第9話 暴風

 ――時間は少し遡る。


 惑星サバイブの大気圏を突破し、すぐにワープドライブを使用して約2週間。

 キャリバーン号は惑星ウィンダムの衛星軌道上にワープアウト。

 その後、大気圏突入を試みることになる、のだが――その前にちょっとしたミーティングが行われた。


「さて。今回の大気圏突入は非常に危険が伴う」


 そう切り出したのはアッシュ――ではなくシルルである。


「はい、質問です」

「何かな、姫様」

「何が危険なのかわかりません」

「それを今から説明します。キャリバーン号の大気圏突入はシールドを使って断熱圧縮の熱を回避。惑星大気圏内に突入後減速して通常航行に――というシーケンスで行われるというのは前回で理解してもらえたと思いますが、惑星ウィンダムではそれができません」

「……惑星高高度に発生する乱気流のせいだな。大気圏ギリギリまで吹き荒れていて、通常の方法での惑星の出入りは困難を極める」

「え、でもそれっておかしくないですか? 高度が高くなればなるほど空気の薄くなって風なんて起きるはずが……」


 風というのは、気圧の差によって発生する大気の流動現象である。

 つまり、高高度になればなるほど大気が薄くなる為、通常大気圏を突破した直後に乱気流に飲まれるなんてことはありえない。


「この惑星の霊素エーテルがそうさせるのさ。アレに関しては未だよくわかっていないことが多くてね。とりあえずそういうことだと思ってくれたまえ。で、この乱気流というのが非常に厄介でねえ」


 コンソールを操作し、メインスクリーンに図を表示する。

 シールドを展開した状態のキャリバーン号が大気圏に突入した時のシミュレーションが表示される。


「大気圏突入時のおおまかな流れは変わらない。けど、即座に乱気流につかまる。これが大問題でね。ほら、これがシミュレーション」


 シミュレーションではシールドを展開したままウィンダムの大気圏に突入した場合、即座に乱気流にぶつかり艦が滅茶苦茶な動きをする様が映し出された。


「えっと、これ、は?」


 シミュレーションを見てもよく解っていないマルグリットであるが、他の2人はそれで理解できたようだ。


「シールドは完全体を包み込むように球体で展開されるだろ。キャリバーンくらいの図体を包み込もうとすると、当然かなりの大きさになる。と、なると当然風を受ける面積が増える」

「シールドはアタシたちの眼からは半透明に見えるけど、物理的鑑賞力を持った壁だから、この規模の大きさの壁だとモロに食らうから、こうなる」

「つまり、高熱を避けるためのシールドは大気圏に入った直後に解除しないと乱気流に流されて艦はコントロールを失う、というわけさ」

「な、なるほど」

「しかしこのタイミングは難しいし、正直面倒だ。加えて艦のシステムにも想定されていない事態だから解除タイミングのサポートは受けられない。だから、旧世代通りの大気圏突入を行い、乱気流の影響を最小限に抑えるというのが、この場合はベストであると思う。問題は、乱気流の中の操作はマニュアルでしかほぼ不可能ということだが、まあマコの腕なら最悪の事態だけは回避できると考えている」

「全面的に信用してもらえないのは心外、といいたいけど今回は仕方ないか」


 今度はシールドを展開しない状態での大気圏突入シミュレーションが表示されるが、乱気流がどれほどのものかのデータがないため結果がわからないと出た。


「まあ、大気が存在しない場所まで乱気流が吹き荒れている惑星なんて普通は存在しないからな。シミュレーションではどうにもならない。というわけで、マコ。頼むぞ」

「了解。さて、全員シートに座って身体を固定。どんな事になるかわからないんだから」


 各々が定位置につき、ベルトで身体を固定する。

 それを確認し、マコは操縦桿を握りしめる。が、若干の緊張も見える。

 当然だ。大気圏突入だけでも神経を使う作業だというのに、加えて乱気流の中で艦を安定させ、そこを抜けなくてはならない。

 緊張しないというのが無理な話だ。


「……行くよ」

「ま、気楽にいこうぜー。最悪イナーシャルキャンセラーで墜落の勢いを消せばいいし、姿勢制御だけできていればさ」

「それが難しいの!!」


 すぐに大気圏への突入が始まる。

 今度はシールドがないため、モロに断熱圧縮による熱の影響を受ける。

 尤もそれは現代の宇宙船においては大した問題ではない。

 問題は、大気圏に到達した直後である。


『惑星大気圏突入。警告、異状な気流を感知』

「きゃっ!」


 艦全体が激しく揺れる。

 明らかに艦が傾いているのがわかるくらいに大きく左右に傾いては、次の瞬間には艦首が上に上がったり下がったり。

 気流の影響を巨体がモロに受けている、というより空力特性も考慮された設計をしているキャリバーン号の大質量に影響を与えるほどの気流が異常なのだが。


「みんな、口閉じてて! 舌噛むよ」


 マコが叫びながら、操縦桿を握る手に力を入れる。が、思うように操舵ができない。

 どれだけ力を入れても一瞬事に気流が変化するため、次の瞬間には違う方向へ舵を切る必要があり、しかも予測不可能となれば一回転したり垂直落下しないほうがまだましだろう。


「……あ、頭から垂直落下すればいいのか」


 ――今、なんつった?


 マコが何かを思いついたように呟き、それに他3人が反応し、一斉に操舵席のマコのほうを向く。


「ま、待てマコ! 垂直落下とか聞こえたんだが!? しかも頭から!?」

「そうですよ! 流石にそれは危ないなんてものじゃ……」

「確かに下手に水平を保とうとするより艦首から垂直に落ちたほうが短時間で気流を抜けれるが、やめたまえ! いろいろと滅茶苦茶な事になる!!」

「下へまいりまーす」

「「やめろおおおおおおお!!」」


 アッシュとシルルの絶叫をよそに、艦首が惑星の大地を向く。

 その直後、エンジンの出力が増して一気に加速する。


「きゃああああああああああ!!」


 当然マルグリットも叫ぶ。が、どこかこう他の2人と違う。

 言うならば、絶叫マシンを楽しんでいるかのような悲鳴だ。

 一方でアッシュとシルルは顔を青くして歯を食いしばっている。


『警告。墜落の危険アリ。ただちに正常姿勢への回復を推奨』

「気流は?」

『感知せず』

「なら、イナーシャルキャンセラー作動。姿勢回復開始」

『了解』


 ブリッジで口を開いているのはマコだけであり、その会話の相手は艦のメインシステムである。

 他の3人は皆喋れる状況ではない。

 放心が1人マルグリット酔い止めを探すのが1人アッシュすでに吐いたのが1人シルル

 三者三様であるが、一番悲惨なことになっているシルルも一応はある程度耐えられたのか、ダストシュートに向かって吐くだけの余裕はあったが、それでもしばらく立てそうにない。


 ゆっくりと地面に対して水平になって降下していくキャリバーン号。

 すでに乱気流帯は抜けており、数多ある人類居住可能惑星と同様に操舵しやすい空が広がっている。

 高度を下げながら着陸できそうな広い場所を探し、それらしい場所へと向かいその上空で静止。そのままの姿勢で垂直降下していく。


『接地脚展開。着陸します』

「あとはシーケンスで大丈夫、っと。3人とも無事?」

「……これが無事に見えるか? 見えるなら眼科に連行するぞ」

「だよねーははは……」


 着陸の衝撃が伝わり、マルグリットとシルルの身体が跳ねた。


「うぇっ……」


 その衝撃で、シルルがまた吐いた。

 今度は、残念ながら間に合わなかった。


 とにかく、とんでもない惑星突入になったものの、無事惑星ウィンダムに到着できた。

 まあ、ブリッジの惨状を見て無事であるといえるのかどうかは個人の判断によるが。

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