第110話 依頼変更

 結局、6人全員そろってサンドラッドへと降下する事になり、その準備のためにシースベースから物資を運びこむ。

 主な搬入物は弾薬類。これに関しては今のシースベースには必要ないので、取り出し放題。

 流石にミサイル類は取りすぎることはできないが、ソリッドトルーパー用の弾丸および銃器類はキャリバーン号でしか使うことはないだろう。

 作業は滞りなく進み、いつもの5人はブリッジの定位置に。いつものはいないアニマは、アッシュのシートの後ろに控え、出立の為の最終確認を行っている。


「全オートマトン、シースベースに移乗確認しました」

「……」

「ベル、各自には患者に何かあればすぐに通信を送るようにと言ってあるんだ。そこまで心配そうな顔をしなくても大丈夫さ」


 患者の事が気がかりなベルの様子を察したアッシュの言葉に、ベルは黙ってうなずいた。


「さらば、私のホワイト労働環境……」


 一方、そのすぐ傍で、天に祈るかのようなポーズをとってこれから待つであろう過酷な労働環境を嘆くシルルがいるので、せっかくのいい雰囲気で終わりそうだったのに、わりと台無し気味である。


「仕事が終わったらしばらく休みにするぞ……」

「お、マジで?」


 マコがアッシュの言葉に食いつく。


「休み、とはどういうことです?」

「マリー。考えても見てくれ。キャリバーン号の強奪から始まって、ウィンダムで都市ひとつぶっ壊す大騒動。レイスでは鉱山ひとつ崩落させて巨大兵器とドンパチやって、エアリアでも派手な戦闘。しかもその直後にアルヴに現れたとかどう考えても悪目立ちするだろ?」

「あっ……」


 流石にマリーもすべてを察した。

 特に、惑星エアリアで行動を目撃されている直後に惑星アルヴに出現しているというのは距離的なものを考えてもおかしい。

 かつ実際には過去へ飛ばされていたのだ、なんて知られた日にはどんなことになるか。


「それに、手に入れた力の事もよく知らないと、だろ。シルル」

「ん? ああそうだね。私達が空間跳躍を行った際に過去へ飛ばされたのは、縮退炉の影響だとみて間違いない。その原因がわからなければ怖くて使えないからね。今回はたまたま近い過去に飛ばされるだったかもしれないし」

「いやいや。だけ、って。過去に飛ばされるのも大概でしょうに」

「ハイパースペースとこっちのはざまに飛ばされて脱出不能、とか別の次元に飛ばされる、とか。あるいはとんでもなく遠い過去か未来に飛ばされる。そういう可能性もないわけじゃあないさ」

「うっ……考えたくないなあ」


 どのパターンも考えたくない、とマコは引きつった顔をする。

 それが面白かったのか、シルルがからかおうと何か言いかけたタイミングで、通信機が何かを受信した。

 現在のキャリバーン号の通信機はあらゆる周波数帯の通信を傍受できるようにと設定されている為、受信したものがどういうものかを逆探知してその出所を確認してから回線を開くようにしている。


「どこからですか?」

管理組合ギルドですね。回線、開きますか?』

「ああ。やってくれ」


 アニマが頷き、通信回線を開く。


管理組合ギルドのほうから連絡をとってくるのは珍しいですね」

『噂のキャリバーン号――『燃える灰』が受けてくださるのならば、こちらから連絡をしない訳にもいきませんので。それに、大変言いづらいことではあるのですが、依頼内容の変更もありますので』


 キャリバーン号の発信準備が進む中、突然入ってきた依頼内容の変更。

 依頼内容の変更がある、ということ自体は珍しくないが、それをわざわざ通信回線を開いてまでも言ってくる、ということが引っかかる。

 実際、アッシュだけでなく管理組合ギルドとの付き合いが長かったベルも、この状況に違和感を感じざるを得ないようで、警戒を強める。


「それで、依頼の内容変更ってのは?」

『住民の救出も付け加えさせていただきたいのです』

「……それだけじゃあないな」

『はい。討伐対象もサメカラス及びその変異種に変更です』

「変異種……?」


 疑問符を浮かべたのはマリーではなくシルルであった。

 というか、マリーに関しては何がなんだかわからないといった感じであり、疑問符を浮かべる以前の問題という感じだ。


「なるほど。了解だ。で、変更後依頼を受けたのは何組くらいいる?」

『いまのところはゼロです』

「だろうな。サメカラスの変異種なんて、知ってて向かうヤツはよっぽどのバカかなんかだ」

『では、やはり――』


 相手の声に落胆の色が見える。

 実際話の流れは断る感じではあるが、ブリッジの雰囲気はそうではない。

 全員が全員、アッシュのほうを見て目で訴えている。

 無論、アッシュとてそのつもりだ。


「いいや。受ける。ただし、1頭辺りの討伐報酬は2倍。変異種は通常種の3倍。救出人数1人につき5000万。これでどうだ」

『それは……』

「流石に危険度が違う。元々危険度に対して安値で出してたんだ。討伐報酬のほうは流石に譲歩できない」

『ええ。それは、飲ませていただきます』


 この発言に反応したのはベルであった。

 が、会話の腰を折らないように言葉は発することはなかった。


『救出人数といっても、かなりの数の住民が危険にさらされている状況でして、最低でも数十万人は……』

「ああ。流石にそれは破綻するな。どこまでなら出せる?」

『1人につき100万なら』

「ずいぶんと下げられたな……けど、まあ仕方ない。それでいこう」

『ありがとうございます。では、ご武運を』


 通信が切れ、途端にアッシュがため息をついてシートに全体重を投げ出す。


「交渉お疲れさん。しかし、見事なまでに厄ネタ拾ったねえ」

「茶化すなマコ。正直もうちょっと吹っ掛けてもよかったけど、あの時点では依頼主の情報がわからなかったからな」

「あの、依頼主ってたしか伏せられていたような?」


 元々の依頼では依頼主は伏せられていた。

 なので依頼主についての情報などどこにもなかった、とマリーは記憶しているが、先ほどの交渉の中の言葉に、依頼主に関するヒントが存在してた。


「マリーさん。この依頼は国家が秘密裏に行ったものか、管理組合が直轄で管理している依頼ですよ」

「なんでそんなことが判るんですか?」

「アッシュさんが討伐報酬に関しての条件を出したとき、素直に飲むと言ったのは、資金に余裕がない依頼人が個人や市町村のような経済規模の小さい集落では金額的にありえない。あり得るとしたら、それだけの金額を支払える経済力を持った団体ということになるんです」

「つまりそれが、国家か管理組合ギルド、ということですか」


 特に、管理組合ギルドは全宇宙中から手数料を徴収しており、相当な資金力を持っている。

 故に、管理組合ギルド由来の仕事というのも存在している。

 今回のこれもその系統の依頼、というわけである。


「で、アッシュ。気になる単語が出たんだが、変異種とはどういうことだい?」

『変異種についての記録は、シースベースに存在していました』


 アニマがメインスクリーンにサメカラスの生態に関する資料を表示させる。

 そこには変異種についての情報が記載されていた。もちろん、画像付きで。


「変異種ってのはな、文字通りサメカラスの中から発生する環境適応した種のことだ。こいつがいるだけで、その群れの危険度が跳ね上がる。この画像の個体は、とある惑星の北極で発見された個体だ。飛行能力は失ったが、その代わりに分厚い氷を砕き、並みの生物なら一瞬で凍り付くような海を自由自在に泳ぎ回る」

「突然変異か……」

「しかもこれをわずか1世代――つまり、子どもが生まれればそれが変異種になっているということだ」

「……なんだって?」


 あり得ない話に、シルルが珍しく驚いた顔をしている。

 それはつまり、何世代どころか何十、何百と世代を重ねて行われる進化を、たった1世代で行ってしまうということ。

 生物としてはありえないほどの環境適応能力。


「覚悟しろよ。環境に適応した変異種ってだけならいいが……」

「そもそもサメカラスが定住していることが不自然だ、って言ってましたよね」

「ああ。だから、マジモンの怪獣みたいなのが出てくるかもしれねえ」


 そんなまさか、と一度は笑う一同。だが、直後にその可能性が否定しきれないと思いなおし、顔を引きつらせる。


「さあ。仕事の時間だ。シルル。悪いが、各機の修復を急いでくれえるか」

「だね。まあ、作業用の無人のオートマトンは残ってるし、なんとなるか……って、対象のクラレントが格納庫にないけど?」

「……忘れてたわ」

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