第109話 集合
惑星サンドラッドの衛星軌道上――からはかなり離れた位置のアステロイドベルトの中に、シースベースはワープアウトする。
巨大な人工物であるシースベースを隠すためのポイントのひとつでもあるそこへとやってきたのは当然、サンドラッドでの仕事をこなすためと、スペースコロニー規模の物体を惑星の衛星軌道上に転移させるわけにもいかないからだ。
「……で、誰が降りる?」
マコがシースベースの食堂で切り出す。
未だ身動きもとれない5万人を抱えたままのシースベースを無人にするのは避けたい。
つまり今回も誰かが居残りしたほうがいい、という話なのだが――。
「まずサメカラスに詳しいアッシュは確定。でしょ?」
「俺としちゃ、操舵にマコ、お前が欲しい。奴等の群れに囲まれたらオートじゃ間に合わなくなるだろうし」
「やだ、プロポーズみたい」
「そういう意味じゃねえよ」
「知ってる」
じゃれ合う2人に飽きれた様子のシルルとマリーが顔を見合わせるなり、深いため息をつく。
「話、進めましょうよ。もたもたしていると、先を越されますよ?」
「マリーの言う通りだ、アッシュ、マコ。ようするに必要となるのは、目標に対する知識。囲まれても対処しきれる操舵技術。実際にサメカラスを駆除する戦力。でいいんだね?」
「ああ。で、知識は俺。操舵はマコ。あとは駆除するための戦力だが――」
ベルは、あまり連れて行きたくない。
受け入れている患者に何か動きがあるかもしれない、というのがひとつ。もうひとつは単純に疲労度の問題である。
サメカラスはまごうことなき肉食の大型生物で、人間も捕食対象になる。
そして奴等は、長い年月をかけて種として、狩りやすい獲物――人間が多くいる場所を理解している。
艦船だろうと装甲をついばみ中にいる人間を食い、ソリッドトルーパーに乗っていようともコクピットに食らいついて装甲ごと中身を食う。
気絶も同然の眠り方をするほどに疲労を蓄積させた人間を機体に乗せてそんな生物の前に出すのは、死んで来いと言っているようなものである。
かといって、アロンダイトはまだ使えない。
ウィンダムから持ってきた原型機たるクレストがそのまま残っており、そこからパーツを流用することで大幅に作業を短縮できる。
が、作業時間というものがあるし、パーツの調整も考えれば、今すぐに完成するとは思えない。
アニマが入ってしまえば調整などしなくていいようにも思えるが、当の本人曰く、機体の調整がされていないと動きにくい、とのこと。
「……ちょっといいかい、アッシュ」
「なんだシルル」
「今、すぐに動ける機体ってフロレントとモルガナくらいじゃないか?」
「そうだな。クラレントも
「それに関してはアッシュが無茶をさせた影響でもあるね。で、そうなるとそれを使えるベルか私は確定になるだろう?」
「そうだな」
「で、仮にマリーをベースに残すにしたって、ベルと私がキャリバーンでサンドラッドに降りても、彼女だけじゃあ5万人の面倒なんて見切れないだろう?」
「ああ」
「だったらいっそもう全員で行けばいいんじゃないかな?」
しばしの沈黙。
「それもそうか」
「いままでの会話全部無駄になったけど!?」
流石に黙っていられなかったマコのツッコミが木霊する。
今までやっていたメンバー選定はなんだったのか。
シースベースに誰を残すかという話をしていたのではなかったのか、と。
「まあ無責任にそんなこと言ったわけじゃないぞ、俺も。これ見ろよ。5万人分の現在のバイタルデータ」
各自の携帯端末に、今までベルが記録していた各患者の健康状態を数値化したものを転送する。
勿論、ただ数値化するだけでは意味がなく、ベルによる備考なども書き込まれており、カルテとしてはどうか、と思えるが素人が見ても解りやすい記録となっている。
「患者は個人差こそあれ、回復傾向。体内に残った薬物の影響も中和薬の効果もあって、あとは目覚めるのを待つだけ、という段階らしい」
「そんなのよく判断できるね、ベル」
「それだけ丁寧に向き合っていたんですよ。ベルさんは」
「だね。マリーもお疲れさん」
マコがマリーの頭をわしゃわしゃとなでる。
撫でる手が離れると、不満げに乱れた髪を直す。
『ベルさん、起きました』
「すいません、わたしとしたことが……」
「いや、君は恥じるようなことは何もしてないさ」
シルルの言葉に、アッシュとマコは頷く。勿論傍でその仕事を見てきたマリーも同様だ。
「いえ、そうではなく。自分の体調を顧みず倒れるなど……」
「あ、そっち。そっちは確かにちょっと気にしてほしいね」
「マコの言う通りではあるが、それを外に出て行った私達がどうこう言えることではないね」
『身体は大事にしてくださいね?』
「お、おう……」
「……気を付けます」
生身の肉体を持たないアニマに言われると、妙に説得力があるというか。一種のブラックジョークのような気もする。
アッシュは若干引き、言われたベルも反応に困ったのか当たり障りのない返事をする。
「で、メインメンバー全員が揃ったし、ベルに関しては初耳だろうから改めて状況と仕事の確認だ」
「アタシ達の現在位置は惑星サンドラッドに近い小惑星帯」
「理由は
アッシュとアニマがバツが悪そうに顔を逸らす。
「私がエアリアで回収してきたモルガナと、ベルのフロレントだけしかまともに動かせる機体がないんだ」
「え、クラレントとアロンダイトは?」
『すいません、壊しました』
「クラレントも機体は無事だが無茶もさせたし、いろいろと調整が必要でな……」
ははは、と笑うアッシュとアニマ。
クラレントに関しては調整が済めばすぐに動かせるが、アロンダイトに関してはどうしようもない。
というか、元々の所有者であるベルがアロンダイトの大破を聞いて複雑な表情をしている。
「というわけで戦力となるのはキャリバーンとフロレント、モルガナと――バトルドールに入ったアニマだけだ」
「なんで、いっそのこと全員で仕事にいこうか、と」
「どうしてそうなった?」
ベルが真顔でツッコんだ。
「いや、ですけど。5万人の面倒は……」
『グランパ、グランマ、ダッド、マム。それぞれの抱えるチームが役割分担して対処する、と本人たちがやる気になってます』
「それなら、まあ……」
と、ベルが納得しかけたところで、シルルがハッとして立ち上がる。
「ちょっと待ってくれ。それはつまり、2000人分のオートマトンが全部キャリバーン号から降りる、ということかい?」
『え、はい。そうですけど……?』
それを聞いた瞬間、今度は膝から崩れ落ちて頭を抱えるシルル。
突然の奇行にマリーがおろおろとするが、マコが肩を叩いて落ち着かせる。
一方、アッシュはその理由を理解できているのか、わざとらしく手元にある空のカップに口を付けながら立ち上がってキッチンのほうへと逃げるように移動。
アニマもアッシュについてキッチンへと避難した。
「クラレントの復旧とアロンダイトの修理! 加えてGプレッシャーライフルの調整!! 艦システムのチェックも、縮退炉の調査も全部私1人でやらなきゃじゃないか!!」
「機体の整備ならアタシ達でも手伝えるから、ね?」
「あそこのシステムは私とオートマトンたち用にいじくりまわしているから下手に触られたくないんだよッ! ああっ! あの快適な環境に慣れてた後でワンオペに戻るとかちょっと耐えられる自信がないッ!」
四つん這いになり、床を叩くシルルを、かわいそうなモノを見る目でマコ、マリー、ベルが見下ろす。
そんな様子をキッチンのほうから眺めるアッシュとアニマ。
「まあ、俺たちが負荷かけてるようなもんだもんなあ」
『そうですね……』
そのアニマの視線は、アッシュの手元のカップに向けられている。
より正確にはその中身に興味があるようだ。
「飲むか?」
『興味はありますが、故障するのでやめときます』
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