第151話 命名
さて、少々のトラブルはあったものの、エクスキャリバーンの新機能に関するテスト結果は上々。
細かいデータはオートマトンたちによる調査が終わってからになるが、それでも体感として問題はなく、とりあえずは問題ない、との判断を下す。
「で、だ。そろそろひとつ決めておかなければならないことがある」
一度シースベースのカジュアルレストラン跡地に集まった一同と、通信越しでレジーナとリーファも加えた何度目かの会議の現場で、シルルがそう切り出した。
「メグ・ファウナの処遇か?」
「違う。それも近々片付けなければならない話だけれども。あの惑星の名前だ」
「ああ。それは、そうか」
シルルの言う通り、いつまでも未開惑星、あの惑星などと言っているのもまあ面倒くさい。
何事もそうであるが、それを指し示すものがあるほうが会話が円滑に進む。
加えて。この建国宣言をする上で、自分達の領地とする惑星の名前がないというのはさすがにいかがなものか。
「というわけで、我々に加え、現状この惑星に居住する可能性のある2勢力の代表者としてレジーナとリーファ王女には通信越しではあるけど、参加してもらっているわけだ」
『確かに、我々サンドラッド人からはこの惑星への定住を希望する声も出ているが……』
『アルヴの民は皆帰還を望んでいる。と、は言い切れませんね。あれだけの目に合えば、新天地でやり直したい、平和に暮らしたいと願う者もいるかもしれません』
「それに。王女が帰還の意思を示している以上、自分達の意思を押し殺してしまう者もいるかもしれません。リーファ王女」
『ええ。マリー様。一度皆を集めて意思を確認したいと思います』
「で、さっきも言った今回の本題。現在未開惑星と呼称している惑星の正式な名前だ」
とはいえ、いきなり惑星の名前を決めろと言われても困惑してしまう。
ネーミングセンスも問われるし、何より今後ずっとその名称を使うのだ。
責任は重大。皆が頭を抱える。
『フロンティア……は駄目か?』
「駄目だね。それはもう存在している」
『むぅ』
レジーナが先陣を切るが、すでに存在している惑星の名前と被るのはもちろん採用することはできない。
「先手を打っておくけど、ネオフロンティアもアウトだ」
『え、駄目なんですか?』
出鼻をくじかれた、バトルドールに入ったままのアニマが驚いた表情をしている。
「といっても、被らない名前ってのは難しいよな。今まで発見された惑星、どれだけあると……」
「居住可能惑星だけでも数千から。恒星やガス惑星、小惑星まで含めるともうそれこそ数えるのが面倒だね。ネストってのは?」
「駄目だね。それは小惑星の名前で使われてる」
と、マコの案も却下。それに、言葉の響きがあまりよくない。
巣や隠れ家という意味の言葉ではあるが、それ以上にどうしても蛇の存在がちらつく。
それは、ウロボロスネストと敵対すると決めているアッシュ達にとっては好ましくない。
『惑星の命名については、ワタクシは一切口を挟みません。ワタクシが口を出すということは、アルヴの植民惑星という印象を持たれてしまうかもしれませんし』
「それは、そうかもしれませんね……ならばやはり、わたくし達の誰かが命名すべき、ということでしょうか」
「まあ、誰が命名したかなんてわかりっこないと思うが……どこで聞き耳をたてられているかわかったもんじゃないしな」
「そうそう。こうして僕がここにいるんだからさ」
しばしの沈黙。
そののち、全員が一斉に本来ここにいるはずのない人物――メグ・ファウナに各々の武器を向けた。
アッシュのハウリング、マコはプラズママグナム、ベルは愛用のハンドガン、シルルはエアリウム製のナイフ、アニマは指先のマシンキャノンを展開し、普段生身では戦うことのないマリーは周囲の反応を見てあわてて手元にあったステーキナイフを手に取り震えながら向ける。
「どうしてお前がここにいる?」
「うん? いや、普通に抜け出してきただけだけど? あ、安心してくれ。変なところは触ってない」
「アニマ!」
『徹底的にチェックさせます』
アニマが待機中のオートマトンにエクスキャリバーンの再チェックを徹底するように指示を出す。
「で、ファウナ博士。監視のオートマトンがいたはずだけど、どうした」
「そこはほら、こういうことで」
と、人差し指と親指をすり合わせてからゆっくりと離すと、その間にバチバチと音を鳴らして閃光が走る。
「放電、している……」
「まあ、僕が特異体質ってのもあるけどね。この能力のおかげで、大体の電子回路はちょちょいっと」
「撃っていい? アッシュ」
「やめろ。お前のをここで撃ったら全員消し飛ぶぞ」
艦を傷つけられた事にキレたマコがうっかり引鉄を引きかけたが、それを制止する。
ソリッドトルーパーの装甲すらぶち抜くようなものを至近距離で放てばその熱だけで周囲にいる人間が一瞬で蒸発する。
「で、何の話?」
状況が解っているのかいないのか。あるいは空気を読めないのか読まないのか。
メグ・ファウナは会議に割り込む気満々である。
流石にこの能天気な雰囲気に毒気を抜かれ、各自次々と武器を収めはじめた。
「とりあえずこの不審者は無視して話を進めよう。レジーナ、アニマ、マコの案は却下。リーファ王女は棄権。残るは私、マリー、アッシュ、ベルだが……残念ながら私も棄権だ。なまじ知りすぎていて思いつかない」
「んーと言われてもなあ」
「正直名前って意味のある言葉とかつけようとしたら被りますよね」
「そうですよね……。結局、ボキャブラリーが足りてないとですよね」
と、マリーは頭を抱える。
実際、ワードセンスもそうだが、ボキャブラリー不足ではいい名前は出てこない。
そもそも全く被らない、というのがまず難易度が高い。
データベースにある恒星・惑星・小惑星だけでも数千から数万。データベースに記録しきれず外部のデータベースも合わせれば数千億を優に超える。
よほど適当な名前でも付けない限りは、それっぽい名前を付けようとすればまず被る。
「大体名前被りが駄目だなんて不可能では?」
『身も蓋もないな、ベル』
「だから複数の単語を繋ぎ合わせる事もあるんだよ。ネオフロンティアとかもそうさ」
「ではネオガイアとか――」
「もうあるんだよね、それも」
「安直が過ぎましたか……」
ベルの案も既存の名前と被ってしまった。
残るはアッシュとマリー。
「パンデモニウムとかはまあ、駄目だよな」
「なんでそれをチョイスしたんだアッシュ。被ってはないけれど却下だ」
と、シルルが却下する。が、似たようなものではないか、という視線がシルルに殺到する。
ともかく、残るはマリーの案である。
「……」
「マリー?」
「あの。ネクサス、というのは?」
「えーっと。待てよ」
シルルの反応が今までとは変わったものになる。
出された名前を即座に否定するのではなく、手元の端末からデータベースに接続し、検索を始めている。
そしてその結果……その名前は存在しなかった。
「ネクサス。繋がり、か。悪くないね。というわけで、これで決定でいいかい?」
「むしろコレ却下したら二度と決まらない気がする」
とのマコの言葉に一同が頷く。
「というわけで、未開惑星は今後惑星ネクサスと呼称。惑星連盟にもこれで届け出るわけだが……」
『……まあ、建国しないと話にならない、か』
こんどは視線がマリーへと集まる。
しばらく保留していた問題に対する回答。それをこの場で求められている、と悟ったマリーは、眼を閉じ深い呼吸を何度か繰り返す。
閉じた目が開かれた時、強い意思を感じさせるまなざしを皆に向けた。
「……建国宣言、考えておきます」
そう、短く呟いた。
「で、何の話?」
「……空気読めよ博士」
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