第10話 襲撃者

 吐瀉物で汚れたブリッジの掃除を終えてから、一同は食堂へ向かった。

 とりあえずは艦の周囲にシールドを展開している為、よほどのことがない限り侵入してくる者はいないだろうし、並大抵の攻撃では突破することは不可能である。

 安全なうちに話せることは話しておこう、というよりは何となくにおいが残っている気がして、あそこで話し合いなんてしたくなかった、というのが本音である。特に当事者シルル


「とりあえず直近問題と、ここに来た目的の確認だ」

「惑星ウィンダムには医薬品の調達に来た。ついでに医者も見付ければ万々歳、ってところだったね」

「…………ソウダネー」

「えっと。それで直近の問題ってなんですか?」

「食料問題だ。残り1週間分。次の惑星に移動するにしたって大いにこしたことはないから、やはり調達したい」

「……ソウシタホウガイイヨー」


 完全に1人シルルだけテンションがマイナスに振り切っている。

 そりゃあまあ、盛大にやらかした後だから仕方ないが。


「まあその2つはどこかの町――いや、ウィンダムの場合都市国家シェルターか。そこに行けばどうにかなる。食料も薬もな。だが問題はそこじゃあなくて、その都市国家に行くまでの道中が問題だ」

「どういうことですか?」

「ウィダムの気象だ。目まぐるしく変わる天候は、あらゆる自然災害を誘発する。天候を読む能力のあるウィンダム人ですらそれに巻き込まれて命を落とすことだってある。そんな環境なのに、俺たちが出歩けると思うか?」

「…………無理ですね」


 いつどこで災害に巻き込まれるかわからないと言われて、出歩けるわけがない。

 落雷が直撃――はまあ、可能性としてはかなり低いが落雷によって倒れた木に押しつぶされる、というのはあり得るだろう。

 大雨による土砂崩れや河川の氾濫なんて可能性もある。

 それがいつ起きてもおかしくないからこそ、ウィンダムの住人はシェルターを居住区としているのだ。


「それに、何か乗り物でもないとシェルターにたどり着くのは現実的じゃあない」

「ああ、乗り物ね。それはサバイブである程度資材を貰っておいたから、簡単なのなら造れるよ」


 復活したシルルが何かとんでもないことを言っている。


「資材なんていつ手に入れたんだよ」

「私の技術提供と交換だ。小型のバギーくらいなら造れるくらいの資材はあるよ」

「どれくらいで造れる?」

「艦の設備も使うなら数時間以内――3時間くらいで出来るかもしれない」

「じゃあ頼む。買い出しのメンバーだが、俺とマコ……以外は無理だよなあ」


 一国の王女であるマルグリットと、一行で唯一はっきりと顔が割れているお尋ね者であるシルルは外を出歩くことができない。

 完全戦闘禁止地点であるスペースポート内ならともかく、惑星内ではどうしてもそういう人間は目立つし、懸賞金目当ての連中に狙われるリスクが高い。

 一方でアッシュとマコは、表ではただの便利屋。裏の顔である『燃える灰』としての顔は表になっていない為、手配こそされているが顔が割れているわけではない。

 キャリバーン号を出入りする際に注意していればなんとかなる。

 まあ、それでも目立つのだからリスクが全くないわけではないのだが。


「あの、アッシュさんかマコさんだけで行動してもいいんじゃないですか?」

「……姫さん。なんで俺たちがキャリバーン号こいつの強奪を受ける事を決めたか言ってなかったな。それはな、こいつがギャンブルで前金全部使い切って返金してキャンセルって選択肢が消えたからだ」

「ひゅーひゅー」


 口笛を吹いて誤魔化そうとしているが、上手くできずにマコの口からは空気が漏れる音だけが聞こえてくる。


「こいつは見張ってないと賭博に走るんだよ」

「だったらわたくしたちが監視していれば?」

「……今度は酒かっくらって暴れる。そうなったら姫さんとシルルには多分止められない」

「それどうしようもない人間のクズでは?」

「かはっ!?」


 シルルの一言がマコを突き刺す。かろうじて致命傷だ。

 膝を震わせて崩れそうになっているが、テーブルにもたれかかることでなんとか膝を地面につけずに済んでいる。


「これでナイトクラブで男囲ったりしてたら――」

「やめさせたよ。酔って暴れたら店の迷惑にもなるし」

「うわぁ……」

「もうやめて! アタシのライフポイントはゼロよ!!」


 ついに膝をついて――どころか蹲ってしまった。

 アッシュやシルルの言葉攻めはともかく。マルグリットの冷たい視線に耐え切れなくなっていた。


「いいじゃないの! 賭け事と酒におぼれて、男にちやほやされる事の何が駄目なの!?」

「それが駄目なんじゃなくて、使いすぎる上に暴れるから駄目なんだよ」


 賭博も酒も、節度をもって楽しむ分には誰も文句を言ったりしない。

 ただ、やりすぎるから止められるだけである。加えて自分以外の金を突っ込む可能性があるというなら、監視もされる。


「と、言うわけで。こいつをほっとくと何するかわからないから単独行動させられない。で、俺が動くとこいつを力尽くで止められる人間がいなくなる」

「なるほど。それならば仕方ない」

「うっ、うう……みんながいじめるぅ」


 流石に可愛そうになってきたのか、マルグリットがマコをなだめ始める。

 それを見下ろすアッシュとシルルは若干引いている。


「未成年にあやされる成人女性って……」

「やめなよアッシュ。余計復活が遅くなる」


 と、その時だ。食堂にけたたましいアラートが鳴り響いた。


『警告。接近する熱源体確認。数は1。ソリッドトルーパーです』

「ソリッドトルーパーだって!? 映像、こっちのモニターに回して」

『了解。表示します』


 食堂にある大型モニターにカメラが捉えた映像が表示される。

 そこに映し出されていたのは黒い機体。


「ソリッドトルーパーって確か、空間戦闘用汎用機動兵器だって聞きましたけど地上でも使えるんですか?」

「使えるからいるんでしょ」


 空間戦闘用汎用機動兵器――ソリッドトルーパー。

 その名の通り、宇宙空間での戦闘を想定して開発された機動兵器である。

 人型をしているのはあくまでも汎用性をとことん突き詰めた結果であり、脚部が不要になる宇宙空間においては推進器に換装されている機体も少なくない、というかそちらのほうが主流である。

 またその汎用性ゆえに脚部を歩行に耐えうる強度のものに換装し、陸戦に対応した機体も存在している。

 例えば、今キャリバーン号の前に現れた機体のように。


「……やばい」

「アッシュさん?」


 映像に映る黒い機体を見たアッシュが一言漏らす。

 同様に、マコとシルルも何かに気付いていつになく真剣な顔をしている。


「万が一がある。データベース検索。あの機体の特徴に合致する機体とそのパイロットを!」

『検索開始』


 黒い機体。十字型のブレードを背負い、両手にマシンガンを装備。

 腰回りのアーマーは極力排除されつつ、布状のもので覆われていてまるでロングスカートのように見える。

 そして目を引くのは両肩に装備された長方形のシールド。そこに描かれているのは逆の十字架。


『該当あり。機体名フロレント。搭乗者はシスター・ヘルと呼ばれる賞金稼ぎ』

「やっぱりかよ……やべえのに目を付けられた!」

「あの、シスター・ヘルって人のことがわからないんですけど……」


 マルグリットが質問しようとした直後、艦全体が揺れる。

 モニターに目を移せば、黒いソリッドトルーパー――フロレントが両手に持ったマシンガンでキャリバーン号の展開したシールドを攻撃している。


『シールドに攻撃を確認。現状、問題はありません』

「見りゃわかるって!」

「とりえず全員ブリッジに急げ!」

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