第74話 降下
一度シグルズ部隊を撃退した後、目立った妨害もなくキャリバーン号は目的の場所に到達する。
その甲板上で、モルガナが周囲を警戒するように頭部を動かしている。
「やけに静かだな」
「あれだけの戦力ではないはずだ。こっちでは見えてる」
モルガナのセンサーは、周囲に潜んでいる敵の存在を完全に把握している。
尤も、それが本当に敵対的な存在なのかの判別がつかず、今は放置している状態だ。
元々この場所はカレンデュラ王国だけでなく、他の国家にとっても触れてはならない禁足地。それを守るための戦力が存在していてもおかしくはない。
「……で、かくれんぼしてる奴等は動きそうなのか」
「さあね。でも、今のところ動くようには見えないから、もしかすると有人機なのかもね」
「ま、無人なら近づいただけで撃たれてるわな」
「それよりも、だ」
モルガナからキャリバーン号へと画像データを送る。
「これは……」
「特務部隊仕様のガーフィッシュ級だ」
確かに、アッシュが確認した画像はガーフィッシュ級巡洋艦。それが2隻である。
特務部隊仕様と言うだけあり、その見た目は黒一色に染められ元々あったはずの所属部隊を示していたであろうエンブレムは乱暴に塗りつぶされていた。
が、奇妙なのはキャリバーン号側では送られてきた画像と同じ場所には何もいないように見える、ということだ。
「一体どうなってるんだ」
「通常の光学迷彩程度ならばキャリバーン号も見抜けただろうけど、これに関してはモルガナでなければ無理だった」
「……お前、どんだけその機体につぎ込んだんだよ」
「覚えてないね。そんなことを考えるだけ無駄だし」
「あー、ダッド。今後シルルが何か開発始めたら逐一報告してくれ」
「そんなー」
「お前な。ただでさえ少ない人員を3つに分ける事になった原因はなんだったか思い出せ」
ともかく、ガーフィッシュ級巡洋艦がその場にいるのは間違いない。
これをどうするか。本当に特務部隊が使用しているものであるというのならば、攻撃するのはその国家への敵対行動に他ならない。
むしろ特殊な任務に就く部隊ならば特殊装備もするだろうし、所属を明らかにするエンブレムを塗りつぶしていたとしても不思議ではない。
だからこそ、こちらが気付いていたとしても先制攻撃をするのは拙い。
「……んん?」
と、シルルが困惑したような声を漏らす。
「どうしたんだ、妙な声を出して」
「いや、なんというか。うん。確かに特務部隊仕様で、船籍も消されている」
「だったらやっぱり、特務部隊か?」
「さあ?」
なんとも曖昧な言葉に、力が抜けるアッシュ。
「判断材料が足りなすぎるんだ。だから――ここは乗り込もう」
「……了解だ。で、どうやって乗り込むんだ?」
「そりゃあ……エアバイクで?」
「下手すりゃ死ぬやつじゃねえか……」
◆
エアバイクでの突入、というシルルの提案はとりあえず受け入れられた。
何せ今から向かう場所は200年も前の超兵器を封印した場所。かつての搬入口はそこから簡単に持ち出せないように破壊され、人間が通れる程度の小さな出入口しか存在しない。
曰く。管理用の通路、だとか。放置していたとしても稼働可能な状態な兵器が存在するというのだからその管理とやらも必要かどうかあやしいものだ。
閑話休題。
とにかく、現存する通路ではエーテルマシンであるモルガナは当然ながら、ソリッドトルーパーであるクラレントすらその図体が邪魔になる。
尤も、クラレントは仮に通れたとしてもその背中のウイングバインダーが邪魔になるだろうが。
だから、エアバイクを使った突入、という選択になるのは当然といえば当然だ。
問題は、キャリバーン号から降下することになるということと、エアバイクの出力が足りなかった場合は落下速度を軽減しきれずにアッシュとシルルは地面に叩きつけられる、ということである。
「……はあ。これベルもマコも気に入ってたんだけどなあ」
「壊すこと前提かい? そのくらいのエアバイクならまた作れるよ。それよりも自分の身の心配をしたほうがいいと思うがね」
「うるせぇやい。ダッド、俺達が飛び降りた後、即座にハッチは閉めてどこかに隠れててくれ」
見送りに来ていたダッドとそのチームメンバーのオートマトンたちが歩行脚をひとつあげて左右に振っている。
「んじゃ、いくか。しっかり掴まっていろよ!」
「……意識するなよ?」
「そういうのは抱き着く前に言うことじゃないかなあッ!」
しまらないやり取りをしながら、アッシュはエアバイクのアクセルを捻り、ハッチから飛び出していった。
当然そとは超高高度の空中。
目指す陸地は遠く、エアバイクから手を離せば即座に空中へと投げ出されなけない状況に対する恐怖。
正直、背中に抱き着いているシルルのことを気にする余裕など一切ない。
みるみるうちに近くなっていく地面。
「アッシュ!」
「わかってるッ!!」
エアバイクの高度維持用スラスターを全開にして減速を始める。
そして、地表寸前で勢いが止まり、土埃を巻き上げる。が、今度は上昇を始める。
当然だ。高度維持用スラスターを噴射し続けてる限り、エアバイクは上昇しようとするのだから。
「ちょっと、早くスロットル緩めて!」
「ッ!」
スラスターの出力を弱め、高度を落としていくが、突然スラスターがボフンという音を立てて煙を吐き出す。
「「げっ」」
結構な高度まで上昇していたハンドルから手を離し、アッシュはシルルがしがみついた状態のまま、彼女を抱きかかえるようにして飛び降りる。
操縦者を失ったエアバイクはそのまま地面に激突して爆発する。
一方、墜落寸前のエアバイクから飛び降りたアッシュはシルルを抱えたまま両足で着地し、爆発するエアバイクを背中越しに見てため込んでいた息を吐き出した。
「間一髪、かな」
「まあ無茶な使い方だったからね。墜落してなくても、オーバーロードでボンっと行ってたさ」
「正直、肝が冷えた」
「ま、風吹いてたらアウトだったね。ははは」
笑い事ではない、と抗議の視線をシルルに向けるアッシュであるが、まあそれを気にするようなシルルでもない。
「とにかく、先を急ごう。アッシュ、ハウリングの準備はしておいてくれよ」
「……ああ。エーテルガンのチャージ中に場を繋ぐものが必要だしな」
ハンドキャノンとも言われるリボルバーであるハウリングに装填しておいた弾を確認し、胸に仕込んだままの残り6発も確認する。
中ではどんなことになるかわからない。この銃の出番もあるかもしれない。
とはいえ、あくまでもエーテルガンを使うつもりで準備を整える。
「今回はあのEMPグレネードとやらは持ってきてないのかい?」
「電磁パルスなんてもん使ったら何が起きるかわかんねえんだから持ってきてない」
「それは懸命だ。では、行く――!? アッシュ、離れろ!!」
シルルの声に促され、アッシュは物陰まで転がるように走り出す。
当人は右手を前に突き出し、周囲の地面を隆起させて何かを防ぐ。
そして、その防いだ何かは強烈な閃光とともに爆発を起こす。
「おい、何が起きてる!」
「スクロール弾だ」
「なんだよそれ」
シルルが展開した防壁はいくつかの爆発によって崩れ、シルルもアッシュのいる物陰のほうへと走っていく。
「ゲームでスクロールっていうのがあるだろう。魔法とかを1回だけ使えるアイテムとしてさ」
「なんでいきなりゲームの話を……」
「それを弾丸にして銃で撃ってきてるのさ。しかも着弾するまで撃たれるほうはどんな効果の弾かわからない」
「厄介すぎんだろ、それ!」
「だが安心してほしい。これで確定した。奴等、どこかの軍の所属じゃない。だとしても、倒していいヤツだ」
シルルはそういうと胸の谷間に手を突っ込み、結晶体を取り出す。
それは赤い宝石のようであるが、アッシュはどことなく嫌な雰囲気を纏っているように思えた。
「ああいう装備は強力すぎるから対人用には作っていないのさ」
「ああなるほど。ようするに、正規の装備じゃないってことか」
「そういうことだ」
シルルが物陰から飛び出し赤い宝石を投げる。
投げられた赤い宝石は、まばゆい光を放つなり、その光が集束していくつもの細かい光の筋になる。
「ぐあっ!?」
「ぎゃああッ!!」
短い悲鳴とともに、スクロール弾を撃ってきた完全装備の兵士が2人倒れ込む。
「お前、何やったんだ?」
「魔術礼装だ」
「いや、また知らん言葉がでてきたんだが」
「これ素材が宝石だからクッソ高いし、作るの手間だし、命中精度悪いし、使い捨てだしであんまり使いたくなかったんだけどねえ」
「いや、そのまま話を進めんなよ」
見事に致命傷となる場所を撃ち抜かれた兵士は、もはや呼吸すらまともにできないようで、自分達を見下ろすシルルに銃を向けようとするが、それをアッシュがエーテルガンで弾き飛ばす。
「っと、助かったよ。アッシュ」
「説明は進みながら聞くことにする。急ぐぞ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます