第229話 窮地

 この瞬間。空気が変わった。

 重力障壁がまるでガラスのように砕ける。

 砕け散ったはずのそれはまだ重力場を帯び、コントロールを失ったためなのか無数の散弾のように周囲へと飛び散り周囲の群体を巻き込んで消滅させていく。

 そんな重力場の散弾の中を、エクスキャリバーンは艦全体を重力場で覆う事でしのぎ、エクスキャリバーンと合流できなかったナイア機は機体のセンサーを頼りに、音速に近い速度で飛んでくる重力場の弾丸を回避していく。


「ちっ! 長物背負ってるとこういう事もあるか……!」


 その過程で、背負っていたグラビティランチャーが4つ消し飛んだが、コクピットと推進系が無事だったのだから、十分だ。


「女王群体の重力障壁消失確認。飛び散った重力場の影響消失まであと3秒」


 シスターズの報告通り、散弾のように襲い来る重力場が消えると共に、エクスキャリバーンも重力場の防壁を解除し、すべての砲門を開いて攻勢に転じる。

 ビーム砲、レーザー砲、レールガン、ミサイル。装備されているありとあらゆる武装が絶え間なく攻撃が放たれる。

 甲板に立った機体も各々の重力兵器を使って攻撃している。

 その攻撃の合間を縫って、大破したネメシスを抱えたナイア機が飛ぶ。


『ナイアさん!』

「ちっ」


 それを、怪獣型群体が追いかける。

 かろうじて動く両腕でネメシスが球状の重力場を展開し、妨害するが――その重力場を鬱陶しそうに腕で払いのけてなおも接近する。


「マジかよ!? 重力場だぞ!?」


 ナイアの叫びと共に、怪獣型群体が口を開き、中から直角貝型群体が飛び出してくる。

 まずい、と思考するよりも早くそれは放たれ、ナイア機を襲う。

 回避などできるはずもなく、その突撃の直撃を受ける――はずだったあのだが、それをネメシスが強引に重力場を展開することで捕まえ、そのまま圧壊させた。


「すまん、たすか――ッ」


 礼を言い切る前に、ナイアはネメシスをエクスキャリバーンめがけて放り投げた。

 その直後。ナイア機は怪獣型群体が横薙ぎで放った尾の一閃によって腰のあたりで真っ二つにされた。


『ナイアさん!!』

『駄目だ、戻るな!』



 ボロボロの機体で真っ二つになったナイア機へと近づこうと姿勢を制御しようとするアニマだが、そこへ自身の身体もボロボロなレジーナが近づき、全力で体当たり。

 そのままの一気にエクスキャリバーンの甲板に付き落とす。


『がっ……!』

『レジーナさん!? 無事だったんですか……』

『なんとか、な。それよりも、ヤツの行為を無駄にするんじゃない』

『ですが……』

『その機体のを、失う訳にはいかないんだろう!』


 ネメシスの両腕。本体が機能を停止しても、この両腕があればまだどうにかなる。


『回収班、ネメシスを格納庫に!』


 レジーナの要請を受け、艦の中で待機していた作業用のウッゾが甲板に現れ、行動不能となったネメシスを回収。同時にレジーナ自身も艦の中へと退避する。

 彼女の身体は激しい戦闘を経験したことを物語るよう、その顔の右側には縦に稲妻のようなひび割れがあり、全身いたるところが欠けている。

 特にひどいのは何度もメガフラッシャーを使用した事により焼け焦げた両肩。しかもさっきネメシスに体当たりしたことで、左肩の装甲は砕け散っていた。


「タリスマンはレジーナ以外全滅、か。厳しいな。それに――」


 有力な戦力が2機失われた。戦力の低下は痛い、とシルルは笑みを浮かべる。勿論、余裕がないことを誤魔化すための笑みである。

 何よりも痛いのがネメシスが戦線を離れたことで、最大火力であるノヴァブラスターの使用ができなくなった。

 ――正確にはまだ可能であるが、その難易度が跳ね上がった。


「各機警戒。女王群体から高エネルギー反応感知。来ます」


 シスターズの警告。

 それに応じ、エクスキャリバーンはシールドを展開し、その外側に重力場による防御を展開。

 加えて、万が一に備え一番内側にモルガナが防御術式でプロテクトフィールドを展開する。

 直後。女王群体の頭部から無数の閃光が放たれ、それがエクスキャリバーンに殺到する。

 回避を試みるエクスキャリバーンであるが、その大多数は重力場を穿つ。

 その衝撃は、重力制御機構グラビコンに多大な負荷をかけて強制停止させ、続けてシールドを直撃。これも僅か2秒の照射で突き破り、モルガナの展開したプロテクトフィールドを直撃する。


「シルルちゃん! やばい。出力が……」

「出力の問題じゃない! 数を増やすんだ!!」

「ッ! わかった!!」


 メグが術式の補佐を行い、たとえ1つ突破されようと、その下にあるプロテクトフィールドがそれを受け止め、それが破られてもまたその下の、と無数に展開されたプロテクトフィールドが女王群体の閃光を受け流し切る――ように見えているが、実際にはそうではない。

 流石にエクスキャリバーンのシールドを突破してくるほどの攻撃を防げるほどの出力を保ったままいくつものプロテクトフィールドを展開して維持できるほどの性能はモルガナにはない。

 ではどうしているか。それは至極単純な力技。

 破られる前に再展開しているだけである。それも、超高速で。

 こんな芸当、普通ならばできない。

 ここが、この宙域が、モルガナに際限なくエネルギーを供給してくれるからこそ、可能なのである。

 加えて。モルガナの防御術式は機体に組み込まれた機能ではあるが、それによって展開されるプロテクトフィールドは一度展開されれば、機体へほとんど負荷を与えず、破壊されたとしても機体へ影響を与える事もないのである。

 モルガナの防御術式をライターだとして、展開されたプロテクトフィールドはライターによって着火された火、と考えると判りやすいかもしれない。

 一度着火された火を消しても、ライターが残っている限り何度でも火を点ける事ができる、というわけだ。

 尤も。本来ならばエネルギーが無くなればそれまでだが、この宙域においてモルガナはエネルギー切れを起こすことがあり得ない。

 その原因はまだわからないが、それはそれとして。無制限にエネルギーを使えるのだから、あとはプロテクトフィールドを高速連続展開させるだけである。


「シルル、攻撃が止むぞ!」

「一斉攻撃の準備を!」


 女王群体の攻撃が止んだタイミングで、各機が一斉に重力兵器を構え、プロテクトフィールドも解除される。

 ――だが。その瞬間に直角貝型群体が殺到。ローエングリン1および2に突き刺さり、貫通した。


「被害状況!!」

「動力関係は外れた! シスターズも無事だが、キャリバーンへの移乗を進めている!」

「他にやられたヤツは!?」


 飛び去って行く直角貝型群体をGプレッシャーライフルで撃墜しながら、アッシュは周囲を見渡す。

 自身は勿論無事。

 モルガナは問題ない。カリオペも、シールドガンビットがいくつか破壊されたが本体は無事。ナイアの機体はもう戦闘は無理だろうが、まだ生体反応はある。タイミングが合えば回収もできるだろう。

 無人機は――駄目だ。もう戦闘できる機体は残っていない。


「……おい、ベルはどこだ」


 返事がない。

 周囲を見渡すと――機体はあった。

 だが、アストレアの上半身は胸部以外すべてを失っていた。

 それどころか、コクピットハッチまで大きく破損し、中身が見えている状態だ。


「嘘だろ……! ベルッ!!」

「落ち着いてくださいアッシュさん!! まだ生きてます!!」

「ッ……!」

「マルグリット。機体を艦内へ」

「はいっ!」


 これで、さらにこちらの戦力は削られた。


「マコ、陽電子砲は……」

「無理だ! これだけ破損して使うとなると負荷が強すぎる! 縮退炉の出力もあるし、リソースが足りない!」

「となると……もうアレを倒すには最悪の手段を取るしかない、か」


 そう言うと、シルルは艦内に移動し、甲板にはアッシュのハイペリオン・ノヴァのみが残される。


「……やるしかないんだな」


 起死回生かと思えた絶体絶命。この状況をひっくり返すには――分の悪い賭けをしなければならない。

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