第107話 帰路
キャリバーン号が惑星アルヴを飛び立つ。
格納庫では大破したアロンダイトの修復作業が行われ、回収した生体制御装置はそれまで回収したものと同じ区画へと運び込まれ、現在も徹底的な調査が行われている。
と、いっても調べる事は、素材となった人間との交信が可能である為、かなり順調で、そればかりか彼女等に現在の自分達の状態を知らせる事もでき、それに対する反応も返ってきている。
シルル曰く、アニマ同様に機械の身体を与えることで活動可能になる可能性もある、とのことだが――そこは彼女等が希望するかどうか、でる。
キャリバーン号のブリッジに、いつも通りの配置に座る各自。
いつもと違うのは、普段の身体であるアロンダイトが大破した状態のアニマが人形に入っていることと、いつもはマリーが座っている席に座っていることくらいか。
「で、なんで来るのが遅かったのさ」
『それはボクも気になってたんですよ。こちらに来ないにしても、なんらかの連絡を寄越してくれてもいいようなものなのに』
「それはね、ちょっとしたトラブルがあったのさ」
「ああ……信じられないかもしれないがな、俺達がメッセージを受け取ったのはついさっきだ」
「は? だってあれは……」
何日も前に送ったはずだ。超長距離通信であるとはいえ、ワープドライブを使った通信ならばそこまで遅れるなんてことはない。
なのに、ついさっき受け取った、というのはどういう意味なのか。
「ここからは推測になるから、まあそういう事も起きるよな、くらいの軽い気持ちで聞いてくれ」
「え、何。怖いんだけど」
「まず前提。我々は惑星エアリアでいろいろあった後、機械偽神から縮退炉を入手。アニマからのメッセージを受け取り、援護に向かうべく縮退炉を使用した空間跳躍に挑戦したわけだが――トラブルというのはここで起きた」
シルルがコンソールを操作して、メインスクリーンに表示する。
画像、ではなく時計。ただし、表示されている数字が異なる。
「これがトラブルさ」
「え、どういうこと?」
「数字の大きい方が俺達の経過時間だ」
「……は?」
『まだシースベースを離れて2週間も経ってませんよ? なのに……』
アッシュとシルルの経過時間を表す数字は、その倍に近い数値になっている。
「と、まあ空間跳躍をしたはずが、まさかのタイムスリップを経験した訳でね」
「いやいやいや。相対性理論はどうなってんのさ!」
「時が未来に進むと誰が決めたんだ?」
「キメ顔で何言ってんだ」
「アッシュはほっておくとして、たぶんだけど私達はアニマがメッセージを送ってきた当日に飛んでしまった。そしてそのタイミングでごくわずかな時間だけ存在した過去と未来を繋ぐ次元の穴を通じて、キャリバーン号にメッセージが届いてしまったんだろう」
『理解できるような、できないような……』
「私だって完全には理解できてない。けど、これによってある問題が発生する」
「……何となくわかる」
時間を逆行してしまったキャリバーン号Aと、惑星エアリアで行動中のキャリバーン号Bが同時に存在してしまう。
この時、キャリバーン号Aがもし表立った行動をしてしまうと、同じ存在であるキャリバーン号Bがエアリアに存在している事に対する矛盾が発生する。
ただ存在しているだけでも世界に対して矛盾を起こしているのだ。そんな状態で下手に行動なんてすればどんなことが起きるかわからない。
「俺達が動けば、その時点で矛盾を修正するために世界そのものが何らかの力が働く。だから、惑星エアリアでキャリバーン号が空間跳躍を行った時点より後にならないと行動を起こせなかった訳だ」
「とはいえ、仮説も仮説。多分だけど時間逆行なんてした人間は私とアッシュが初めてだろうからね」
シースベースへ向かうべく、通常のワープドライブを起動させる。
通常航行で3日で到達できる距離をワープドライブを使って移動するのだ。到着までは本当に、あっという間だろう。
「しっかしなんでタイムスリップなんて……」
「縮退炉を使ったからじゃないかなー。ま、原因がわかるまで空間跳躍はお預け。もしくは、正しく制御できるまで、かな」
◆
意識が戻るなり、激しい幻痛に襲われ悶絶する。
今回は全身に金属片が突き刺さり、焼け爛れ、全身が散り散りに吹き飛ぶような痛み。
それが一斉に襲ってくる。
叫ぶ声は籠り、暴れれば暴れるほど、視界が泡立つ。
「気が付いたか。ナイア」
ガラス1枚挟んだ向こう側にいる男が語り掛ける。
その瞬間。すべてを思い出した。
自分が今ここに居る理由。なぜ今回の幻痛がそんな内容だったかという理由も。
「貴様の失態に関しては何も言うまい。それ以上に、あの薬と短いながらもタイラント・インペラトルの稼働データは有益であった」
「……」
内側からガラスを殴り、開けるように外にいる男へと訴える。
と、男は肩をすくめ、あきれたように息を吐く。
「貴様の身体の再生は不完全だ。それに、アルヴから意識の転送を行ったのだから、身体への定着もまだ薄い。下手に動けば、二度と再生できなくなるぞ」
そう言われ、さすがのナイアも拳を下げる。
何より、殴りつけた手を見つめ、やたらと痛みを感じる原因を確かめる。
皮がなかった。
むき出しになった神経で直接殴れば、痛んで当然である。
ついでに、骨の強度も足りてなかったのか、指が変な方向に曲がってしまっている。
「言わんこっちゃない。しばらく再生カプセルで寝ていろ」
「……」
抗議しようにも、このまま再生が不完全な状態でカプセルから出ても仕方がない。
おとなしく引き下がり、目を閉じる。
が、その瞬間。前回の死の間際に見た、あの気色の悪い、いかにも作り物の顔を持つメイド服のイカれた女の、こちらを嘲笑うような笑みがフラッシュバックし、怒りで両手の拳をガラスへと叩きつけた。
「しかし、奴等はなんだ。偵察に出たバッシャーマを――しかも強襲用ブースターを装備した機体を振り切る艦船など聞いたことがない」
「……あずらえる」
「なんだ。リオン」
「ごめんなさい。リオンがいたずら、したから……」
「いや、構わない」
身の丈2メートルを超える巨漢が屈み、近寄ってきた少女の頭をなでる。
リオンと呼ばれた少女は嬉しそうに目を細め、彼女がアズラエルと呼んだ巨漢に抱き着く。
「……」
やってられない、とリオンはカプセルの中で目を閉じた。
合点がいった。
「とはいえ、いくら嫌いな相手だからといって迷惑をかけるような仕事はするな」
「はい。ないあ、ごめんね?」
と、リオンは口にするが、全く誠意がないし、反省もした様子がない。
「どうした。こんなところでそろい踏みか? それともそろって、そいつを笑いに来たか?」
「……!」
新しく現れた細身の男への抗議として、ナイアがまた暴れる。
「シェイフー。あまりナイアを興奮させるな。こいつには早く復帰してもらわねばならんのだ。それに、あまりこいつの失態を責めるのなら、リオンの事も非難するということでもあるぞ」
「……」
うるんだ瞳で、シェイフーを見上げるリオン。
流石にバツが悪い、と顔をかきながら、シェイフーはぽんぽんとリオンの頭に手を置いた。
「おやおや。ワタシが最後かな」
3人の後ろから、1人の女性が現れる。
笑みを浮かべ、目を閉じた女性。少女の幼さも感じさせる容姿の彼女の声に、それぞれが振り返って、笑みを浮かべる。
「お嬢」
「おねえちゃん」
「アルビオン様」
「……」
カプセルの中にいるナイアすらその女性の登場に視線を向ける。
「ああ、ナイアはそのままね。みんな勢ぞろいでちょうどよかった」
「ちょうどいい、とはどういうことですかアルビオン様」
「アズラエル。いい質問だ。ちょっと面白いものを見つけてね」
「ずいぶんと楽しそうだな、お嬢」
表情は変わらず笑顔のままであるが、その雰囲気が一層楽し気なものに変わったように見え、シェイフーは茶化す。
それに対し、アルビオンは笑顔のまま――シェイフーの下腹部に一発入れた。
「あんまり茶化されるとはずかしいじゃないか」
「おねえちゃん。はなし、すすまない」
「そうだった。実はね、最近のワタシたちを邪魔する連中がいるって話、前にもしたじゃない?」
「リオン、がんばって、じゃました」
「そうだねー。リオンは
「
リオンの両頬をひっぱりながら、アルビオンは反省を促す。
流石に彼女に言われると、リオンもおとなしく反省したようで、それを確認すると手をぱっと放した。
「ま、その連中をどうにかしてほしいんだ。みんなで」
「なるほど。で、その相手は?」
「シェイフー。復活早いねー。ていうか、言わなくても解っているよね、みんな」
キャリバーン号。そしてそれを運用する宇宙海賊『燃える灰』。
「ウィンダム、レイス、エアリア、アルヴ。どれもほぼほぼやる事は終わっていたとはいえ、邪魔をされたことには変わりない。だからさ、やっちゃってよ」
そう笑顔で頼むアルビオンに、全員が頷いて答える。
「「ウロボロスネストの為に」」
「うろぼろすねすとの、ために」
と。
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