまでに獲った魚介類でしばらくは賄え……ん?」
マコがアッシュの肩に手を置き、何かを目で訴えてきている。
――酒がほしい。
そう言っている。
背中にオーラを背負ってまで、訴えてきている。
「あー、あと酒も追加。こっちは少なくていい」
「あい解った。用意するからしばらく待て」
とりあえずはこれで当面の食糧問題は解決した。
次の問題は――医薬品だ。
「なあ爺さん。医薬品も欲しいんだが――」
「薬? 薬かあ。悪いがこの惑星では長旅に適したもんなんざないぞ」
「だよなあ」
大規模な工場などを作ることが難しい環境――具体的には、施設を作ったところでそれを巨大生物から防衛するための設備が必要なため通常以上に資源を要し、防衛設備も含めれば工期が長くなる為、その間に巨大生物の襲撃を受けてご破算になる可能性が高い環境で、薬品工場を作ることはかなり難しい。
勿論、惑星全土を探せば大型工場がないわけではない。だがそれはごく一部の地域だけであり、多くの地域では薬草の類を調合した薬を使用している。
漢方のようなものならともかく、塗り薬やただの飲み薬などは傷みやすく日持ちしない。
こればっかりは仕方のないことである。
「悪い、無理言った」
「構わんよ。お前の親父さんにはいろいろと助けられたしの。それで、いつ出る?」
「食料の積み込みが終わり次第。次の目的地は――どこにするかは全員で相談して決めるさ」
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