幕間

幕間 シュレディンガー・バトルシップ

 この私、シルル・リンベは実に奇妙な体験をした。

 縮退炉を用いた空間跳躍を試みた結果、空間だけではなく時間と空間の跳躍――端的表現するのならば、次元跳躍をやってしまった。

 そう、やってしまったのだ。


 が、それは不幸中の幸いであった。

 文字通りの次元の跳躍ならば、私達は並行世界へ転移してしまっていた可能性すらあったのだから――その場合のことは考えたくはない。


 実のところ、アッシュ達には黙っているが、縮退炉についてある程度の情報は得られている。

 あれは我々の手に余る。正直、可能であるのならば解体してしまいたい。

 確かに、単純な動力炉としては破格の性能を持っている。

 推定最大出力は、その状態を半永久的に維持できるとするならば、それだけで銀河系のエネルギー問題を解決できるほどの莫大なエネルギー量を出せるだけの動力炉。

 次元跳躍時するほどのエネルギーを発生させながらも、稼働ログを見るに発生したエネルギー量は最大出力の0.000000009ナインゼロパーセント未満。

 そんなものを迂闊に手放せるわけがない。もしそれを爆弾として使用すれば、銀河規模の被害で収まるかどうか……。

 そんなものを、キャリバーン号に搭載してしまった。

 すなわち、キャリバーン号は何があっても沈んではいけないということ。

 もし沈めば、その時にはキャリバーン号が銀河を滅ぼす特大の爆弾となるだろう。

 その重圧に、私は――彼等は耐えられるのだろうか。

 だったらあの時縮退炉を奪うなんてことを考えなければよかった、と後悔はしている。だが、そうしなかった場合はエアリアの空で私達は死んでいただろう。

 だから、後悔はしても、それを引きずりはしない。割り切れるはずだ。

 生きているのならば、どうにでもなる。


 しかし――次元跳躍。次元跳躍ねえ。

 アニマから送られてきた通信にもタイムラグが発生したのも、それに由来するトラブルでほぼ間違いないだろう。

 その時間軸に存在するキャリバーン号と、その時点から見て未来から転移してきたキャリバーン号という2つの存在が同時に存在してしまった結果、ハイパースペースにまで次元の歪みが発生し、本来到達すべき時間ではなく、タイムラグの中間地点に近いあのタイミングで私達に届いた。そう無理やり納得する事にした。勿論、調べられるのならば調べるべきだろうが。


 だが、意図的にはやりたくはない。同じ宇宙の過去の時間に跳躍するというのは、奇跡的な確率だ。

 それに一時的にとはいえエアリアとアルヴという2つの惑星に同時に存在する事になった私達がもし、行動していたらどんなことが起きていたのだろうか、という問題もある。


 仮に世界そのものに修正力というものがあるのだとすれば、私達のどちらか――あるいは、その両方がこの宇宙から消滅していたかもしれないし、同時に存在していたとしても問題がなかったかもしれない。

 可能性は50パーセント。誰もやったことがない、試したことがないから、どこまで行っても推論。

 少なくとも、観測者を当事者のみに限定する――つまり誰にも見つからないように隠れ潜み行動しないことで、確率の箱は現状維持と消滅という極端な二者択一の可能性を残したままの状態を保持できていたと思いたい。


 ――シュレディンガーの猫という思考実験を思い出す。

 あの時の私達はまさに、その状態。行動しないことで、誰にも観測されないことで確率を維持したままの状態で、時を待った。

 さて、その選択は正しかったのだろうか。


 あ、いや。待てよ。ちょっと怖いことに気付いたかもしれない。

 エーテルマシンの空間跳躍は、戦闘中の回避行動としても使用される。それも、比較的近距離間の跳躍が行われる。

 今回の次元跳躍のように過去に跳躍できる場合、ちょっとした問題が発生する。

 もしも、跳躍直前の自分の眼前に跳躍し、跳躍前の自分と衝突して跳躍が中断されたらどうなるか、だ。


 自分自身と衝突して中断されれば、その原因となった過去への跳躍はなくなる。

 だが跳躍が無くなったことで衝突することがなくなり、従来の予定通り跳躍が行われる事になる。

 以下、その繰り返し。解消されることのないこのパラドックスに囚われる事になれば――いや、その先は考えたくない。


 これに関しては過去に跳んだことががるキャリバーン号なら起こりうることだ。

 何とか制御できるようになればいいのだけれど――まあ、やってみるか。

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