第75話 侵入

 セキュリティーロックのかかった扉を、シルルがハッキングして開錠。その扉から堂々と侵入する。

 あっという間に開かれた扉をくぐると、一本道が続くだけ。


「出入口はここだけだ。その理由は、解るだろう?」

「万が一が起きた時に逃走経路を絞って対処しやすくするため、だろ」

「ああ。そしてこの先にあるエレベーター2基が、最も簡単に最下層の保管庫へ続くルートだ」

「それ以外のルートもある、みたいな言い方だな」

「あるよ? 設備メンテナンス用の通路とか、エレベーターシャフトを飛び降りるとかね」


 前者はともかく、後者は御免ごめんこうむる。

 ついさっき高高度落下したばかりなのに、同じようなことを繰り返したくはない。

 加えて、飛び降りて加速がついた時にエレベーターが上がってきたらまず助からない。


「けどまあ、もうこっちの存在はバレてんだろうなあ」

「そもそもシグルズを差し向けてきた時点で、私達には気付いてただろうさ」

「で、さっきの兵士だろ? こそこそやる必要性なくねえか」

「そうだねえ。だったらこうしよう」


 そういうと、2基のエレベーターのボタンを同時に押す。

 これで2つのエレベーターはともに最下層から昇ってくる事になる。


「さ、上がってくる前に雑談タイムだ」

「……じゃああの魔術礼装ってのはなんだ」

「特定の状況下で発動する、という条件付けをした魔法術式を組み込んだアイテムのことだ」

「便利なもんだなあ」

「ただ問題は、それには回数制限がある事。そして効果を使い切れば全く意味を成さない」


 そういって、さっき使った宝石をアッシュに見せる。

 それは先ほどまでの美しくも怪しい輝きを失い、宝石としての美しさすら失っている。


「アレはカウンター用の魔法でね、大体の方向にエネルギーを照射して反撃するってものだ」

「……それって、ソリッドトルーパーとかの装備にも使えないのか?」

「使えないことはないが――製造方法の関係で現実的ではないね」

「それだけで魔術礼装ってのがどれだけハイコストなのかわかるよ」


 言っている間にエレベーターが到着した。

 自然と二手に分かれ、それぞれエレベーターに乗り込む。


「それじゃあ、下で」

「ああ。下で」



 エレベーターが降りていく。

 ほぼ同時にボタンが押されたのか、その動きにズレはほとんどない。

 壁に遮られ、互いがどんなことをしているのかは見えない。

 が、互いに大体の想像はついている。


 アッシュは銃の最終確認。

 エーテルガンのチャージ具合の確認は勿論だが、実際に使うのは初めてとなるハンドキャノン・ハウリングのシリンダーを出し入れして、その感触を確かめる。

 シルルは自身の使う魔法の触媒となる鉱石の確認。

 といっても、まともに使えそうなのはレイスダイトのみで、その他の小さな宝石類がポケットにつっこまれているだけ。

 あとは、少々の化学薬品。こっちは使うつもりはないが、いざとなった時のお守りだ。


 エレベーターの動きが変わる。

 つまり最下層に近づき、まもなくエレベーターの扉が開くという証である。

 ゆっくりと揺れが収まっていく。

 そして、一拍置いて扉が開く。


 瞬間。鉛玉の雨がエレベーターに飛び込んでくる。

 確実に侵入者の命を奪うつもりの攻撃だ。

 しばらくの斉射ののち、攻撃が止まる。

 が、どこにも、死体どころか影も形もない。


「レッツパーティターイム!!」


 その声に、先ほど斉射を行っていた兵士たちが一斉に銃を構えなおして引鉄に指を添えた。

 が、その指が引鉄を引くことはなかった。


「はい、残念」


 舗装されきっておらずむき出しになった岩壁から飛び出した礫が銃を貫通。破壊する。

 シルルの魔法による攻撃である。しかも、兵士たちからは死角となる角度からの攻撃であり、攻撃を受けた兵士たちは何が起きたのか理解できていない。


「そのまま寝てろ」


 そしてそこへ、アッシュのエーテルガンによる攻撃を頭に受け、脳を揺さぶられて気を失う。


「これで全部――な訳ないか」


 奥の方から完全武装の兵士が走ってくるのが見える。

 たった2人の侵入者に大げさな、と顔を見合わせて肩をすくめる。


「まあ、任せたまえ。ここは惑星エアリア。触媒なんぞなくとも――」


 左手を突き出して、シルルは不敵に笑う。


「どんな魔法だって使って見せる」


 パチン、と指が音を出す。

 その音に呼応するように、兵士たちの頭上に雷が落ちる。

 雲どころか、何もない空間からの落雷。

 こんなものを避けることができる人間などまずいないだろう。


「さあ、進むよ」

「魔法って本当になんでもアリかよ……」


 倒れ伏した兵士たちを後目に、先へ進んでいく。

 エレベーターを降りたばかりの場所はまだ島をくりぬいただけという印象が強いが、兵士たちがやってきた方向は明らかな人工物。

 印象としては保管庫というよりは、棺。


「まるで墓荒らしの気分になるな」

「まあそういうなって。実際にはただの禁足地だ」


 それはそれで問題である。


「で、アイツ等は何だと思う?」

「まあ、どこかの組織に所属しているのは間違いないだろう。それが蛇かどうかはわからないが――アッシュ」

「……ああ」


 地響きが近づいてくる。というより、目の前の地面が割れて、そこから何かが出てこようとしている。


「これは、拙いことになったかもだ」


 その音の正体。それは――四脚で歩く戦車であった。

 砲塔を回転させ、その照準をアッシュとシルルに向けるなり、砲弾を放った。


「冗談じゃねえ!!」


 2人同時に走りだし、その砲弾を回避する。

 代わりに、彼等の後ろで伸びていた兵士たちがその直撃を受けて血肉をまき散らす。


「あれも天才様の遺した超兵器だってのか?!」

「いいや、アレは侵入者排除用の無人機だ! だが何故このタイミングで……」

「もうコントロール奪われてるんだろ。でなきゃあのミンチと同じ方向から来る理由がねえ!」

「なるほどね。なら遠慮も配慮も一切無く吹き飛ばせる。アッシュ、頼めるかい?」


 アッシュが銃を持ち換える。

 ハウリング。流石にこの銃を初めて使うのに片手で持って使うのはリスクが大きい、と両手でしっかりと握りしめて銃口を四脚戦車に向ける。


「任された」


 初撃を外した四脚戦車が再びアッシュたちをターゲットに捕らえ、主砲を向ける。


「今だ」


 こちらを向いた砲口めがけてハウリングが咆えた。

 そう。まさに咆哮。そう呼ぶにふさわしい轟音と共に弾丸が放たれ、それが四脚戦車の主砲の砲口へ侵入。そのまま砲弾を直撃し大爆発を起こす。

 残っていた砲弾だけでなく、燃料にも引火した大爆発。その爆風にアッシュとシルルは吹っ飛ばされる。


「なんて爆発だ」

「大丈夫か、シルル」

「なんとかね」


 何度か地面に叩きつけられたが、なんと2人とも無事であり、軽く埃を払いながら立ち上がる。


「後続が来る前に進もう」


 人工物の入口まで走っていくアッシュとシルル。

 流石にもうここでの妨害は打ち止めなのか、なんの妨害もなく入口に到達すると、そのロックをシルルが解除し、すぐに施設内へと入ることができた。


 瞬間。アッシュは血の気が引いた。


 入った瞬間、広いフロアに出た。広い、広いフロアに。

 だがその床は赤黒い液体で汚れており、ところどころ人間の部位のようなものが転がっている。

 むせ返る様な鉄錆の臭いの中、フロアの中心には五体満足の女性が膝をついている。

 その身体を支える杖代わりにされた一振りの刀は、赤黒いもので汚れていた。


「この惨状はあの女が……」

「あ、ハクアじゃない」

「は?」


 緊張が、一瞬でどっかにいった。

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