第106話 水槽の中の脳

 クラレントとキャリバーン号の登場によって、この状況には完全に決着が付いた。

 暴れていた2機のソリッドトルーパーは、クラレントの放つ重力場によって完全に押さえつけられ、本体であるタイラント・インペラトルはコクピットにミサイルが飛び込んで完全破壊。

 今はただ巨体が倒れ込んでいるだけ。


「アニマ、お疲れ様」

『マコさんも』


 タイラント・インペラトルの両肩から切り離されたソリッドトルーパーは独自の行動を取っている。

 それはおそらく、あの機体に搭載されている生体制御装置が関係しているのだろう。

 少なくとも、アニマはそう感じている。


「アニマ……?」


 倒れた3つの機体を眺めるアニマの様子にマコが気付く。

 アニマもマコの視線に気づいて慌てて取り繕おうとする。


『いえ。なんでも。それと、あの2機の生体制御装置の位置は胸部。タイラント・インペラトルのは背中です』

「なんでわかるの?」

『感じる、といった方が良いかもしれません』

「感じる、か……」


 アニマは普通の人間ではない。アストラル体という、言ってみれば幽霊みたいなもの。だからか、脳だけとなっても人間の意思が残っていれば、それを感じ取れるのかもしれない。


「やあ。久しぶり」

「シルル。そっちはどうだった?」

「世界の危機だった」


 そんなことを言われても、よくわからないといった顔をして見合わせるマコとアニマ。

 が、シルルも嘘は言っていないと、にやにやと笑う。

 その間も、シルルの手は携帯端末を操作しており、その指示は今まさにクラレントによって身動きが取れないようにされている3機のソリッドトルーパーの解体を行っているオートマトンへと送られている。

 無論、その中にはレイスの人々は入っていない。完全な無人機である。


「で、普通サイズのは機体のほうは胸部――つまりコクピット部分か。まあ、その部位くらいしか搭載することができない、か。しかし、なんでそんなものを通常サイズの機体に……?」


 確かにそれは疑問である。

 わざわざ両肩に機体を装備させていたタイラント・インペラトル。

 単純に余計な重量が増すし、整備性も悪化する。

 やるなら、最初から両肩にビーム砲を装備するだけでいいし、そうすれば冷却装置も小型化できただろう。


「……ソリッドトルーパーの開発に携わっていた人間の視点から言わせてもらうと、あの機体は無駄が多い。レックス、レジーナと見てきたが、あれらは生体制御装置と現行技術の限界をテストしているようにも見えた。だからこそ、無駄に思える部分もあってしかるべきだろう。が、この機体は違う。わざわざ両肩にソリッドトルーパーを装備する意味もない。普通にビーム砲を内蔵した肩じゃ駄目だったのかね」

『……それは、あの機体たちに搭載されている3つの生体制御装置を調べればわかると思います』


 そう告げたアニマは、まるで震えるように自分の身体を抱いていた。

 流石に違和感が強すぎる、とマコはアニマの肩に手を置く。


「何を、感じてるんだ」

『……家族、なんです』

「は?」

『この場にある3つの生体制御装置から、強いつながりを――それこそ、親子でもないとありえないくらい強い繋がりを』


 その言葉に、マコとシルルは嫌なものを感じざるを得なかった。



 キャリバーン号に合流したマコとアニマ。

 格納庫には大破したアロンダイトと、取り外し作業が終わった生体制御装置が運び込まれ、調査が開始されていた。

 一方、ブリッジではアッシュとシルル、マコとアニマがそれぞれ得た情報を交換し、シースベース帰還の準備を進めていた。

 が、その前に。シルルが合流したことで、アケオロス基地の地下施設のプロテクトを解除できるようになり、そこで行われていた実験の数々が明らかになった。


「自前で薬の原料を製造するための農業プラント。そしてそれを薬品に生成する生産工場。実験用の人間を健康な状態で確保しておくための居住施設。ようするに、アケオロス基地っていうのは、蛇にとっては実験場であり、貴重な始祖種族の遺跡のひとつだったってワケだ」

『なんという……』


 事が事だけに、正規軍および革命軍の両陣営にも通信回線を開き、調査結果を共有する。

 正規軍の代表はマコと直接かかわったミーナ。革命軍側はこれまた直接的なかかわりを持つ要塞都市ニクスを取り仕切っていたレーツェルが担当している。


「で、マコの報告通りなら、甘き死ズューサー・トートというのは本来の用途とは異なる使い方をされているようだ」

『本来の用途? その薬は少量ならば鎮痛剤。それも、末期の患者を安らかに送るためのものであったと、私は記録している』

「レーツェルさん、貴方の言う通り。だから甘き死ズューサー・トート。けど健康な肉体に使えば全く別の効果が表れる。その結果を、我々は知っているのだよ」

「……5万人もの薬物中毒者、か」

『その中に、リーファ様も含まれている、と』

『なんと。リーファ様が生きておられたか!』

『その話はおいおい。シルルさん、話を続けてください』


 自分の発言で脱線しそうになった話を、ミーナ自身が元に戻す。


「話を戻すと、この薬は本来鎮痛剤ではなく、身体強化のための薬だったのではないか、というのが私の推論だ」

「ん? それがなんで鎮痛剤にも、危険薬物にもなるような薬が、か?」

「アッシュ。その疑問は御尤もなんだけど、ちょっと考えてくれ。この薬を過度に摂取した場合の症状を」

「それは……食欲不振と睡眠不振。それが長期間続く、だっけか」

「言い換えると、飲まず食わずで、眠らず――元々の効果である鎮痛剤としての効果も考えれば」

『痛みすら感じない最強の兵士が出来上がる』


 アニマがそうまとめる。

 その言葉に、今キャリバーン号のブリッジにいるアッシュとマコだけでなく、モニターの向こうにいる2人も息をのむ。


『し、しかし! 仮にそうだとして、そんなことをして人間が持つはずがない!』

「レーツェル。君の言う通りだ。けど、死んだら死んだで使いようがある」

『ッ!? 生体制御装置、ですか……?』

「ミーナくん、正解。花丸をあげよう! ――っと、まあ茶化したくもなる。ちょっと話の深刻度が冗談じゃあないレベルだ」


 そういってシルルは頭をかきながら、自分の推論をまとめたレポートをレーツェルとミーナに転送する。


『これは……』

「奴等。間違いなく、甘き死ズューサー・トートの製造方法――より正しくは、その原料となる植物の研究を終えただろうさ。そしてそれを使って、タイラント・レックスの有人化、あるいはその改良発展機か後継機の有人機でも作るつもりだろうさ」


 甘き死ズューサー・トート。それを服薬した状態であれば、タイラント・レックスを全力稼働させた際の負荷に耐えられるようになる。

 そして、自分の意思を持たず、与えられた命令に忠実に従う兵士にも。


「つまり、奴等は適当に人間を捕まえてきて薬を飲ませ自分達にとって都合のいい兵士として使い潰し、潰れたら今度は生体制御装置にして再び戦場に送り出すってことか?」

「現状、その可能性がある、とだけしか言えないけど――ない話じゃないだろう?」


 結局はそれである。どこまでいっても推測。推論の域を出ない。

 だからこう、シルルは付け加える。


「最悪のケースの想定は重要だ。これで何もなければそれでよし。的中した時のための備えと心構えは必要だろう」

『……そう、ですね』

『それで、これからどうする?』

「うん? 俺達はさっさと撤退するぞ」


 と、アッシュは当たり前のように言う。

 それにマコもシルルも、アニマですら同意するように頷く。


「あくまでも俺達は部外者だ。確かに、今回の件では関わりすぎたが、海賊に女王を語る侵略者を倒した、じゃ格好がつかんだろ、そっちも」

『それは、そうだが』

「ま、近々戻ることになるだろうさ。な?」

「そうね。彼女が目覚めれば、ここに送り届ける必要があるだろうし」

「だから君たちは、君たちの真の主が戻る時まで、アルヴという惑星国家をしっかりと守る事だけを考えておくことだ」

『……そうだな。ミーナ殿。今後のアルヴについて、そちらと我々。しっかりと話し合う必要がありますな』

『ええ。女王が偽物であると判明した以上、我々が戦う理由もありませんし』

「決まりだ。それじゃあ、またその時まで」


 アッシュの言葉を最後に、レーツェルとミーナが頷いて通信が切れる。

 と、同時にアッシュたちの表情が一気に張りつめ、空気が重たいものになる。


「……結果、出たんだろ」

「ああ」


 シルルが携帯端末を操作し、メインスクリーンに表示した3つの生体制御装置の解析結果。

 それは、レーツェルとミーナとの通信が繋がっている最中に知らされた情報。

 滅多に顔をしかめることのないシルルが、明らかに不快感をあらわにしている。


「これまでに2回。我々は生体制御の回収に成功した。そのどちらもが機能が完全に停止していて、情報を読み取ることができなかったが、今回は生きていた。だから、脳にアクセスしてその情報を読み取った結果――彼女たちの正体が判明した」

「……確かアニマは家族だとか親子だとか言ってたよね」


 シルルの表情と、アニマの言葉。その2つから、マコは最悪な想像をする。

 それに対して、シルルは無言で頷き肯定した。

 アッシュも、目を伏せ口を紡ぐ。


『この事実を、彼女にどう伝えるべきなんでしょうか』


 母と姉2人が、脳だけにされて生かされている。

 そんなことを、眠り続けているたった1人だけ生き残った少女に、どう伝えればいいのだろう。

 その答えはこの場にる人間、誰一人として持ち合わせていなかった。

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