第76話 斬撃
刀を杖に膝をつく女。
それが、シルルの発した声に応じるかのように立ち上がる。
立ち上がるなり、刀に突いた血を払い鞘に収める。
全身を赤く染める返り血が、この惨状を引き起こした張本人であることを主張している。
「ハクア、どうしてこんなところに――」
シルルの問いかけに、その女はゆっくりと振り返る。
血に濡れても美しく光を反射する白い髪。
が、目がおかしい。
「……アッシュ、構えて」
「ああ。その方がよさそうだ」
一瞬で空気が変わる。
緊張なんてものではない。
気を緩めた瞬間、視線をそらした瞬間に首が飛ぶ。そう予感させるだけの殺気が、焦点が合わない双眸の奥から漂ってきている。
まるで幽鬼のような雰囲気を放つその女性が姿勢を低くし、鞘に収めた刀の柄に手を伸ばす。
「できるだけ殺さない方針で頼むよ。彼女も娘だからね」
「ハクア・リンベ……!」
「間違っても、正面に立っちゃいけないよ」
その忠告を受けた直後、考える間もなく刀が抜かれた。
狙われたのはシルルのほうであり、アッシュは背後を取ろうと走っている最中。
一方、シルルのほうは、というと床の材質を変化させてそれを防壁にする。
が、その防壁が綺麗に切り裂かれた。
「……は?」
確かに刀は抜かれている。抜かれてはいるが、その位置からでは当然シルルの作り出した防壁に攻撃が当たる様な距離ではない。
加えて、アッシュの目にはハクアが刀を振り抜いた瞬間に防壁が切り裂かれたように見えた。
要するに、目視不能な斬撃が飛んでくる、ということである。
なるほど。シルルが正面に立ってはいけないという意味が理解できた、と苦笑しながらエーテルガンを放つ。
「……」
が、引鉄を引く一瞬の間に、ハクアの目がアッシュを捉え、同時に刀を振るってエーテル弾を切断した。
無論、エーテル弾も目には見えない。だが、明らかに金属と衝突した音が響き、刀で裂かれたのだと嫌でも理解させられる。
「お前の娘どうなってんだよ!? エーテル弾斬ったぞ!?」
「多分ビームでも斬るよ、あのコ」
「それはもう人間やめてんだろ!」
「だからまあ、どうにかしてアレを止めたいんだけど――」
「殺す気でいっても無理だわ!」
何よりも飛ぶ斬撃が厄介すぎる。
おそらく、刀を振った範囲の延長線上が攻撃の効果範囲なのだろうが、だとしても見えない以上は回避のしようがない。
ならば防御すれば――というわけにもいかない。
現状アッシュたちの手札で用意できる防御手段は通用しないだろう。
「ったく、どうすんだよアレ……」
「いや、対応する手段がないわけじゃない。流石のハクアでも多方面からの同時攻撃には対応しきれない。何より、あの飛ぶ斬撃は居合の時だけしか使えない。つまりは――」
挟撃か、相手が居合で刀を振り抜いたタイミングでの攻撃。
そのどちらかを選択するにしても、囮になるのはおそらくシルルだ。
理由は単純。アッシュの持つエーテルガンなら殺すことなく気絶させることができるが、シルルの使う魔法では殺傷力が高すぎるのである。
「いけるのか?」
「やるしかないだろう」
シルルが手に光を纏わせ、腕を振るのに合わせてハクアめがけて放つ。
放たれた光は高熱を放ち、直撃すれば生身の人間では当然無事では済まない。
が、それを瞬時に感じ取り、ハクアは刀を振るって光球を叩き斬る。
エーテル弾だけでなく魔法まで斬る刃。アッシュはもう驚くこともできなくなっていた。
「アッシュ!」
「頼むから、これで気絶してくれよ……!」
エーテルガンを構え、刀を鞘に収めようとするハクアの側頭部を狙って引鉄を引く。
人間の身体は、一度動きはじめたらその動作を咄嗟にはやめることができない。
ハクアの顔はアッシュのほうを睨みつけたが、その手は動きを止めない。
すでに引かれた引鉄。放たれるエーテル弾。
収められた刃と、それを即座に抜こうとするハクア。
だが、コンマ数秒の差で、アッシュが放ったエーテル弾が振り向いたハクアの額を直撃し、その意識を奪う。
抜かれかけた刀から手が離れ、膝から崩れ落ちるハクア。
「なんとか、なった……?」
「とはいえ、目覚めてまた暴れられても面倒だ。今の内に拘束しておこう」
と、倒れたハクアに使づいたシルルは、眉をひそめた。
「どうした」
「これは……」
首筋に取り付けられた何かの機械。
爆発物かもしれない、とシルルの携帯端末でスキャンしてみると、幸いそういう類のものではないのは判った。
「物理的に人体に接続されているわけじゃない。引き剥がせるな……」
シルルはその機械に手を伸ばし、少しばかり力を入れて引き剥がそうとする。
と、あまり抵抗もなくすっとそれが外れ、ひっくり返して裏面を確認する。
「高純度のエアリウム、か。なるほど」
「説明してくれ」
「天才が遺した超兵器。その1つがコレだ」
「これが、か?」
見せられてもよくわからないアッシュは首をかしげる。
「簡単に言えば、人間を操り人形にする信号を発生させる装置。その受信機がコレだ」
「……じゃあ、ハクアさんは」
「おそらく、蛇を追ってここまで来たが、不意打ちでもされて奴等の邪魔になる存在が近づかないようにする番犬として使われたんだろうね。けど、たぶんこのコのことだ。限界まで抵抗して、暴れまわってこの惨状を作ったんだろうさ」
身体の自由と意識を奪われつつある状況でこれをやったのか、と周囲を見渡す。
「けど、これを回収できてよかったよ」
そう言いながら、機械に埋まっているエアリウムを引き抜きポケットにしまい込むシルル。
これで、この機械はもう二度と本来の機能を発揮することはなくなった。
「彼の遺産はすべてワンオフ。しかもそのすべてがオーパーツ。現代になってもその製造補法が不明ときている。設計図も最初の1つを作ったあと全部焼却処分されているしね」
「けど、解析できれば再現できるんじゃないのか?」
「無理だね。私もかつて、設計図が破棄された後の遺産の解析とその再現実験というのに参加したことがある。今ほど厳重に管理されていないころにね。結果、どうなったと思う?」
「再現はできなかった、ってだけじゃなさそうだな」
「全員死んだよ。私も重症を負って半年動けなかった。同様の実験は世界中で行われてね、そのすべてが失敗。元となった遺産もその時の事故に巻き込まれていくつかは喪失している。ま、それもあって今はそんなバカなことはしてないけど」
人が死んでも再現しようと実験が行われていた。それはあまり聞いていて気分のいい話ではない。
だがこの惑星の人間にとって、その天才の遺産というのはそれほどまでに価値のあるものだったのだろう。
加えて、その度に貴重なオリジナルを喪失するリスクがあったのだから、人命の子とも考えれば、もっと早期の中止の決断をしておくべきだったろうし、他のところで失敗しているのだから、繰り返すべきでもなかった。
「原因は判っている。ていうか、今わかった。さっき外したこの装置のエアリウム。これには複雑な術式が組み込まれている。多分、そういった専用パーツとも呼べるものがあったんだ。そのパーツを使わなかった場合、正常に動作しないようになっているんだ」
「けど、動作したってことはそれはオリジナルの装置で間違いないんだろう。なんでそんなものを蛇が持ってるんだ」
「多分、その実験の時に持ち出されて喪失しなかったけど、行方不明になったものだろうね。ま、そんなことは良いんだ。これでハクアを拘束しなくて済む」
そういってうれしそうにもはやただの金属の塊となった装置を乱暴に放り投げ、そこへ火の玉を放って焼却するシルル。
「先を急ごう、アッシュ。この先が本命の、機動兵器も保管されている真の意味での禁足地だ」
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