第77話 白夜叉
シルルの言っていたことの意味をアッシュが理解するのに、そう時間はかからなかった。
いや、正確に言えば、シルルが『禁足地』だと言っていたその場に到達したその時に理解した。
まず目に飛び込んでくるのは、等間隔に並べれた人型の機械の群れ。
何機あるのかは奥の奥まで続いている為正確には把握しきれないが、そのすべてが異なる外観を持っている。
この全てがエーテルマシンであることは、ほぼ間違いない。
アッシュたちが今立っている場所は、広い空間に張られたキャットウォークであり、それは等間隔で並んだ鋼鉄の巨人の動きを封じるかのように張られ、まるで拘束具のようだと感じる。
「壮観だな……」
と、感想を口にするアッシュであるが、同時に嫌な想像が脳裏に浮かぶ。
このすべてが一斉に起動したら、と。
「まあ、アッシュが何を想像したのかは大体わかるけれど、ひとまず安心してほしい。これらは5年前の事件を機に簡単に起動できないようにエーテルコンバーター……あ、エネルギーを発生させる装置を取り外してある」
「そうか、ならまあ」
安心、なのだろうか。
この場にいるであろうウロボロスネストの構成員なら、どうにかしてここにある機体のいずれかを動かしてしまうのではないだろうか。
「まあ、公的記録では、だけどね」
「一気に不安になったわ」
「だから警戒は解かないでくれ。さっきみたいな事が起きる可能性もある。ほら、言ってる傍から!」
銃を構えた兵士が物陰から現れ、一斉に攻撃を仕掛けてくる。
それを左右に分かれて避け、物言わぬエーテルマシンの影に隠れる。
「数が多いな。エーテルガンだとチャージ分で足りるかどうか」
「いや、エーテルガンでは抜けないヤツがいる」
完全装備の兵士たちだとしても、エーテルガンの衝撃は通じる。
エーテルガンは貫通して殺傷するのではなく、強烈な衝撃で相手の中身を攻撃する武器であるからだ。
だが、それすら通用しそうにないものがちらほら見える。
「オートマトン……いや、バトルドールか?」
対人戦闘用人型兵器、通称バトルドール。
歩兵との連携を想定してあえて人型に設計されたそれは、当然生身の兵士よりも頑丈かつ、重量のある武器を装備している。
具体的には、ガトリング砲。
「流石にマリス・ギニョルみたいなのは出てこないだろうけど、アレにはエーテルガンが通用しない」
「なんで言い切れるんだよ」
仮に機械が相手だとしても、エーテルガンは有効である。
出力を上げれば物理的な破壊は勿論、衝撃を一点集中させることで中の精密機器を破壊することでその機能を低下させることも可能だ。
「アレには小型のエーテルリバウンダーが搭載されている。だって、ほらちょっと浮いてる」
「……確かに」
少しだけ顔をのぞかせ、相手を確認する。確かに人の形を模した戦闘機械は少しだけ地面から浮いている。
観察を続けようとはしたが、すぐに銃弾が飛んできて断念する。
「エーテルリバウンダーってエーテルマシンに搭載されているヤツだろ。なんであんなバトルドールなんかに」
「エアリア製エアバイクにも搭載されているくらいだ。アレに積まれていても不思議じゃない。けど、厄介なのはあの出力規模だと……」
「エーテル弾はアンチエーテルで無効化される、と?」
「その通り」
「んじゃあ、こいつの出番だな」
右手にハウリング、左手にエーテルガンを持って飛び出すアッシュ。瞬間、兵士に向かってエーテルガンの弾丸を放つ。勿論、1発ごとに違う相手を狙って。
そして、右手のハウリングはバトルドールめがけて放つ。
「ッ!?」
瞬間、アッシュの身体は後ろへ大きく吹っ飛んだ。
「アッシュ!」
が、それが幸いした。
ハウリングの弾丸がバトルドールに到達する前に、その手に持ったガトリング砲が放たれ、先ほどまでアッシュがいた場所に弾丸を殺到させる。
もし後ろへ吹っ飛んでいなければ蜂の巣になっていたところだ。
「片手かつ接地なしで撃ったらコレかよ」
立ち上がるアッシュの右肩はだらんとしている。
再び物陰に移動しつつ、外れた肩をはめる。身体の内側から響く不快な音と痛みに顔をゆがめながら、アッシュは再び銃を構える。
「あと何人いる」
「バトルドールが1機。兵士は見えている限り3人。いや、足音からして回り込もうとしているのが何人かいるな」
「ったく、どうす――えっ?」
自分達の後ろから、足音が聞こえてくる。
確かに足音――なのだが、その間隔がとてつもなく短い。
音としては、タンタンタンタン、というようなものではない。
カカカカカカ、というとんでもなくハイテンポ。
「
一瞬。横を通り過ぎるそれを見たアッシュは、それだけで血の気が引いた。
夜叉が、いた。
全身返り血塗れで、白く長い髪をなびかせて走るそれは、殺気を纏って走り抜ける。
それに反応し、兵士とバトルドールが一斉に銃口を向けて即座に発射した。
殺到する弾丸の雨。それをすべて何かで叩き落す。
「あのガトリング、毎分6000発オーバー、初速で秒速1000メートルオーバーの弾丸だぞ!? なんで防げてんだよ!」
「そりゃあ決まってるだろ。アレがウチの子。白夜叉の異名を持つ、剣鬼。ハクア・リンベだからさ」
ハクア・リンベ。人間の動きとは思えない速度で走り、アサルトライフルとガトリングの弾丸をすべて叩き落し、一跳びで相手のいる高所に跳び乗り、まず鞘で喉を突く。
防弾チョッキも防弾ヘルメットも、喉を守るようにはできていない。
喉を潰された兵士は苦しみながら、キャットウォークから落ち、そのまま奈落の底まで落ちて行った。
立ち並んだエーテルマシンの頭ほどの位置からの転落だ。仮に喉を潰されて生きていたとしても、助かるものではない。
続けざまに、刀を鞘に収めた状態でバトルドールのほうへ駆け寄る。
当然その間もガトリング砲による攻撃は飛んでくるのだが、狭いキャットウォークを跳ねまわり照準を絞らせないように立ち回り、相手の射程の内側に飛び込んで刀を一気に抜く。
――居合、縦一閃。
バトルドールが左右対称に切り開かれ、火花すら散らさずに崩れて落ちる。
さらにその後方にいた兵士の腕が綺麗に斬れて宙を舞う。
「……へ、あ? う、うああああああ!?」
斬られた兵士は、一瞬何が起きたのか理解できず、茫然としていた。
当然、理解できるわけもない。斬撃が飛んでくるなんて。
腕を失い狼狽する兵士ににじみより、その首を横薙ぎに払う。
「――――スゥ、はぁぁぁ……」
短く息を吸い、ゆっくりと息を吐いていく。
全身の力が抜けていくのが遠目でもわかり、そんな彼女に残りの兵士たちが殺到していく。
「
居合、ではない。にもかかわらず、刃を振るえば兵士の身体が宙を舞う。
「もうこれただの虐殺だろ……」
「アレ、本気で怒ってるからね。多分自分の敵と認識したものを全部斬るまで終わらないね」
すでに自身等を攻撃してくる相手はいない。姿をさらしたアッシュとシルルは、最後の兵士が斬り伏せられるのをただ見ているだけであった。
「ハクア」
「……母さん。状況の説明を」
「どうやら正気みたいで安心した。どうして自分がここに来たのか、それは覚えている?」
「……」
首をかしげるハクア。
どうも記憶があいまいになっているようだ。
「端的に言うと、アンタ、蛇にしてやられたのよ」
「ああ。それで」
刀についた刃から血を拭い、それを鞘に収める。
「――ああ、思い出してきた。だとしたらこの先に急がないと」
「この先? ちょっとまてハクア。この先には何もないはずだろう」
「いいえ。最近見つかったんです。誰が作ったかもわからない、彼の遺産が」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます