第150話 密航者

 運ばれてきた大量の物資コンテナをキャリバーン号・ローエングリン1・ローエングリン2の3隻の格納庫に分けて収容。

 オートマトンたちによるチェック作業が始まり、それが終わるまでの間に各々自由行動となる。

 シルルは何やら新しい装備や機体の設計を。マコは帰還用のワープドライブの調整。

 ベルはパンを作るといって食堂のほうへと向かってから戻ってきていない。

 そして、マリーは熱心に戦術シミュレーションを繰り返している。

 キャリバーン号は交戦回数こそそう多くはないが、そのいずれもが死線といって差し支えないほど、

 その戦闘経験と、開発時にラウンドのデータベースにあった戦闘記録等を組み合わせて生み出されたシミュレーションパターンは多種多様。

 マリーのレベルアップにもちゃんと繋がっているはずだ。


「で、俺だけは完全に手持無沙汰なわけだが」


 正直、マリーのシミュレーターに乱入してもいいが――それでは多分、やりすぎてしまう。

 それに、マリーには真っ当な戦い方というのも学んでおいてほしいとアッシュは考えている。

 キャリバーン号での戦いは、結局はスタンドアローン。自分達だけがどうにかできればいい、自分達の力だけでどうにかしなければならなかった戦いばかりだ。

 だが、マリーはいずれ国を背負う立場になるだろう。それは国を興してなるのかもしれないし、ラウンドの王座を奪ってかもしれない。

 その時が訪れた時、個ではなく軍を動かす力を持っていなければ、戦争にでもなった時に指揮できません、では話にならない。


『アッシュさん』

「ん、どうしたアニマ」

『コンテナ内の物資確認完了です。リスト通り、揃ってます』

「了解。振込は――」

『こちらの判断で』

「おっと。それじゃあ戻るか」


 アッシュが指示を出すとマコが頷いて応え、行きと同じように向こう側と直通の大穴を開いてそれをくぐるエクスキャリバーン。

 最初こそ驚きはしたが、一度経験してしまうと流石にもう騒ぐ事もない。

 ――いや、それにしても少しばかり理解を超えた現象であることには違いないが。


『――えっ!?』


 と、ワープアウト終了――といっても全くそんな気はしない超長距離転移を終えた直後に、アニマの素っ頓狂な声が飛び込んでくる。


「どうした、アニマ」

『いや、え? なんでこんなものが――』

「アニマ」

『は、はい! その、えっと……チェックに不備があったというかなんというか』

「不備? やっぱり足りなかったとかか?」

『その……』


 異様に歯切れが悪いことに違和感を感じつつ、改めて尋ねる。


「アニマ。何があった?」

『その、ですね。密航者、です』


 パっとメインスクリーンにローエングリン2の格納庫の映像が映し出される。

 そこには無数の警備用オートマトンの放ったネットランチャーを浴びて身動きできなくなった――塊があった。


「流石に撃ちすぎでは?」


 と、シルルが笑いをこらえながらで言うほど面白――もとい悲惨な状態の密航者の姿。

 何重にも重なったネットの中で暴れて跳ねまわっているのがなおのことコミカルに見えてしまう。


「とりあえず、シースベースに着くまで拘束。開放は万全の状態で行おう」

『了解です』


 密航者。さて、どうなることか。

 と、ブリッジが頭を抱える中、マリーはシミュレーションをクリアできた喜びで両手を天に突きあげ、その直後恥ずかしがって縮こまってしまった。



 シースベースのベイエリアにも収まり切らないエクスキャリバーンをアームで強引に固定し、整備用装備を背負ったウッゾ・ハックが外装のメンテナンスのためにベースから飛び出してくる。

 前人未踏の挑戦からの帰還。外装にどんな変化があるかわからないし、最終的には内部の点検も行い、詳細なデータを集める必要がある。が、それはそれとして。


 エクスキャリバーンの左舷側。ローエングリン2の格納庫に集まった完全装備の面々。

 アッシュとベルは勿論、シルルも杖のようなものを取り出して臨戦態勢。

 そのさらに後ろにはバトルドールに入ったアニマと、彼女に引き連れられた警備用オートマトンが大量に構える。

 最初はここにマコもいたが、プラズママグナムを取り出した為キャリバーン号の操舵席に拘束され、マリーが監視についている。


「さて、暴れるコレどうするよ」


 全身に絡みついたネットで姿が見えない密航者が暴れて跳ねまわる。

 それをオートマトンが押さえつけ、おとなしくさせる。

 動きを抑え、頭があるであろう場所だけオートマトンがネットを切り取ってようやく密航者の顔を拝める。


「ぷはっ……! 窒息するかと思ったじゃないか!!」

「……どっちだ?」

「アッシュさん。本題はじゃないです」


 顔だけでは性別が分からない。それ以外の特徴で性別を特定しようとしたが、声は高めであり、声変わり前の少年と言われればそう聞こえるし、声の低い少女のものと言われても違和感はない。

 加えて顔は中性的で、よくよく観察しても判別しづらい。あとは髪の長さだが――まあ、それで性別を特定することができる訳もなく。

 それに、性別を気にしているのはアッシュだけである。

 彼以外は密航者の目的が何なのか、ということのほうに意識が向いている。

 当然だ。悪意がある密航者ならば、排除しなくてはならない。


「……えっと、もしかして僕結構ピンチ?」

『大変です。一人称が被りました』

「アニマ。落ち着いて。君の合成音声と生身の声だと聞き間違えることはない。ていうか真顔でボケないでくれたまえ。ツッコミ役アッシュが今回ボケに回ってる使えないから全員ボケないように」

「え、さらっとわたしもボケ認定されました?」


 バイザー越しでも静かに怒気を放つベルに視線を合わせず、シルルは話を進めようと咳払いをする。


「さて、密航者くん。まず君の置かれている状況を正確に理解しているかい?」


 杖を向けるシルル。

 それに合わせてアッシュとベルもそれぞれ銃を向け、アニマも右手を挙げてオートマトンたちに射撃体勢をとらせる。


「うわーお、絶体絶命ー」


 返答次第で射殺されてもおかしくない状況であるにもかかわらず、性別不明の密航者は余裕の表情を崩さず軽口までたたいてみせる。

 瞬間。ベルが発砲。弾丸が密航者の頬をかすめ、銃弾が床に当たって砕けた。

 予想外の出来事にアッシュもシルルも目を見開いてベルのほうを見るが、ベルはいたって冷静に銃口を密航者の額に向けた。


「次は当てます」

「ちょっと、ベ――シスター・ヘル。あんまり脅さないでくれ。委縮して喋れなくなるだろ」

「そうそう、会話は穏便に、落ち着いて……ね?」

「だったさっさと目的を話してください」

「まー、目的とかないよ。ただ、あのコロニーから脱走したかっただけ」


 脱走、とはまた穏やかではないワードである。

 虚を突かれはしたが、とりあえず囲んでいる以上あちらとしても変な気は起こさないだろう、としばらくしゃべらせる事にする。


「密航で掴まって牢屋にいれられててねー困ったもんだ」

「アニマ、手配書検索」

『すでにやってます。――あ、ヒットしました。って、ええっ!?』

「どうした、アニマ」

『宇宙生物学者メグ・ファウナ博士です、この人!!』

「メグ・ファウナ……? いや、聞いたことないな」


 シルルとベルは名前を聞いてもピンと来ていないのか、首を傾げている。

 アッシュは――何かひっかかるものがあるのか2人と反応が若干異なる。


「確か、宇宙生物――特にアストロケタス目についての論文で有名な学者、だったかな」

「良く知ってるね。そう、この僕こそメグ・ファウナ! 宇宙生物の第一人者さ!」

『でもバカみたいに密航での逮捕歴が多いし、度重なる脱獄で結構な金額の懸賞金がかけられてますね。まあ、さすがに生け捕り限定ですけど』

「チッ」

「頼むからやるなよ」


 ベルが舌打ちした。

 その意味を知るよしもないメグ・ファウナは何の舌打ちだったのかと首をかしげる。

 まさか生死問わずだった場合射殺されていたかもしれないとは思うまい。


「で、身分も割れたし、目的も話した。開放はしてくれるのかな?」


 と笑顔で言うが――もちろんそんなことはせず、オートマトンによる24時間監視体制でローエングリン2の独房へと放り込むことになった。

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