第148話 ドッキングテスト

 ――『燃える灰』の構成メンバーに、サンドラッドのまとめ役であるレジーナとアルヴの王女リーファを加えた8人の会議から1週間。

 丁度、新造艦が3隻完成する日である。

 明らかに異常な建造速度であるが、その代償は当然ある。

 具体的にいうと、作業に従事していたオートマトンとソリッドトルーパーの関節が摩耗しきった。

 当然補修用パーツは足りないので、全ての機体を修理することはできないが、そのあたりは取捨選択と優先順位をつけて修理を行っていくことでなんとかなる、はずである。


 ともかく。完成したローエングリン2隻とタンホイザーは、即座に性能テストを開始する。


『ドッキングテスト開始』

「キャリバーン、右舷コネクター展開。レーザー誘導開始」

「ローエングリン1、左舷コネクター展開。レーザー受信。ドッキングスタート」


 マコの操作するキャリバーン号に、ベルの操作するローエングリン1が少しずつ近づく。

 キャリバーン号の主翼付近にあるオス側コネクターとローエングリン1のメス側コネクターがレーザーで位置を確かめ合い、しっかりと組み合う。

 あとは密着すると同時に、2つの艦艇の間に通路が形成され、行き来が可能となる。


「続けて左舷コネクター展開。誘導開始」

『ローエングリン2、右舷コネクター展開。受信確認。いきます』


 アニマの操作するローエングリン2も、左右反転していること以外さきほどと全く同じ工程でキャリバーン号と接続。

 残るは、アッシュの操作するタンホイザーとのドッキングだけだ。


「艦首ユニット変形開始。同時にコネクター展開。レーザー誘導開始」

「よし、誘導受信した。行くぞ」


 キャリバーン号の艦種周辺が水平を維持したまま後ろ下がりながら上昇。

 先ほどまで艦首があった位置にはコネクターだけが存在し、そこめがけてタンホイザーが後退。艦後方にあるコネクターと接続され、ドッキング完了。


『チェックしよう』


 ドッキングテストをモニタリングしていたシルルがシースベースのコントロールルームから各艦の情報をチェックする。

 同時に、各艦からも接続の状態と、システムのリンクが正常に働いているかを確認する。


「ローエングリン1、問題なし」

『ローエングリン2、問題なし』

「タンホイザー、問題なし」

「キャリバーン、システムオールグリーン。ってことは」

『ああ。ドッキング完了。これがエクスキャリバーン――』


 エクスキャリバーン。それが、この4隻がドッキングした状態の、巨大戦艦の名前。

 いや、その戦闘力はすでに戦艦の枠を飛び出している。

 故にこの形態を、シルルはこう呼んでいる。


『――宇宙最強クラスの火力を誇る高機動戦闘要塞の誕生だ』


 そりゃあ陽電子砲――要するに反物質砲を2つも装備し、その上重力兵器まで搭載。

 全体至る場所にレーザー機銃を備え、ビーム砲の数も、ミサイル発射管の数も増えた。

 元々射角が広くとられていることもあり、が多ければ死角はほぼない。


「まあ、出来上がってから言うのもなんだけどさ。これ、完全に過剰火力だよな」

『そんなことはないさ。単独で大群を相手にするならば、まずはデカい一発をお見舞いするのが有効的だからね』

「まあ、そうなんだけどさ……」


 それならばタンホイザーに搭載されている重力衝撃砲だけでも十分である。

 けど、その理由を尋ねたところで多分返ってくる答えは決まっている。


 ――やりたかったからやった。


 それ以上でもそれ以下でもないだろう。

 勿論、やるべきことをやったうえで、やりたいことをやった、ということではあるのだろう。


「で、次は早速ワープか?」

『いいや。一旦ベースに戻ってくれ。打合せしたい』



 シースベースは元々廃コロニーである。それらをつなぎ合わせ、多少の改造を行って拠点化したのが現在の状態だ。

 この内部には当時使われていた街並みに多少の手を加えた都市が存在している。

 その都市の中に、アッシュやマコの家もあるが――今はそこは本題ではない。

 かつてのカジュアルレストランとして多くの住民の腹を満たしていたであろう場所に集まったキャリバーン号の一同。

 アッシュやマコも知らないうちに改造が施されて、おそらく全盛期よりも整った設備ですべて稼働可能状態であった。


「……いつ手を入れたんだ」

「まあまあ。料理好きのアストラル体がいてね。設備を改造させろって言ってきてね。まあ、私の独断で、というやつだ。それに、都市機能の回復は意味もある」

「アルヴとサンドラッドの人々のメンタルケア、ですか」

「ベルの言う通りでもある。ただ、復興作業に従事させる、というのはいいストレス発散にはなったよ」


 人間は何もせずいることすらストレスを感じることがある。

 ならば役割をあたえてやればいい。何かに従事するというのは、それだけでその間は他の事を考えずに済むし、適度な運動――まあ、この場合は労働になるが、ストレスの発散に、ガス抜きになる。


「で、なんでここに集めたんだ」

「今後の計画、というかリスクの問題だ」

「リスク、ねえ。それってやっぱ、時間まで越えちゃう可能性があるってこと?」

「いいや。それだけならまだいいんだ、マコ。いや、良くはないんだけど、それよりも悪い可能性もある」

「それは?」

「並行世界への転移だ」


 シルルがそう言った直後、その場にいた全員が固まった。

 恒星間航行がちょっとした旅行感覚でできる時代に、いきなりファンタジーか何かの世界の話をされても、といった感想が主だろう。

 ただ、アッシュだけは以前それに関する話を聞いていたからこそ、反応が若干違った。


「それは、お前の先祖がいたっていう世界とかの話か?」

「まあ、そうだね。実際、エアリアでは他の世界へと転移した記録だけはあるんだ。ただ、理論が滅茶苦茶で現代科学で再現しようとしてもできなくて、眉唾扱いされてたんだけど……まあ、身内がそれに関わってると、あながち否定しきれないというか」


 ははは、と乾いた笑いで遠い目をするシルル。


「まあ、細かいことはおいておくけど、その理論によれば一定以上の空間制御しようとする力が時空や次元にすら穴をあけてしまう、らしい」

『本当に眉唾ですね』

「待ってください。それって結局――」

「……正直、マリーが一番最初に気付くとはちょっと意外だった。いつも説明される側だし。その通り。やってることは、ワープドライブと同じだ。つまり――」


 やろうと思えば並行世界にも行ける、ということである。

 ただ通常の手段ではエネルギーが足りず、そこまでの穴は開くことがない。

 ただ、エクスキャリバーンに搭載されている縮退炉のエネルギーは、それが可能なほどである。


「以前、キャリバーンでタイムスリップした時ですら、縮退炉は想定最大主力のナインゼロ0.000000009パーセント未満だ。エクスキャリバーンのワープドライブはこの縮退炉をエネルギー源として使うもの。万が一が起こる可能性を否定しきれない」

「とはいえ、実機で試すしかないんだろ。だったら、プラスに考えようぜ」


 と、アッシュはにやりと笑って言ってのけた。


『プラス、とは?』

「人類初の大偉業。宇宙の距離を縮めるワープドライブ。下手をすれば一生次元のはざまをさまようかもしれない危険な実験に挑むクルーが俺達だ」

「なるほど。そういう考え方もできますね」

「アッシュさん」

「ん?」


 マリーがまっすぐアッシュを見つめてくる。


「わたくしも、行きます」

「できれば、今回は残ってて欲しいんだけどな……」


 現状のプランのままならば、マリーはまだ名前のない惑星の女王になる予定の人間だ。

 そんな人間を危険な事件に突き合わせる事は、出来れば避けたいのだが――マリーは譲る気が一切ない、と眼で訴えてきている。


「いや、いやいや。駄目だ。流石に今回ばかりは――」


 と、シルルが止めようとするがそんなシルルをベルとマコが羽交い絞めにして制する。


「はいはい。かわいい子には旅をさせろっていうじゃん。少しくらい危ない橋は渡った方が人生経験だって」

「マコさんの言う通り。何かあってもわたし達もいるじゃないですか」

「しかし、だ。マリーの今の立場だとな……!」

『でも、マリーさんの意思は固いようですよ?』

「諦めろ、シルル。俺達が不在の間レジーナとリーファ王女に統率してもらえば大丈夫だろう」

「……まったく、みんなマリーの味方、か」


 やれやれ、とシルルも折れた。


「実験決行は2時間後。キャリバーンのブリッジに集合だ」


 アッシュの言葉に、その場にいる全員が頷いて答えた。

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