第149話 空間跳躍テスト

 キャリバーン号のブリッジに集合するいつもの5人。アニマは格納庫で新しくなったアロンダイトのほうでその感覚を確かめている最中である。

 すでに各艦はドッキング済み。エクスキャリバーンの状態にあるが、そのすべてをキャリバーン号のブリッジから管理することができる。


「武装の状況も全部確認できるのか……」

「全部ワンマンシップ化してあるからこそ、こちらで操作できるというものさ」

「でも最低


 と、シルルは言うが、キャリバーン号以外の艦に誰も乗っていないのはもったいない気もする。

 まあ。これからやろうとすることを考えれば、は最小限にしておくべきだろう。


「さて。最終確認だ。ここを過ぎると後戻りはできないぞ」

「今更ここで退くような人間いませんよ」


 ベルはそのまま自信のコンソールを操作し、ワープドライブを起動させる。

 起動後は座標の設定まで行い、残りの作業をシルルへと引き継ぐ。

 流石に出力調整までは専門外。そこはその道に精通した人間がやるべきである。

 マコはいつも通り操縦桿を握り、マリーは周辺状況の確認。シルルへ引継ぎを終えたベルは武装のチェックを行う。


「周辺宙域に敵性反応なし。霊素濃度も最終観測時点から大きく変化していません」

「各種武装、オートチェックでは問題なし。エネルギー供給システム、給弾システム、オールクリア」

「目標、最終確認。目標、ヴァフシュコロニー群周辺宙域。座標設定」


 周辺に障害物のないエリアの確認を始める。

 元々のキャリバーン号よりも大型化しているのだから、うっかりと今までのつもりで設定してしまうと――まあ、衝突事故が発生する可能性があるわけだが。


「よし、問題ない。ハイパースペース、開くよ」


 と、シルルが言った直後。

 通常のワープドライブよりも早くハイパースペースが開いた上に、その向こう側の景色が見えた。

 当然ブリッジは静まり返った。


 ――いくらなんでもこれはおかしいだろ。


 向こう側の景色がみえる、というか目の前の空間に向こう側の景色そのものが映し出されている。

 主観としては、そう。絵画を見ているかのようである。


「シルル、さん?」

「アッシュ、これはさすがの私も想定外だ」


 間違いなくハイパースペースが生成され、短縮されすぎた結果が今目の前で起きている現象なのだろう、というのは少し考えればわかる。

 だが、ここまで近くなるものなのか、という驚愕でブリッジは若干混乱している。


「とはいえ、やる事は変わらない。マコ、前進だ」

「あいよ。重力アンカー解除。微速前進」


 宇宙にあいた穴に進んでいくエクスキャリバーン。

 艦首部が穴に侵入し、その後も順調に進み、全身が空間を超える。


「……」


 全員、思わず沈黙する。

 困惑、考察、混乱。それぞれ理由は異なるが、どう言葉を口にするか、と他の人間の動向を伺って言葉を発そうとしないのは共通している。

 だが、シルルは呆けていた自分の頬を叩いて気を引き締めなおし、コンソールを操作する。


「座標確認は私がやる。マリー、ベル。君たちはネットに接続してあらゆる情報を集めて時間の確認だ」

「りょ、了解!」


 混乱しながらも各自コンソールを操作してシルルの指示を遂行する。

 その間、アッシュはこちらの想定通りに事が進んでいるという前提で、ミスター・ノウレッジへとメッセージを送る。

 返信は、早かった。

 それとほぼ同じタイミングでマリーとベルが情報収集を終える。


「現在時刻、体感時間との誤差なし」

「それじゃあ、本当に……」

「位置情報も確認した。目標から距離5000。指定した座標との誤差0.1パーセント未満だ」

「ミスターとの連絡もついた。間違いなく、同じ時代の同じ宇宙だ」


 それが確認できたところで、改めて自分たちがとんでもない事をしてしまったのだと理解して――笑った。

 理解した。理解できた。だが、脳の中にある引き出しを探しても適切な感情が出てこない結果、そういう表情を作るしかなかったのだ。


「何光年飛ばしたんだよこれ!」

「そもそもハイパースペースの距離ゼロとかあり得るんですか?」

「起きたんだからあり得たんだろうさ! まったく、なんてことを……!」

「そういう割にはシリル、嬉しそうじゃん」

「うれしいに決まってるだろう! こんな面白い現象、考察も研究も、し甲斐しかないね!」


 中でも、シルルのテンションが異様に高い。今にも高笑いを始めそうな雰囲気がある。

 こういうとき、自分よりもテンションのおかしい人間がすぐそばにいると、自然と落ち着いてくる。

 そして気付くのだ。


「――本来の目的忘れてないか?」


 我に返ったアッシュがそれに気づく。


「マコ、進路をコロニー群へ」

「了解――って、待った。この艦でいくの?」


 マコのその一言で全員が我に返った。

 ブリッジのレイアウトがキャリバーン号と一切変わらない為勘違いしていたが、現在は全長1キロを超える大型艦。横幅も相応の大きくなり、各コロニーへの入港が困難になっている。

 まず、横幅がどうみたってゲートを通らない。

 加えてこんなにガッチガチに武装した艦艇が近づけば、間違いなく警戒される。


「と、なれば正々堂々交渉、ですよね」


 マリーがコンソールを操作し、コロニー群の入港管理局と通信を繋ぐ。


「どうぞ」

「仕事が早くて助かる。こちら『燃える灰』。ヴァフシュ入港管理局、応答願う」

『こちらヴァフシュ入港管理局。海賊『燃える灰』が何用か』


 流石に警戒されている。『燃える灰』の名前は有名であり、多くの場合は好意的に受け入れられるが――所詮は海賊。海賊が直接通信を繋いでくる、という時は大抵なにかしらの要求である。

 あるいは、このコロニーにも何か後ろめたいものがあるのかもしれない。

 アッシュはメインスクリーンに映る管理局の担当者にバレないよう、足元にいるオートマトンに指示を出し、シルルへとメッセージを送る。

 メッセージを受け取ったシルルはそれを理解し、早速行動に移る。


「正規の取引だ。こちらの艦は大きさの関係でいずれのコロニーにも入港できない。今からそちらに転送する資材をコンテナでこちらに送ってもらい、丸ごと買い取りたい」

『一応は確認したい』

「ああ」


 指でベルに指示を出し、無言であらかじめ用意していたリストを管理局側に転送する。


『……なるほど。このリストにある大半のものは提供できる。見積としては、そうだな。こうなるが』

「まあ、相場価格って感じか。それで構わない。そちらからは、こちらの位置が見えているか?」

『もちろんだ。その位置から動かないのであれば、コンテナを寄越そう』

「では取引成立だ。前金として半額を今そちらに振り込んだ。残りは物資が到着してからだ」

『了解した』


 淡々としたやり取りで、通信が終わる。

 と、同時にシルルのほうの作業も終わった。


「で、どうだった」

「黒だね。真っ黒。といっても、全体が、という話じゃないから、アッシュの判断的にはどうなってところ」

「あの、シルル? 何の話ですか?」


 マリーだけでなく、マコも不思議そうな顔をしているが、ベルは何となく察しがついているようだ。


「ヴァフシュの隠しフォルダを盗み出してたのさ。『燃える灰』は海賊ではあるけれど、何の証拠もなく襲ったりはしない。それは周知されているはずだ。けれど、アッシュのとの応答の際の反応。どうも怪しかった」

「あ、なるほど。少なくとも担当者は何らかの不正あるいは犯罪に関わっている可能性が高かった、ということね」

「それで、シルルが知らべた結果、そう言う行為はあった、ということですか」

「そういうこと。で、どうするアッシュ」

「一応こっちにデータ回してく――いや、もう来てた。えっと……」


 シルルが抜き出した隠しフォルダ内のデータを確認するアッシュ。

 が、あまりの数に閲覧するのを諦めた。


「……後でちゃんと確認する。コンテナを受け取ったら帰るぞ」

「ま、受け取ってからいきなり攻撃ってのもちょっとアレだしね」

「違いない」

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