第2話 衛星工廠

 ソードフィッシュの対艦用大剣型衝角は何もない空間に飲み込まれるように突き刺さる。

 深々と突き刺さり、完全に艦首部は何もない空間に飲み込まれている。

 否。

 当然だがその空間に何もないわけではない。そこには確かにある。


「……よく死ななかったな、俺ら」

「途中から慣性飛行でよかったから、エネルギーを生命保護装置に全振りしたの」


 単純に考えても、惑星を半周するような距離を数分で移動するだけの速度で何かに突っ込めば、その反動で艦は大破するだろうし、その中に乗っている人間はただでは済まない。


「で、ここが――」

「ラウンドの衛星工廠。その内部だけど……」


 メインスクリーンにカメラが捉えた周辺の状況が映し出される。

 通路らしきもののほかにいくつかの破損した隔壁。

 対人用だと思われる機銃が豆鉄砲をソードフィッシュの装甲めがけて放ち続けている様子も見え、他のアングルでは警備用のロボットがぞろぞろと集まり始めている。

 が、その中で気になるものが一つ。

 それは艦の真正面。大剣型の衝角が突き破った隔壁が崩れ、その奥にある巨大な空洞。

 その空洞の中で、宇宙服を着た少女がこちらを向いて手を振っている。


「もしかしてあれが依頼主?」

「だろうな。でもあそこにいくには――」


 周囲の警備ロボットを蹴散らし、機銃攻撃をどうにかしなければならない。


「はあ。やるしかねえか」

「そうだね。っと、周囲に酸素は――」

「ぶち破ってきたから今も抜け続けてる。宇宙服スーツとスラスターパックは必要だな」


 2人して自分愛用の銃のチェックをする。

 予備のマガジンとエネルギーパックを確認し、ブリッジを飛び出した。





 ソードフィッシュのハッチが開く。

 途端、そのハッチめがけて警備ロボットが銃弾を放った。

 反応としては何も間違っていない。

 ハッチが開けば、その中から誰か、あるいは何かが出てくるのだから、それを先んじて仕留めるようプログラムされているのだろう。

 が、放たれた弾丸は誰も仕留めることはなく、お返しに、と筒状の物体が投げ込まれる。

 それに対し、警備ロボットたちは正しい反応をすることができなかった。


 まず第一に、彼らのデータベースに存在しない形状であったこと。

 第二に、それがスキャンしたところで爆発物となりうるものを確認できなかったこと。

 そして最後。第一の理由と第二の理由で生まれたごくわずかな思考時間で、それが起動したからである。


『驕主臆髮サ蝨ァ繧呈、懃衍』


 一瞬の閃光。その閃光に巻き込まれた警備ロボットたちが耳障りな機械音を出して機能を停止させていく。

 その隙にアッシュが艦から飛び出し、動きを止めた警備ロボットを手持ちの銃で撃ち抜いていく。


「流石お手製の極小範囲EMP電磁パルスグレネードだ。的確に相手だけ麻痺させてやがる」


 アッシュの持つ銃はエーテルガン。周囲の霊素エーテルを物理干渉可能な密度まで圧縮し、超高速で射出する、よほどのド下手くそでもない限りは『撃てば当たる』という銃である。

 最大の難点はそのエーテルを圧縮する機構を搭載する関係でハンドガンとしてはかなり重たく扱いづらいということであるが――アッシュはそれを難なく扱い、それどころかエーテルを弾丸に圧縮している間の時間は、その重さを利用してロボットに殴り掛かっている。


「アッシュ、避けて」

「は? って、待て待て。んなもんぶっ放すな!」


 一方。マコの扱う銃はプラズママグナム。カートリッジにチャージしたプラズマエネルギーを放出するだけの武器であるが、それ故にその破壊力は携行武器としては破格の攻撃力を誇る。

 威力の調節はできず、放出されるエネルギーが減衰するまで直進し続け、直撃すれば塵芥すら残らず焼失。

 直撃せずともエネルギーが通過した周囲は一瞬で高温になり、その範囲に入るだけでも鋼鉄を融解させる。

 ――なのにマコはアッシュにまでは影響がないと判断した上で、その引き金を引いた。


「十分離れてても怖えよそれ!!」

「ついでにあっちも片付ける」


 尤も。現状のような包囲されつつある状況ではプラズママグナムのように直線上だけではあるが広範囲を殲滅できる武器は活躍する。

 マコの放つプラズママグナムによる攻撃はEMPグレネードの効果範囲外にいた警備ロボットをまとめて融解させ、包囲網を崩壊させていく。


「んじゃあ俺はこっちだな」


 侵入者を排除するために各所に設置された機銃に対し、アッシュはエーテルガンで応戦。

 プラズママグナムで焼失しなかった警備ロボットの残骸を盾にしつつ、着実にひとつひとつ破壊していく。

 しかし衛星軌道上にあるというだけの工廠にしては警備が厳重すぎるように見えるし、ここまでやる必要があるのだろうか、とアッシュは次の標的に狙いを定めつつ踏み出そうとしてある違和感に気付く。


重力制御機構グラビコンが止まった?」


 エーテルガンの一撃が機銃を破壊すると同時に、そのわずかな反動でアッシュの身体はソードフィッシュのほうへと流されていく。

 先ほどまで機能していた疑似重力がなくなったことで、この衛星工廠全体が外と同じ状況になってしまったようだ。

 が、ここで背負ったスラスターパックが活躍する。

 マコにハンドサインで指示を出して、スラスターパックを起動。

 ソードフィッシュの衝角でぶち抜いた隔壁の向こうで待つ依頼主の元へと急ぐ。


「さて……俺たちの依頼主は勝利の女神か死神か、っと」


 しばらくスラスターを吹かしつづけ、艦首の先端を越えたあたりから、銃撃がこなくなる。

 どうやらそのあたりから機銃が設置されていないようである。加えて派手に隔壁が破壊されているのに警備ロボットが集まってくる様子もない。


「お待ちしてました」

「アンタが依頼主?」

「おい、マコ」


 若干喧嘩腰のマコをアッシュがたしなめる。


「流石に人を抑えておくのも限界でしょうし、早くこちらへ」

「……」


 怪しい。が、彼女に従う以外の選択肢はもうない。

 乗ってきたソードフィッシュは使える状態ではあるが、ここを脱出してラウンドの防衛網を突破できるほどの戦闘力も速度も出せない。

 この状態を打破するには、当然当初の目的通りここにあるはずの新造ワンマンシップを強奪して逃げる以外にない。

 尤も。なぜこの少女がそんなものへアッシュたちを案内しているのか、というところまで考えるとどうも嫌な予感しかしないのであるが。


 時間にして5分もしないくらいだろう。

 目的地にして目標物がアッシュたちの目の前に現れる。


「推定全長750メートル……ってところか。ワンマンシップにしてはずいぶんと大きい」

「一応、戦艦として造られていますから」


 巨大な艦が視界に入ったのとほぼ時を同じくして、その艦が彼等を招き入れるかのように搭乗口のハッチを開く。

 さあどうぞ、と招く少女に言われるままに、アッシュとマコは艦に乗り込む。


「ブリッジまで案内しますね」

「艦内に入ったんだから、もう宇宙服はいらないんじゃない?」

「ああ。そうですね。では……」


 マコに言われるまま、少女がヘルメットを外す。

 瞬間。中に収められていた金色の髪がぶわっと広がる。


「げっ?!」

「嘘でしょ……」


 アッシュもマコも、その人物に見覚えがあった。

 だからこそ驚きを隠せず、アッシュは面倒ごとに首を突っ込んだことを確信し、マコは目の前の少女が何故こんなことをするのか理解できず言葉を漏らした。


「ちゃんと名乗っていませんでしたね。わたくし、マルグリット・ラウンドと申します。一応、ラウンドの第1王女です」

「……Oh」


 一端落ち着こうとヘルメットを外したアッシュであったが、冷静になって改めて現状を受け止めると、両手で頭を抱えながら天を仰いで言葉を漏らした。

 やたらいい発音だった。

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