惑星ウィンダム

第8話 シスター・ヘル

 惑星ウィンダム。一定の高度以上の場所では常に暴風が吹き荒れ、その影響もあり高層建築物が存在しない。

 それどころか常に目まぐるしく変化する天候は常に多様な天災をもたらし、人類の拠点は皆シェルターに覆われた都市国家を建造。その中で多くの人々が生活している。

 シェルター建造以前は災害による死傷者が続出する危険な惑星で、それ故に医療技術が発達。宇宙広しといえこの惑星の医療技術に勝るものは数えるほどもいるかどうか、というほどに優れた医療技術と製薬技術を持つ惑星。

 それがウィンダムという風吹き荒れる惑星ほしである。


 しかし、いくら技術が進歩しようと、致命的な怪我は治せないし、死を克服することは生物である限り不可能だ。

 都市国家同士の交易の際にはどうしても安全なシェルターの外に出る必要があり、その際に災害に巻き込まれて命を落とす者はどうしても出るし、原生生物による攻撃で死傷者が出る事も少なくはない。


 だからどの町にも、孤児院というものは存在している。

 比較的大きな都市国家であるセントール・シェルターにも孤児院は当然存在する。


「ベルお姉ちゃん!」

「はい。どうしました?」


 かつては教会として使われていた場所が、セントール・シェルターの孤児院である。

 そこを取り仕切るのはひとりの女性。常に修道服を着ている為、周辺住民からはシスター・ベルと親しみを込めて呼ばれている。

 尤も、彼女は恰好こそ修道女のそれであるが、別に彼女自身は聖職者でもなんでもない。

 身も蓋もない言い方だと、コスプレだ。


「みんなでお菓子つくったの! 食べて!」

「あら。おいしそうなクッキーですね。いただきます」


 5,6歳くらいの少女がトレイで持ってきたクッキーをひとつつまんで頬張る。

 シスターは柔らかな笑みを浮かべ、少女の頭をなでる。


「おいしい? ねえ、おいしい?」

「ええ。とても。ですがひとつだけ。オーブンを使う前に、わたしへ一言かけてください。万が一火傷でもしたら大変ですから」

「はーい」


 少女は反省したのかしてないのかよくわからないが、ただただ明るい返事をして走り去っていく。

 それと入れ替わりに、同じように修道服を着た少女がベルの元へと歩いてくる。

 こちらは同じ少女というくくりではあるが先ほどの少女とは違い15、6歳くらいである。


「シスター・ベル、これを」

「これは……」


 すっと差し出された紙切れを受け取ったベルは、一瞬で表情を変える。

 先ほどまでの柔らかな表情はどこへやら、まるでよく研がれた短剣のような鋭さと氷のような冷たさを持った顔へと変わる。


「どうします?」

「……引き受けた、と伝えてください。それと、あの子たちにしばらく留守にすると」

「わかりました」


 ベルは息を大きく吸い込み、自分を落ち着かせる。

 今の顔を、孤児院の子供たちに見せてはいけない。

 あくまでも彼等彼女等にとって、自分は優しいお姉ちゃんでなくてはならないから。

 何度か肺の中の空気を入れ替え、柔らかな笑みを浮かべる。だがそれは先ほどまで自然にできていたそれではなく、内側から湧き上がる激情を隠すための仮面であった。



 セントール・シェルターから離れ、最寄りのシェルターであるアレイオン・シェルターに近い場所には、放棄された施設がある。

 かつてそこを起点に開発が行われていたがシェルターが完成した以後はそこを使う理由がなくなり、当時の設備のまま放棄されている、という施設である。

 使う者がいなくなり、設備もそのまま放置されたものだから、今ではそういった場所をよろしくない連中が根城にしてしまっている。

 こういった拠点になりうる施設は惑星中に点在しており、目下ウィンダムの治安に直接影響を与える問題にもなっているのだが――それは今回の話の本題ではない。


「首尾の方は?」

「女が3、男が2。女の方は10、13、15。男のほうは8と9です」

「女の方はともかく、男のほうはちと若すぎる気がするがぁ、まあいい」


 男たちはテーブルに酒と肉を並べているが、その足元には手足を縛られた少年少女がいる。

 完全に動きを封じるように、手首と足首を同時に括り付けられ、言葉を発せられないように縄を噛まされている。


「まあいい。だろうさ」

「女の方はどうします?」

「手を付けていないほうがいい値がつくんだろうが……多少遊んだってそこまで価値はさがらんだろう」


 人身売買。それがこの男たちの生業である。

 ウィンダムの天候が荒れやすく、それに伴う災害も多いことを利用し、シェルターの外に出た人間を襲撃。孤児となった少年少女を誘拐――時には夫を亡くしたばかりの未亡人すら力づくで攫い、労働力として売り渡す。

 無論、その労働には性的な意味合いを含むものも含まれる。

 リスクは高いが、その分吹っ掛けられることもあり、稼ぎとしては上々。それ故に、慎重に動き回る必要があったのだが――彼等にはそこまでの頭はない。

 金に目がくらみ仕事を増やした結果、男たちは手がかりを


「ボス!」

「なんだ、えらく慌てて」

「襲撃です! ここがバレました!」

「なんだと!? 敵の数は!」

「黒いソリッドトルーパーが1機だけです!」


 これは、この廃施設を根城にしたとある人身売買組織に起きた自業自得の惨劇である。


「黒いソリッドトルーパー……まさかッ!」

「全機応戦にでてますが、相手が強すぎてどうにも」

「拙い、ヤツが現れた! 商品連れて裏口から逃げるぞ!」


 身動きの取れない少年少女を無理やり抱え、男たちは地下の隠し通路へ急ぐ。

 その通路はかつては物資搬入路として使われていたのか、レールが敷かれているがところどころ崩壊していて本来の用途を果たすことはできない。

 だが人間程度ならば十分通れるほどの隙間はあり、それは彼等が商品を抱えた状態であってももちろん可能であった。

 その逃避行の最中。地上で行われている戦闘の衝撃が地下全体を揺らし、生き埋めになるのではないかという疑念が男たちの恐怖を煽る。


「もうすぐ出口のはずです」

「ここを抜けりゃあ流石に……」


 地上へのハッチを開く。周囲を見渡し、安全を確認して先に商品となる少年少女たちを放り投げ、その後から男たちが這い出てくる。


「よし、誰もいねえな……」

「このままずらかるぞ!」

「残りの奴等との連絡は?」

「今取ります」


 通信機を手に、散り散りになって逃げているであろう仲間と連絡を取ろうとする。

 だがなかなか繋がらない。それに苛立ちを感じるとともに、まさか、という恐怖心が沸き上がってくる。


『――――』

「ボス、繋がりました!」

「やっとか。そっちの状況はどうだ?」

『みつけた』


 その声を聴いた瞬間、組織の首領は通信機を放り投げた。

 聞き覚えのない声。女の声。

 ひどく冷たく、通信機越しでもわかる明確な殺意。

 背筋が凍り、膝が震える。同時に、男の股間がじんわりと熱を帯びてくる。


「ぼ、ボス?」

「は? え、あ……?」


 男は自分が失禁したのだと、初めて気づいた。

 これが普段ならば恥ずかしさがこみ上げるが、それを恐怖が上回ってしまう。


「他の奴等は、どうなりました……?」

「やられた、ヤツだ。地獄の使者だ、シスター・ヘルが来やがった……」

「地獄の使者って、まさか……!」


 彼等も裏社会に生きる無法者。そんな彼等の中で語られるひとつの都市伝説。

 暗殺、人身売買、非合法薬物の取引。それらを生業にする組織が、ある日突然消滅することがある。

 その時に現れるのが黒いソリッドトルーパーであり、地獄の使者である。


「使者、ですか。それは違いますね」


 声の主は、男たちの背後から現れた。

 両手に銃を持ちバイザーで目元を隠した銀髪の修道女がそこにいた。

 ボディラインが比較的でやすい服装を着こなし、煽情的ともいえる姿の女が目の前にいるのに、男たちの中に劣情などこれっぽっちも存在しない。

 あるのはただ、恐怖。


「ああ、そこのあなた達。今から私は良くないことをします。耳は――無理そうですね。ならせめて目を閉じてください。そしてわたしが良いと言うまで、目を開けないでください」

「な、なあアンタ! こいつらは手放す。だから、さ。俺たちをみのがし――」


 全て言い終わる前に、銃声が2発。男の額と心臓が同時に撃ち抜かれた。


「ひ、ひぃ!」


 首領が殺された。それに慄いた男たちが逃げる。が、銃声が何度も鳴り響く。

 次々と生み出される死体。

 その中で唯一立っているのは、修道服の女だけ。


「地獄のし、しゃ……」

「いいえ。違います。私が――地獄です」


 かろうじて息のあった男に、今度こそ外さないようにこめかみに銃口を押し付けて引き金を引いた。

 すべてが終わりバイザーを外す。

 生死を問わない賞金首だけを狩る賞金稼ぎシスター・ヘルとしての、自分から、孤児院を営むシスター・ベルへと戻る。


「さて、あとはこのコたちをシェルターに連れて帰るだ――」


 仕事を終え、攫われた少年少女の保護を使用としたとき、いつもと上空の風の流れが違う事に気付く。

 いつものような暴風。だがその中を何かが突っ切ってくるような、違和感。

 その正体は、すぐに姿を現した。


「あれは!」


 それは、つい2週間ほど前に惑星ラウンドの衛星工廠から奪われたという新造戦艦、キャリバーン号であった。


「これは、好機かもしれませんね……っと、それはそうと」


 本来の目的を思い出し、彼女は目を閉じたままの少年少女たちの拘束を解きはじめた。

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