惑星サンドラッド

第108話 続く金欠

 シースベースのある宙域へ、キャリバーン号がワープアウトしてくる。

 それを確認したマリーは、急いでベルへ報告へ向かう。


「ベルさん! キャリバーン号が戻ってきました!!」

「それは本当ですか? ……やっと、戻ってきた」


 期間にして2週間と少し。その間、ほぼほぼ1人で5万人の患者を相手にしていたベルの身体的疲労は限界であった。

 オートマトンが大半の仕事を代替してくれ、マリーも手伝ってくれているとはいえそれでも相当数の仕事があり、それと並行して中和剤の調合もあった。

 これでよく持ったものである。

 というか、キャリバーン号が戻ってきたと聞いて、脱力したベルはそのまま倒れそうになり、マリーに支えられる。


「根を詰めすぎです。流石に過労死ライン越えてますよ」

「それはマリーさんも一緒でしょう」

「わたくしはちゃんと寝る時間があるました。けど、マリーさんはほとんど寝てないじゃないですか」

「それもそうですね……ですが、アッシュさん達に引き継ぐまでは……」

「それもわたくしがやりますから、一度ちゃんと寝てください!!」



「と、いうことがあったんです」


 マリーからキャリバーン号が到着してからのひと悶着を聞いて、さすがに無理をかけすぎたな、とアッシュは猛省する。

 下手をすればベルはそのまま過労死していただろう。

 流石にそのあたりは医者ではないにしろ医学の知識を持っている人間だ。限界のあたりは把握した上で無茶をしていたんだろうが――睡眠負債というのは溜まる。

 限界を迎えれば糸が切れた人形のように倒れ込み、泥のように眠ってしまう。

 今のベルはまさにそのような状態で、ベッドに寝かせつつもバイタルチェックを行っている。


「シルル。頼めるか」

「はいはい。時間旅行の次はワンオペとは、まったくここにいると飽きないよ」


 医療知識がないとはいえ、オートマトンへの指示出しはベルよりもシルルのほうが優れている。

 中にレイス人が入っていないものならば、なおのことシルルの出番である。

 早速携帯端末から、シースベースの中にいるあらゆるオートマトンへ指示を出し、そこから返ってくる情報を参照にさらに指示を与えていく。


「とりあえず詳しい話はベルが復活してからだな。それに――シースベースも場所を移さないとな」

「あと、これなんですけど……」


 マリーが紙の束をアッシュに差し出す。

 なんで紙の束なんだろうか、と疑問符を浮かべたアッシュであるが、それを一目見て顔を青くした。


「どうしたのさ、アッシュ」

「マコォォォォ!!」


 叫びをあげながらマコに掴みかかるアッシュ。


「これは、どういう、ことだ!!」

「え、えっと……飲食、費……かな?」


 ずらっと並んだ飲食店および酒場からの請求。その金額がとんでもない額になっており、そもそもエアリアとアルヴへと向かうことになった原因が資金難であるのに、使い込んでいることがここでバレた、というわけだ。


『だから言ったじゃないですか。現金じゃなくていいのか、って』

「いや、だって途中から明らかに足りなくなったから引き落としで……」

「アニマも止めろ! ……いや、すまん。無理だろうな」

「うわ、それアタシへの信用ないんじゃない?」

「逆に信用されてませんか、それ」


 マリーが急に刺してきた。

 流石にマコもそれには堪えたようで、請求書から視線をそらしてバツが悪そうにしている。


「どうすんだよコレ。いや、まだ余裕はあるはずだ。はずなんだけどさ! 本格的に資金調達しないとマジでこの先詰むぞ」


 頭の痛い話である。

 資金難の状態は変わらず、それなのに惑星アルヴでは携行銃器と比較にならないほど高価なマルチプルランチャー用の弾薬を消費。

 おまけにアロンダイトは大破したせいでその修復にどうしても物資が必要となる、という大量失費が確約されている状態だ。

 加えて。惑星エアリアでもキャリバーン号に相当な無理をさせてしまっており、システム面のメンテナンスが必至。クラレントもGプレッシャーライフルを使用した影響で修理および各部のアップデートが急務となっている。


 まあ、つまりは――めっちゃ金がいる。


「資金繰り、どうするよ」

「ミスター・ノウレッジに情報を売る、というのも手だね」

「マコさん?」

「はい、すいません……」


 マリーに睨まれ、マコは口をつぐむ。

 言っていることは確かにそうなのだが、資金を使い込んだ本人がいう事じゃあない。

 ついでに言うと、売れるような情報がない。

 より正確には、売り渡していい情報がない。

 しいて言うならば、ミスター・ノウレッジの邪魔をしていたのはウロボロスネストの関係者の仕業であった、ということか。


「アッシュさん。普段の『燃える灰』ならどんなことをして資金調達していたんですか?」

「普通にターゲットを絞って襲撃。本当はエンペラーペンギンでなんとかなるはずだったんだけど、まともな物資詰んでなかったからさ……」

「ん。ならこんなのはどうだい? 害獣駆除。実行してくれるならば報酬は出す、って書いてあるよ」


 シルルがオートマトンに指示を出す傍ら、管理組合ギルドにアクセスし、手頃な依頼を探し出していた。

 害獣駆除。確かにそれだけ聞けば安全なように思える。何せこちらはソリッドトルーパーがあるのだ。

 大型害獣なんて問題ではない。


「へえ。で、どこの惑星だ」

「依頼主は――惑星サンドラッド」

「砂漠だらけの惑星じゃないか。そんなところに害獣なんて……」

「討伐対象、サメカラスの群れ……」


 読み上げたシルルがフリーズした。

 勿論、聞かされている3人も同様だ。

 平均体長6メートルを超える一応は鳥類に分るされる巨大生物。

 それを駆除しろというのだが、それはもう害獣駆除ではない。怪獣退治だ。

 しかも群れである。


「危険手当もあるから相当な金額になってるよ。1頭あたり5000万。まあ、妥当な金額じゃないかな」


 宇宙船の外装すらぶち破れる頭部を持ったサメカラスの駆除。当然それは危険を伴うし、奴等は人間も食う。

 1頭で5000万Cクレジットでもまだ安いくらいだ。


「で、どうするの。受ける?」

「弾薬費と釣り合うなら……いや、しかし」

「ビームライフルを使うならばおいしい話だね。ま、ライフルのメンテナンスとかの問題はあるだろうけど……」


 群れ、という言葉がどれだけのものか気になるところであるが――どうもアッシュはその言葉が正確なものかどうか気になる。

 惑星サンドラッド。

 砂の惑星と言われるほど、水資源に乏しいその惑星でサメカラスのような大型生物が群れで生息できる環境がそうそうあるとは思えない。

 あり得るとするならば、水資源があり、野生生物も訪れるであろうオアシス。

 あるいはも存在する人間の生活圏のすぐそば。


「あの、なんでサメカラスがサンドラッドに?」


 マリーの疑問は尤もである。

 サメカラスは本来、惑星サバイブに生息する大型鳥類。惑星サンドラッドには本来棲息していない生物である。

 故に、所属する恒星系も違うような場所にいるとは思えないのだが――。


「アイツは渡りをするんだ。恒星間規模で。というか、アイツ等ワープドライブみたいなことができる」


 マリーの疑問にサバイブ出身のアッシュが答える。

 恒星間規模の渡り鳥というのも規模が大きいが、この宇宙には宇宙空間でも生存できる生物――宇宙生物も存在しているのだ。

 霊素を操りワープドライブの真似事をする生物の1種や2種くらいいてもおかしくはないだろう。

 が、あまりにも突飛な説明をされたことで、マリーは完全に呆けてしまった。


「マリー、口開いてる」

「はっ!?」


 シルルに指摘され、恥ずかしそうに口を隠すマリー。

 が、そのマリーに説明をしたアッシュが何か考え込む。

 アッシュ自身、サメカラスの生態については少しばかり他人より詳しい。

 それゆえに、疑問を感じる点があるのだ。


「どうしたのさ、アッシュ」

「いやな、アイツ等がそんな惑星に渡るかってな」

「……言われてみれば、そうかも」


 マコもアッシュほどではないが、知識はある。だからこそ、疑問符にも理解を示す。


「しかも討伐依頼が来るほどの被害を出してるなんてことあり得るか……?」

「ありえないね。普通、そういう惑星なら立ち寄ってもすぐに飛び立つはず」

「だとしたら、人為的に運ばれてきた個体群かもしれない」


 どうも、事件のニオイがする。


「よし、行こう。サンドラッド。資金繰りのついでだ!」

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