第152話 建国宣言

 惑星ネクサス。未開惑星と呼び続けていた惑星の名前が決まってからは、物事はとんとん拍子に進む。

 まずは惑星の開発。

 タリスマン達を中心として行われていた活動拠点の開拓と、各資源採取拠点の建造は、それらを直線状に結んだ交点部分にエンペラーペンギン号と補修したフロンティア号を降下させ、大量の人員を投入して急ピッチで行われた。

 この場所を惑星国家の首都とする予定であり、それ故に徹底した都市開発計画をシルルが計画し、それを元にして開拓が進められている。

 同時に。惑星の生態系についての研究も進められる。

 これに関しては新たに加わっ――いや、勝手に仲間に加わったメグ・ファウナ博士が中心として行われ、現状首都部予定地点の周辺に限られるが、それでも多数の生物が発見され、家畜化可能かどうか、植物にやキノコ類に関しては栽培が可能かどうか、また食用可能かどうかの選別まで行われはじめている。


 次に兵力。これがなくては話にならない、というものだが――これに関しては一切問題がない。

 というか、やりすぎレベルのものが順次シースベースの工場機能をフル稼働させて製造されていっている。

 まずはプラネットガードナー。惑星全土を監視する人工衛星としての機能を持ち、かつ重武装により惑星への不法侵入を許さない常時40機が稼働することを想定している大型ソリッドトルーパーが計120機。

 製造拠点機能を持った衛星軌道ステーションが4基。

 シースベースほどではないが、ある程度の生活空間としての機能も持ち合わせるそれらも当然、ビーム砲やミサイルで武装。これらも運用することで外敵の侵入はほぼ防げるだろう。

 あとは、地上へ侵入してきた治安維持用の戦力であるが、それらは既存のものに多少手を加えたものを当面の間運用するととになる。


  とはいえ、それらが充実し始めたから、といって未だ惑星国家を名乗るには人間が足りていない。

 アルヴの5万人のうち、惑星ネクサスに定住を希望する人間がその半分いるかいるかいないか。

 惑星サンドラッドからの避難民もあわせてもたかだか2万ちょっと。

 かつ惑星の開拓も中心部はともかく、それ以外の場所には全く手が出ていない為、国家を名乗るには発展度というものが足りない。


「現状の問題点を簡単に説明してください」


 マリーが頭を抱えながら、シルルに尋ねる。


「国家と名乗るには規模が小さい。以上」

「アルヴからの移民希望者は?」

「少しずつではあるけれど増えて行っている。首都予定地との定期連絡便に乗せて希望者は随時降下していってる」

「サンドラッドの人たちは――まあ、言うまでもありませんか」

「開発計画は至って順調。アストラル体の操るソリッドトルーパーが重機として運用され、開発は急ピッチ。現状農作地の拡大が最優先。作物ができるかどうかも怪しいし、生産が安定するまでは我々が仕入れてこないとだ。それに、だ」

「まだ何かありますか」

「君が不在の間、行政をまとめる人間が必要だ。

「……そうなんですよねえ」


 それが一番の問題である。

 惑星国家ネクサスの代表はマリー――マルグリット・ラウンドが務める。それに関しては満場一致で決定し、本人も納得している。

 が、しかし。そのマルグリット・ラウンドは有事があればマリーとしてキャリバーン号にのって惑星を離れる。

 その不在期間の行政は誰が行う。

 信用できる人間に任せるのが一番であるが、その能力があるか、というのも重要である。


「それと、宣誓の準備」

「うぐっ……シルル、少しは手伝ってくれても……」

「構わないけど、ある程度は自分で考えてくれ」


 と、優しく突き放す。そうはいいつつも、シルルは建国宣誓用の台本はちゃんと用意しているのだが、まあかわいい子にはなんとやら、というやつである。


「とはいえ、だ。代理の人間ならばとりあえずは適任がいるんだけどねえ」

「? 誰ですか、そんな都合のいい人」

「都合のいいって……まあ、ほら。開拓の指揮を執ってる人間だよ」

「……レジーナさん、ですか」

「ああ。彼女も当面は開拓に専念すると言っているし、まとめ役としては適任だろう。加えて、しばらくはリーファ王女も手伝ってくれるだろうしね。だからあとは――」

「建国の宣誓。それに尽きる、ですか」

「そう。余裕はあるようで、あまり残されていないからね。腹はくくったんだろう。あとはやってみな」


 シルルはそういって、マリーの背中を軽く叩いた。



 しばし月日は流れる。運命の日。秘密裏にアルヴと交信し、援軍が到着するその日。

 この日にあわせて、すべての調整は行われていた。

 具体的には、首都の開発。特に、これから全宇宙に向けて行われる一大イベントの舞台となる行政府の建造は優先して行われた。


「……」


 壇上に立つマリー――いや、マルグリットの表情は硬い。

 当然と言えば当然。これから彼女がやろうとしていることは、全宇宙に対する宣誓。

 これからどのような言葉を紡ぐか。その一挙手一投足が、今後に大きく影響する。

 そう考えれば、緊張くらいはする。


「時間だ」


 そういって、シルルが背中を押す。

 大舞台の袖にはアッシュとマコも待機しており、笑顔で送り出されたマルグリットは壇上に上がる。


「……」


 観衆はいない。あるのは、真正面から自分を見据えたカメラだけ。

 そのカメラを見据えて、言葉を発する。


「私は、マルグリット・ラウンド。惑星国家ラウンドの第1王女です。この配信を見ている人々。あるいは聞いている人々。突然の通信ジャックを行ったことに謝罪を」


 ライブ配信。それもシルルとミスター・ノウレッジによってありとあらゆる惑星・コロニー・スペースオアシスにほぼタイムラグナシで行われた通信網ジャックにより、映像は街頭モニターから個人用の端末。果ては厳重なセキュリティーに守られているであろう軍事施設にあるモニターにまで幅広く配信さている。

 また音声だけならば、通信回線を介してありとあらゆる艦艇の通信装置から届けられている。

 勿論、それが原因で問題が起きそうな場所へは一切手出しはしていない。


「突然のことで困惑しているでしょう。ラウンド衛星工廠から新造艦を強奪し消息を晦ましたわたくしが今、何故このような配信を行っているのか。それに関しては簡潔に。そして、この配信の目的も簡潔にお話しします」


 簡潔に。あまりに長く話すことはない。

 質疑応答がある訳もないのだから、こちらの主張を一方的に告げるだけでいいのだ。

 その後の事は、その時に考える。

 正直、若干ヤケになっている部分はあるのだろう、とマルグリットは顔を伏せ、呼吸を整えるふりをしながら苦笑。

 気持ちを切り替えて再度カメラに視線を合わせる。


「現在、わたくしは惑星ネクサス――わたくし達が新たに発見した惑星からこの配信を行っています。そして、わたくしはこの惑星の所有権を全宇宙に対して主張。惑星国家ネクサスの建国をここに宣言します」


 簡潔であるが、言うべき事は伝えた。

 新しく発見した惑星は自分達のものだ。だから手出しをするな。

 そして国家として成立させるのだから、相応の待遇を求める、と。

 だがこれだけでは、ただ一方的な通達に過ぎない。

 母星から逃げるように飛び出した姫君の度を過ぎた遊びだ、悪ふざけだと言われればそれまでだ。

 だが、あと一押しあれば、また話は変わる。


「そして――」


 だからこそ、その一押しが、ここにいる。

 正装を纏ったシルルに車椅子を押され、リーファが壇上に上がる。


「惑星国家アルヴ、第3王女リーファ・アルヴが宣言します。我々アルヴは惑星国家ネクサスを国家として認可。同盟及び国交を結び、共栄していくことを誓うとともに、惑星連盟への推薦を行います」


 行方不明になっていた惑星国家アルヴの王女の登場。これに勝るインパクトはない。

 そして、その宣言通り、カメラにはアルヴの主力機であるバッシャーマと、特務部隊用の機体であるセイバーバッツがそれぞれ式典用の装飾を施され、アルヴの王族の旗を手に持って現れ、リーファの後ろに並ぶ。

 それに向かい合うように、式典用の装飾を施されたクレストが2機降。新しくデザインされた惑星国家ネクサスの国旗を掲げ、アルヴ側の機体の掲げた旗と交差させる。

 操縦しているのはベルとアニマだ。


「短い宣誓ではありますが、最後にこれだけはお伝えしておかねばなりません」


 マルグリットは一度深く息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出してからカメラを睨む。


「我々は争いを望みません。自ら戦いを挑むこともありません。ですが、万が一我々に銃口を向け、引鉄を一度でも引けば――一切の容赦なく対応させていただきます」


 そう言って、宣誓は終わった。

 カメラのランプが消え、配信も終了したことがわかると、マルグリットはその場にへたり込みんだ。


「ああっ。大丈夫かい、マルグリット」

「疲れました」


 シルルに支えながら、彼女は笑いながら呟いた。

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