第147話 考える時間

 いろいろと状況が目まぐるしく変わる中、新造艦の建造は急ピッチで行われていた。

 特に、オートマトンのままではどうしても時間がかかる作業もあったが、それをネオベガスからどさくさ紛れに頂戴したソリッドトルーパーを使うことで大幅に改善した。

 勿論、それを操っているのはアストラル体であるし、ソリッドトルーパーではできない細かな仕事はやはりオートマトンに入って行う事になるが。

 その様子を表示しながら、会議は進む。


「彼等には不眠不休……ん? アストラル体って寝るのか?」

『食事も睡眠も必要ありませんけど、休憩しないと疲れますね』

「まあ、とにかくほとんど休みもなく動いてもらっている。勿論、限界が来る前に休むようには言ってあるが。このペースだとあと1週間、ってところか」

「早ッ!?」


 とんでもない生産速度に思わず叫んだリーファに視線が集中する。

 その視線が恥ずかしくなったのか、リーファは頬を染めながら咳払いをして話を続けるように促した。

 とはいえ、彼女が驚くのは当然のことで、通常戦艦クラスの艦艇を製造するのには1カ月以上かかるものだ。

 それがたった1週間で3隻同時に建造できるとなると、驚異的というしかない。


「で、ここからがある意味今後にとっては最も重要な事になるのだけれど」

「この惑星について、だろう?」


 アッシュの言葉に、シルルは頷いた。

 それは、非常に重要なことである。

 何せこの惑星の発見者は自分達だ。当然、命名権がある。

 だが問題は、この惑星が誰のものか、という話である。

 サンドラッドからの避難民はここに定住したいだろうし、横からきた第三者に掻っ攫われるなんてことは避けたいところだ。


「残念ながら、シースベースは大気圏内への降下を想定した構造をしていない。つまり、移民用の艦艇としては扱われない」

「ま、元々廃コロニーの継ぎはぎだしね」

「なので、候補としてあがるのはフロンティア号による入植だけど……」

『フロンティア号の改修状況についての報告はボクが。先に結論を言うと、フロンティア号は現状のままでは大気圏への降下はできません。多少の改修さえすれば降下くらいはできますが、正直全体的にガタが来ているので艦艇として運用し続けるのは難しいかと。というか、艦艇としての運用ならば修理より新造した方がマシなレベルです』


 と、アニマが他のアストラル体から受けた報告を伝える。

 ふむ、と考え込むシルル。

 そしてそれも当然か、と納得する。元々動くかどうかも怪しい状態であったのが一時的とはいえ動いていたのだ。奇跡と言っていい。

 その奇跡も、終わってしまえば残るのは鉄の化石。すでにサンドラッドの人々の命を繋ぐという役割は全うし、ただ佇むのみである。


「移民団――いや、この場合は移民船の概念の話なんだけど、艦艇として機能しなくなるフロンティア号ではそれに当てはまらない。現在我々が所有してるエンペラーペンギン号も、移民船としての機能を有していない為アウト。つまり、絶対不変のルールである、最初に到着した移民団がその惑星を占有する、というのは成立しないんだよね、これが」


 現状、これがネックとなっている。

 未発見惑星に到達した移民船がその惑星に定住する権利を得る、つまりその惑星の所有権を得るというルールが、今の彼等の状況では適応されない。

 つまり、ただ惑星を発見し、命名する権利だけがある、という状況なのだ。


「それの何が問題なのですか、シルル」

「いやいや。問題も問題。現状、この惑星の位置を知っているのは私達とミスター・ノウレッジだけ。けど、何かの間違いでこの情報が洩れたら、非常に拙い」

「……ハイパースペースまで追ってきてたやつ、ですね」

「ベルの言う通り、あの時の追跡者の目的がGプレッシャーライフル、ひいては今後も開発可能な重力兵器だとするのならば、確実に攻撃される。何せこっちは海賊だ。あちらがどこかの軍隊だったら、討たれたって文句が言えないんだよ」

「つまり、攻撃されない立場が必要、という話なのですね」


 そう言ってマリーは納得し、リーファもなるほど、と頷く。

 現状安全な状況であるのは、あくまでも周囲に知られていないから、というだけの話で、見つかればその時点でアウト。

 どこかの正規軍であろうと、ウロボロスネストであろうと、それは変わらない。

 特に、重力兵器を狙っているとすれば、アッシュ達がこの場にとどまっている時点でこの惑星を中心とした大規模戦闘が始まってしまう可能性が高い。

 そうでなくても、所有者のはっきりしていない惑星など資源を取り放題なのだから、狙われて当然だ。


「というわけでマリー。マルグリットに?」

「……え?」


 突然そんなことを言われたマリーはきょとんとした顔をする。

 が、周りはそうではない。


「ああ。なるほど。その手があったか」

「ちょっと、アッシュさん?」

「確かに、立場としてはこれ以上にないね」

「マコさんも、何を……」

「ですが、そうなると後ろ盾というのも必要になるのではないですか?」

「ベルさんまで?! ちょっと、わたくしだけ置いてけぼりなのですけれど?!」

『確かにボク達の中で誰が適任かといわれるとマリーさんですね』

『彼女はラウンドの王女、だったか。なら文句はなかろう』

「後ろ盾ならばワタクシがなれます」


 自分が理解する前に外堀が埋まっていく。そんな状況に若干の恐怖を感じ、マリーは涙目になりながらシルルに縋るような視線を向ける。

 そして、シルルの表情を見て、マリーもすべてを悟る。


「……まさか、この惑星を惑星国家にするつもりですか?!」


 この惑星に建国する。

 そうする事によってこの惑星の所有者が誰であるかを明言し、同時に他の惑星からの不用意な侵攻も予防することができる。

 確かに、それならばどこかの正規軍は動きにくくはなる。

 加えて、惑星国家であるのならば惑星連盟への加入と、その支援を受ける事もできる。

 そう考えればこの未開惑星に国を作るというのは、疲れ果てたサンドラッドの人々の為にも悪くない案である。


「それしかないだろう。国家設立を宣言するには、それ相応の立場の人間がやる必要がある」

「アッシュさん……」

「それに、影響力ってのも大切だ。自分の惑星ほしの最新兵器を奪った王女。それが建国を宣言するんだ。インパクトは絶大だろうさ」

「それに加えて行方不明になっていたワタクシがその国家を認可する、となればさらに注目度は高くなり、正規の軍隊は動かしづらくなりますね」

「何より、惑星連盟に加入するには、最低でもどこかの惑星国家か、1つ以上の惑星の国際連合による認可が必要だ。リーファ王女に協力してもらえるのはありがたい」


 国家の指導者たる者。国民。他の惑星による後ろ盾と認可。

 そのすべての条件がそろっている。


「ですが……わたくし、自信がありません」

「そこなんだよなあ……」


 と、シルルがさっきまでの勢いが嘘みたいに落ち着いてしまい、テンションが下がり切ってしまった。


「これ、問題があってね。国家樹立宣言をすると当然この座標を公表する事になる。で、そうなればさっきも言ったように重力兵器を狙った連中が攻めてくる可能性が高い。惑星の利権を奪わんとする連中もね。けれど、現状こちらの戦力といえば――」

「シースベースと、そのベイエリアに接続されている艦艇、そしていくらかのソリッドトルーパー。タリスマン達の戦闘力もバカにはできないが、艦砲射撃とかされたらまあ勝てないよね」

「ようするに、万が一が起きた時に、戦力が足りないってこと、ですね」

「その通り。困ったもんだね、全く」


 仮に建国宣言をしたところで、侵略目的の相手が来れば、惑星全域を守り切れるだけの戦力を持っていない現状で対処する方法はない。

 局所的には守り切れても、圧倒的な戦力には勝てない。


「ならば、先にアルヴに連絡を取ればよいではないですか」


 と、リーファが告げる。


「しかし、王女。惑星全域をカバーするだけの戦力となると、アルヴ側には多大な負担をかけてしまいます」

「隠し戦力、というものがあります。そちらをこちらに回せば、相応に」

「しかし……片道2カ月。かつ集団で移動する訳にもいかない以上……」

「しかし、それでもアルヴは『燃える灰』に多大な恩があります。加えてワタクシの言葉を無碍にするような不心得者はいないでしょう」

「だがそれでも心もとないね……」


 と、マコが呟く。実際、アルヴの戦力が加わるのはありがたいが、それでも惑星1つを守り切れるか、というと疑問符がつく。


「……2カ月あるんだよな?」

「アッシュ?」

「ならその間に3隻を完成させ、試運転も兼ねて各地で資材を調達。それを使って即座に戦力を補充する。これでどうだ?」

「……そうか。防衛戦力ならば別に艦艇に拘らなくてもいいのか」


 何かを思いついて、シルルは不敵に笑う。

 こうなると、落ち着いていたテンションに火がつく。

 何やらぶつぶつと言いながら自身の端末を操作していく。おそらく、防衛戦力の要となる兵器の設計に入っているのだろう。


「あとはシルルに任せて大丈夫だろう。とりあえず解散。あと、建国関係の話の最終決定はマリーに任せる」

「ええっ!?」

「責任重大、って訳じゃないよ。アッシュもそういうつもりで言ってないし」

「マリーさんに多大な負担をかけているのはわたし達も理解してますから、マリーさんがやらないと言えば、誰も非難はしませんよ」


 マコとベルにそう言われ、マリーは胸をなでおろす。

 とはいえ、この話は自分達にとっても大きな変化をもたらすものである。

 気にするなと言われても、それは無理だろう。


「……少し時間を頂けますか」

「マリー様……」

「ああ。こっちはこっちで、他のプランも練る。ベル、アニマ。手伝ってくれ」

『了解です』

「では、ハーブティーと甘いものを用意しますね。勿論、マリーさんにも」


 少し、冷静になる必要がある。衝動的に決断を下していいような話でもない。

 だからこそ、マリーには考える時間が必要だ。

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