第7話 出立
食料の補給を終えたキャリバーン号のブリッジに集まった4人は、今後の行先についての候補をあげる。
幸い、惑星サバイブで襲撃される可能性は限りなくゼロに近い。
考える時間は十分にある。
「食料は3週間分はある。ワープドライブを使って最大3週間の移動が可能ということだが、余裕をもって2週間以内に移動できる惑星にしておきたい」
「アタシもそれに賛成。サバイブみたくスペースポートがない惑星もあるだろうし」
「この惑星にはもう用はないのかい?」
そのシルルの問に、アッシュは少し考えてから答える。
「実は、手に入ったのは食料だけだ」
「ほう……なるほど」
「え、何がなるほどなんです?」
「姫様、当面の我々は逃亡生活です。その過程で長期間補給物資もない状態でキャリバーン号という密閉空間で生活する必要があるでしょう?」
「はい」
「なので、その環境で起きたら恐ろしい事は何かを考えてみましょう」
「えっと――あ、暴動とか?」
「……姫さん、人数考えようよ」
たった4人で暴動も何もない。
シルルは、そうじゃないだろう、と苦笑い。アッシュやマコは予想だにしていない回答にどういう表情をしていいかわからなくなって、とりあえず笑ってみることにした。
「まず生死に直結するのは食糧と水の不足。今回解決したのはコレ。密閉空間で真に恐ろしいのは感染症さ」
「あっ……」
「気付いたね。キャリバーン号には物資らしい物資は一切持ち込んでいない。せいぜい我々の私物が少々といったところだ。当然、薬なんてものもない。そんな状況で誰かが感染力の高い病気になったらどうなる? 最悪全滅さ」
「つまり薬が欲しい、ってことですか? だったら『香辛料の港』でも手に入ったんじゃ……」
「あ、それは無理。あそこで手に入る薬は日持ちしないヤツばかりだから。日持ちを考えるなら漢方系とかだけど……アタシあれ嫌い」
確かな効果はあるかもしれないが、良薬口に苦しとはよくいったもので漢方薬を嫌う人間は多い。
マコもそのひとりであり、アッシュも同様の理由で却下している。
「この
「あ、待ってアッシュ。最短距離で行くつもり?」
「迂回路もあるが……そっちはそっちで問題だろう」
「何か問題があるんですか?」
アッシュとマコの2人だけで話が進むのをマルグリットが止める。
そりゃあ、自分たちだけで話を進められては説明不足もいいところだ。
ここには事情を知らない人間が2人もいるのだから。
「悪い。ルートについての問題点を話すのを忘れてたな。ここから最短距離――つまり一直線にいくとか山脈にぶち当たる。で、この山脈の最も高い場所は8000メートル以上。当然高度を取る必要性があるのだけど――」
「もしかしてウロコトンビの生息域に引っかかる?」
「その通りだ姫さん。で次に迂回路。こっちもこっちで問題がある。サメカラスの群生地とソラワニの回遊ルートに入る」
「サメカラス? ソラワニ?」
『データベース検索。該当あり。メインスクリーンに表示します』
キャリバーン号のメインシステムが該当生物の情報をデータベースから検索。それをメインスクリーンに表示する。
サメカラスは体長平均6メートル程度、平均翼開長12メートル。肉食性の飛翔生物であり、一般的なカラスを巨大化させたような姿をしているが――頭部がまるで鏃のようで、それでいてびっしりと歯が生えている。
もうひとつの生物、ソラワニ。こちらは体長の最大記録が120メートルとされ、まんま巨大なワニであるが、その四肢が翼のように変形しているのが特徴だ。
「サメカラスは縄張り意識が強く、その領域に入ったものを攻撃する習性がある。突っ込んでこられたら宇宙船の装甲だって簡単に貫いてくる」
「とんでもない生物だね、それ」
「ソラワニに関してはまあ、刺激しなければ問題ないが何せこいつは目の前にあるものをなんでも食うという習性を持ってるからうっかり前を通った日には大顎で真っ二つってワケ」
ようするに現在提示されている3つのルートはどれも安全が保障されていないということである
「い、いやでもそれ以外のルートはいくらでもあるのではないですか?」
「今度は空賊の縄張りにひっかかる」
「空賊とかいるのかい、この
「どの惑星にもならず者はいるもんさ。まあ流石にこのキャリバーンなら問題はないんだろうが――鬱陶しいだろう」
そこらのならず者に負けるような装備はしていないが、それでも向かってこられると面倒なのには違いない。
それに万が一というものが起きないとも限らない。そういう面倒ごとを回避する為に、より安全なルートというのが、危険生物の生息域や回遊ルートを通るという選択である。
「ま、ここまでの話はあくまでもこの惑星で薬を手に入れるなら、って話だ。いっそのこと他の惑星に向かうというのもありだ。その場合は――」
『2週間以内に到達可能な惑星をリストアップします』
余裕をもって2週間。その範囲で移動可能な惑星をメインシステムが次々とメインスクリーンに表示していく。
「これらの惑星なんだが――あ、ラウンドは除外しとけ」
『了解しました』
リストから候補が1つ消える。
当然だ。ラウンドから逃げてきたのに、ラウンドに戻るバカはいない。
スペースポート周辺は安全かもしれないが、それ以外の場所に出ようものなら即座に蜂の巣だろう。
「あ、ここはどう? 惑星ウィンダム」
「ウィンダムか。確かにあそこなら……それに、医者も確保したい」
「医者、ですか?」
「システムを信用しない訳じゃないが、専門知識のある人間がクルーに1人はいたほうがいい」
「まあ、それは一理あるね。システムに頼り切るのはよくない。ウイルスやハッキングなんかで駄目にされる可能性もあるわけだし」
医者。それは重要な問題である。
キャリバーン号と出会うまでは普通に街に出向いて薬を買ったり治療を受けたりはできていたが、今は違う。
こんな目立つ艦と共に行動しているのだから、当然その動向を見張られている。
おまけに累計でとんでもない金額の賞金がかけられているのだから、キャリバーン号から降りて活動するにも警戒しなければならない。
なら、医者を抱えておく必要がある。そうでなければ、医療知識のない人間だけではかならずいつか問題が出る。
「……で、結局どうするんだい?」
「俺を除いて多数決だ。まずはこの惑星で薬品を手に入れてから次の目的地を決めるという選択。この場合、賞金稼ぎの襲撃を受けることはまずない。ま、こっちはこっちでその後ルートを選ぶ必要があるが、比較的安全であるという点以外のメリットがない。で、もうひとつの選択肢が惑星ウィンダムへ行って医療品を確保する事。こっちは確実に品質が高くて長期保存のできる医薬品が手に入る。が、賞金稼ぎに狙われる可能性が高い。しかし医薬品の質は良いし、医者を引き入れることができる可能性もある」
この惑星で医薬品を入手するのはローリスクローリターン。
一方惑星ウィンダムへ向かい調達しようとするのはハイリスクハイリターン。
基本的にはリスクというのは避けるべきなのであるが、それに見合うだけのリターンがあるのならば、それも選択に入ってくる。
アッシュ以外の3人はしばらく考えたのち、最初にシルルが答えを出した。
「私はウィンダムを推すね。今後の事を考えれば多少のリスクを負っても行動すべきだ」
「わたくしはこの惑星で一度入手したほうがいいかと。質のいい薬や医者ならその後でも探せますし」
シルルに続き、マルグリットも答えを出す。
今のところ1対1。マコの回答によって行き先が決まる。
「で、マコ。お前はどうなんだ」
「ウィンダムだね。あそこなら大気圏外から襲撃される可能性は低いし」
「……ウィンダム特有の気象現象だね。確かに並みの艦なら墜落必至だろうし」
「シルル、ウィンダムという惑星はそんなに激しい気象なのですか?」
「ええ、まあ。あ、でも姫様。実際に体験していただくのが一番かと」
シルルがいろいろ含んだ笑みを浮かべる。
よくわからない、とマルグリットは首をかしげる。
アッシュとマコは惑星ウィンダムという惑星がどのようなものかを知っているが、あえて口を出さないでいる。
シルル同様、マルグリットには実際に体験してもらうべきだと考えているのだ。
「よし、決まりだな。発進準備に入る。ワープドライブは宇宙に出てから起動だ」
「了解。シルル、姫さん。席について」
キャリバーン号が海からゆっくりと上がっていく。
出立の時。ある程度の高度まであがると、そのままエンジン出力をあげて一気に加速し、あっという間に第一宇宙速度を越えていく。
次なる彼等の目的地は惑星ウィンダム。
医療の惑星とも呼ばれるほど、医療技術や製薬技術の発展した惑星である。
が、もうひとつの呼称のほうが一般的だ。
――風吹き荒れる惑星、と。
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