第1話 突撃

 惑星国家ラウンド。惑星一つが統一された国家であるこの惑星はこの宇宙全域で見ても有数の軍事力を誇る軍事大国である。

 幾多の星間戦争において常に勝者であり続け、本星の防衛機能も鉄壁。惑星近海は怖いもの知らずなアウトローすら近づかない。

 まさに無敵。最強を実現させたかのような惑星国家。


 が、そのラウンドに近づく一隻の艦艇ふねがあった。


「あと120秒で相手の射程に入るぞ」

「最低限の機能維持と推力に回す分以外、全部シールドに回せ。何発かは耐えるだろ」

「当たらなければどうということはないでしょ」

「当たったらどうにかなっちゃうってことだろソレ」


 全長200メートル。スペースフィッシュ級駆逐艦をベースにした艦艇であるそれは、メインエンジンが悲鳴を上げてもなお速度を緩める事なく加速を続けている。

 自身の射程内に巨大な鉄の塊が現れたことを惑星ラウンドの防衛網は即座に察知。対応可能な位置にある砲門が一斉に領空への侵入者に向けられる。

 砲門の展開からエネルギーチャージまでわずかコンマ2秒。砲口の奥のほうが光を宿すなり、全ての砲門がビームを放つ。


「来るぞ!」

「舌噛むから黙って!」


 砲口が光を宿した瞬間、操舵を担当していた褐色肌の女は舵を大きく切って回避行動を取る。

 ビーム砲の弾速は銃弾や砲弾のそれとは桁違いに速い。それこそ、発射直前に見切るか、最初から外れる攻撃であるか以外、まず命中する必殺の攻撃である。

 が、それ故に様々な防御手段が確立されているもので、その一つがエネルギーシールドである。

 閃光の弾幕を間をすり抜けて進む比較的小型の艦艇に、一発の閃光が命中した。

 が、本来ならばそのまま装甲を融解させ機関部を貫き爆散させるようなビーム砲も、艦を包み込むように展開されたエネルギーシールドに阻まれてダメージを与えるには至らない。


「ってぇ! おい、マコ。シールド越しでも衝撃は伝わるんだぞちゃんと避けろよ!」

「はあっ!? アッシュこそなんでこんな依頼引き受けたのさ!」

「前金入ってた上に日時指定までされてたんだよ! 断ろうにも相手は音信不通。それにな、その前金カジノで全額使い切ったのはどこのどいつだ! 何億あったと思ってんだ!?」

「……てへぺろ」

「誤魔化されねえからな。ともかく、依頼を断るにも、返すもんがねえから断れねえんだ……」

「でもやっぱ割に合わないッ!!」


 アッシュとマコ。たった2人だけのブリッジクルーがもめている間に迎撃衛星の横を通り過ぎる。

 するとビームによる攻撃が止む。

 第一防衛ラインの突破。だがその直後に、艦のセンサーが周辺に存在する異物を検知。警報を鳴らす。


『小型の障害物を多数確認。浮遊機雷を推測』

「それなら何とかなるだろ」

「いや、さっき一発貰ったので出力が落ちてる。もしかすると――」

「……」

『2400メートル前方にミサイル衛星確認。ロックオンされました』

重力制御機構グラビコン完全停止! 生命維持に必要な機能以外もカット! シールドへの出力はそのまま。残り全部エンジン全振りだ!」

『警告。これ以上の負荷はエンジンのオーバーロードを起こす可能性があります』

「目的地まで到着できりゃあそれでいい! あとどれだけある!」

「今見えてるのが昼半球。目的地は今の時間だと夜半球。最悪60000キロ以上周らないと」

「惑星の反対側って可能性もあるのか」

「スペースフィッシュならその半分行く前にシールドが突破されてアウト。けどこのソードフィッシュならば」

「問題ない、か。任せるぞマコ」


 マコは頷いてアッシュに応えるとコンソールを操作し、艦にかけられたプロテクトを解除していく。

 主に、安全装置関連の。


「オーバーブースト!」

「了解。燃料式ブースター、1番から4番、同時起動!」


 瞬間。2人の身体はシートに叩きつけられた。

 すさまじい加速によるGが2人の身体をそうさせる。

 艦全体が限界を超えた負荷に揺れ、空中分解の四文字が2人の脳裏に浮かぶ。

 惑星を半周するべく惑星ラウンドの防衛網の中を飛び続けるソードフィッシュ。

 シールドによって浮遊機雷を退け、圧倒的速度を以てミサイル衛星の攻撃から逃れ、昼半球を越えて夜半球へと突入する。


「あっという間に夜半球」

「流石我らのソードフィッシュ。宇宙最速レベルは伊達じゃねえな!」


 とは言うが、どこまで行っても防衛網の中。ソードフィッシュはシールドで守られつつも、そのシールドは常に機雷の爆発にさらされ、コンソールに表示されるステータスを見れば、エンジンもいつまで持つか分からない状態。

 そんな状況で、まだ彼等の目的地である――ラウンドの工廠衛星は見えない。

 代わりに真正面にあるミサイル衛星がミサイルの弾幕がシールドに降り注ぐ。


「で。ここからどうすればいいのさアッシュ。目標地点がわからないとどうしようもないよ」

「問題ない。依頼文通りなら、夜半球に抜けた時あちらから接触してくる」

『秘匿回線による通信を確認。接続しますか?』

「来たな。もちろんだ」


 ついにか、とミサイルと機雷の爆発で揺れるブリッジでアッシュは冷や汗を拭いながら名前も顔もも知らない依頼主との初対面に身構えた。

 そもそも、だ。


 宇宙最強の軍事国家であるラウンドの工廠衛星から最新鋭のワンマンシップを強奪してほしい。

 目標は標準宇宙時間06:21から18:47の間夜半球に存在する。

 そちらが夜半球に近づいた時、こちらから誘導する。

 成功報酬は80億Cクレジット。前金として20臆Cクレジットを入金させてもらう。


 とまあ、こんな怪しい依頼を寄越すような相手だ。絶対まともな相手じゃない。

 そんな相手との初顔合わせだ。緊張もする。


『お待ちしていました。アッシュ・ルークさん』

「どうも。迷子のネコ探しから、コロニー建造まで。なんでもこなすルーク・サービスです。今回はわたくしどもをご利用いただきありがとうございます」

「……まだ遠いか」


 音声を届かせることを優先してか、メインスクリーンに映し出される映像は砂嵐状態で相手の顔など確認しようがない。


『早速ですが、今から指定する角度と速度をそちらに転送します。その指定通りに最大速度で突っ込んでください。そこに、目的の場所があります』

「……」

「……」


 アッシュとマコはアイコンタクトを取る。

 相手はどんな手段を使ったか知らないが、アッシュたちの乗っているこの艦――ソードフィッシュ最大の武器を知っている。

 そうでなければ工廠に突っ込めなどと言うわけがない。

 しかもその武器はでは使ったことがない。にもかかわらず知っているとなれば、警戒せざるを得ない。


(どうする、アッシュ)

(どのみちもうソードフィッシュは持たねえ。そもそも最初から生きて帰るにはもう工廠のワンマンシップを盗む以外ないしな)

(だよねえ。ブースターもさっき使い切ってパージしちゃったし、乗るしかないか)

『あの、どうされましたか?』

「いや、なんでも。了解しました。それで、貴女のお名前は?」


 映像こそ不鮮明である故どんな容姿かはともかく、声からして明らかに若い女性である。

 少しでも探りを入れようと尋ねてはみたが、何やら向こうの通信のほうがもめている。


『まだ名乗っちゃ駄目だって! 他の者に傍受されたらどうなると……』

『ああもう、わかった。わかりました! それは直接お会いしてからにしましょう。では、工廠で件のワンマンシップと共にお待ちしております』

「あ、おい! ……切れちまった」

「っと。指示が届いた」

「ならさっさと偽装解除。対艦用大剣型衝角展開!」


 ソードフィッシュの艦底の装甲が解放され、その中に収められていた巨大なブレードが展開。衝角部に収まると、まるで一振りの巨大な剣のようにフォルムが変わる。

 それと同時に、艦の表面装甲が剥がれ落ち、その下にある本物の装甲が現れる。

 艦側面に描かれた炎のようなエンブレムと、艦首部に描かれた髑髏。


 それは星系中の悪党の敵。他称・正義の宇宙海賊。

 アッシュとマコの裏の顔たる、宇宙海賊『燃える灰』の海賊船である証である。


「海賊船ソードフィッシュ。突撃ィィィィ!!」


 真の姿を現した艦は、ついにシールドすら解除して、すべてのエネルギーをエンジンに回し、通信の相手から送られてきた角度と速度で機雷原を突っ切る。

 当然にように機雷が装甲をはぎとり、そのたびに艦が大きく揺らぐもそれを強引に姿勢制御スラスターを噴射させることで持ち直して速度を維持。

 わずか3分。その短時間で夜半球を半分ほど超えたあたりで、ついにその切っ先が何かを捉えた。

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