第78話 機械偽神
ハクアの後ろを走るアッシュとシルル。
返り血など気にした様子もなく、カカカというテンポの速い足音が響く。
「ちょ、まっ……速ッ!」
ハクアの速度に、アッシュは全くついていけていない。
かろうじて間にシルルがいることで、はぐれずにその後を追いかけて行けているという状態だ。
「ていうか、シルル。お前、どうやってその速度で移動してんだ!」
「魔法のちょっとした応用さ」
「魔法便利だなぁッ!」
と、急にシルルとの距離が近くなりはじめ、シルルがアッシュを脇に抱える。
「……お前そんなに力あったっけ?」
まるで荷物のように持ち上げられ、情けない体勢になっているアッシュはやや不満げな視線をシルルに向ける。
「身体強化魔法だ」
「お前、魔法って言えばなんでも通ると思ってねえか?」
「黙ってるんだね。舌を噛む」
「は、え、おわああああああッ!?」
一気に加速するシルル。あっという間に前を走るハクアに追いつく。
「で、アッシュが今ちょっと話せそうにないから私が聞くが、どういうことなんだ」
「5年前の事件で崩れた場所の奥に空間があったんです。そこで見つかったのが、機械偽神。機械神の姿を模した機動兵器です」
「そんなことはどこにも……」
「
「……紙か口伝、ってとこか」
ハッキングの可能性を考慮すれば、紙での記録、一部の人間の間でのみ口頭での伝達。
確かに、外に漏れるとどんな混乱をもたらすかわからないような情報なら、下手に記録しない方がいい、ということなのだろう。
「付きました」
「……」
やっと2人が止まる。
抱えられたままのアッシュはぐったりとしているが、乱暴に解放されそのまま床に落ち、ぐえっ、というカエルを潰したような声を漏らす。
「真新しい金属扉。電子ロックに加えて物理的なロックもかかって――た、か」
電子ロックのほうはともかく、物理的にかけられていた鍵――というか
断面はなめらかで、まるで鏡のように光を反射するほどの切れ味の何か。
「……厄介だな」
早速電子ロックの解除を始めるシルル。ものの数秒で扉のロックが解除される。
彼女が言った厄介、というのは当然この電子ロックの事ではない。
物理ロックを破壊した手段である。
長期間熱を加えて焼き切ったという風には見えず、溶断であるとは到底思えない切断面。
そんなことができるもの。シルルの頭の中に浮かんだのは、超局所的な超音波照射である。
超音波による切断、というのは珍しいものではない。超音波を使用したメスというのは実在する。
だが、金属をこれほど鮮やかに切断できるのか、と言われると疑問符が浮かぶ。
「超音波による切断技術。これについては管理していた遺物にもなかったと思うんだが……いや、今はとにかく、この先に――」
ゆっくりと扉が動き出す。が、しびれを切らしたハクアが重たい扉を蹴っ飛ばしたことで一気に開いた。
その瞬間。異様な空気が中からあふれ出した。
「ッ!? なんだ、これ……」
流石に這いつくばっていたアッシュも飛び起き、扉の向こうから放たれる威圧感ともいえる空気に身構える。
総毛立つほどのプレッシャーに、脚が先へ進むことを拒絶する。
『――――!!』
それは、叫び。
明確に意思を感じさせる声が鼓膜を揺さぶる。
同時に、間に合わなかったのだ、と3人は察する。
「アッシュ、また揺れるよ」
「構わん! やってくれ!!」
こうなってはやることはひとつ。
アッシュはおとなしくシルルに抱えられ、シルルとハクアは扉に背を向ける。
「戦略的撤退!!」
である。
◆
島全体が揺れる。
揺れが続く以上、エレベーターは使えず、整備用通路を疾走し、一気に駆け上がる3人――というか、2人と抱えられた1人。
走っている間も、ハクアが踏んだ勢いで通路が崩れていく。
「ダッド、キャリバーンを持ってきてくれ!」
出口が近づいたタイミングで、アッシュが艦に連絡する。
近くに待機しているはずのキャリバーン号に跳び乗ってでもこの場から離れないとまずいことは、直感的に判断できている。
「ハクア、機械偽神と言ってたね。ということは一応調べたんだろう?」
「はい。アレには縮退炉が搭載されていました」
「ちょ、え、縮退炉!?」
これにはさすがのアッシュも驚愕する。
恒星間航行が可能になったこの時代においても、縮退炉というのは過去の異物であり、現存するものは存在しないとまで言われている。
加えて設計図も現存せず、完全にロストテクノロジーと化しているものだ。
それが搭載されている機体。それだけでもその価値は計り知れない。
「下手に触ると危険すぎるので、結局稼働状態で保存するしかなかったんです」
「賢明な判断だ。今日この時までは」
ようやく出口が見え、そこを抜けて外に出ると――シグルズが待ち構えていた。
人間に向けるには大きすぎる銃口が脱出したばかりの3人に向けられる。
「うわお……」
などとおどけてみせたシルルが引きつった笑みを浮かべながらアッシュを降ろす。
そしておとなしく両手を上げる。
が、目でアッシュとハクアに指示を出す。
それを察した2人は、頷きあって即座に行動を起こした。
「ッァイ!!」
「はぁッ!」
2人が同時に行動を起こす。
アッシュはハウリングをシグルズの胸部めがけて連射。
4発の弾丸はそれぞれが分厚いシグルズの装甲を貫通し、中のパイロットをも貫いて機能を停止させた。
いや、貫通で済めばまだいい。
ハウリングの威力から考えてミンチよりひどい状態になっている可能性も十分にあるが。
もう一方のシグルズにはハクアが一瞬で距離を詰め斬りかかる。
人間とは思えない跳躍力とその速度に、シグルズのパイロットは反応すらできず、突如としてカメラの前に現れた女の居合によって機体の首が飛んだ。
するとどうだ。シグルズはとたんに機能を停止し、急降下しはじめた。
「エーテルマシン共通の弱点。それは頭部を破壊されると全機能が停止する、というものだ」
「なんでそんな弱点が……」
「そりゃあ、エーテルマシンの受けたダメージはパイロットにも伝わるからね。そういう操縦方式なのさ。だから首が飛んだ時のダメージは当然、死に直結する」
「うげぇ……俺そんなの乗りたくねえわ」
「だから強制シャットダウン機能が付いてるのさ」
しかし、それが結果として空にしか陸地がない惑星において、致命的な弱点にもつながるわけだが。
そうこうしているうちにキャリバーン号の姿が見え、ハッチが開いて中からモルガナが3人の目の前めがけて落とされる。
「なるほど、いい判断だダッド」
ダッドと名付けられたレイス人入りオートマトンを褒め、手持ちの携帯端末を操作して遠隔でモルガナを操り、ふわりとした着地と共に膝をついて3人を回収。
同時にキャリバーン号めがけて上昇していく。
その後ろで。島が割れ始めるのが視界に入ってくる。
岩壁が崩れ、その奥から巨大な影がゆっくりと、気だるげな風にも見えるような動作で自身に降り積もった瓦礫の中から起き上がり、いくつものプレート状のパーツが折り重なった翼を広げる。
全身が鈍く光を反射する銀色の装甲。腰のあたりからは尻尾が生えており、それが今にも暴れ出さんとしているのを訴えるかのように激しくうねる。
その姿は、惑星エアリアに伝わる最も新しい神話に記された、有翼有尾の機械神を思わせた。
故に、機械偽神。神に非ず、されど神に近きもの。
「あれが機械偽神。縮退炉を搭載した、機械神を模した機体……」
「でも、本物ほどじゃない」
「え、ハクア……さん。見たことあるんですか?」
「ええ。えっと、貴方は?」
「あ、どうも。アッシュ・ルークです」
「2人とも、挨拶は後。一旦ブリッジへ行こう。話はそこからだ。ダッド、モルガナが合流すると同時に緊急離脱だ!」
離れないと拙い。まだ相手はこちらを見ていないように見えるが、いつ攻撃が飛んでくるかわかったものではない。
モルガナがキャリバーン号の格納庫に到達するなり、キャリバーン号はハッチを閉じ、一気に加速して距離を取ることにした。
「さて、ここからどうする。このままだと5年前の――いや、もっとひどいことになるぞ」
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