第79話 浸蝕
遺産が保管されていた島からキャリバーン号が脱出し、十分に距離をとった地点――といっても最大望遠距離であり、ギリギリこちらの主砲が目標を攻撃できるかどうかという位置で、様子を伺っている。
銀色の、有翼有尾の巨人。それは出現したポイントから動こうとせず、微動だにしないままその尾をただうねらせ、時折地面を叩いているだけ。
「とりあえず、こちらは認識されていないようだね」
ブリッジの定位置に座るアッシュとシルルは、先ほどまでの極限状態ともいえる緊張状態からは解放されたことで、一息つくことができた。
「で、ハクア。機械偽神といったけど、あれの正式な名前は?」
「わかりません。ただ外見上の特徴からそう呼ばれていることと、解析の結果縮退炉が使用されている程度のことしか」
と、シルルの横に立つハクアは言うが、アッシュは彼女が未だ血塗れであるのがどうにも気になる。
流石にもう乾いているため、血液そのものがブリッジを汚すということはない。そこは気にすることはない。が、それでも臭いまで気にしない訳にはいかない。
「ただ、あれが機械神と同質の機能を持っていると仮定すると――周辺の機械類を吸収します」
「……は?」
アッシュが呆けていると、先ほどまで光学迷彩で姿を隠していた2隻のガーフィッシュ級巡洋艦が姿を現し、その主砲を銀色の巨人に向け、照準が合ったとたんに発射した。
これで状況が動く。
主砲から放たれたビームは機械偽神を直撃。が、閃光は装甲を焼くこともなく、ただ表面を滑るように拡散して受け流された。
「ビームが……」
「動くぞ」
攻撃を受けたことで、機械偽神がガーフィッシュ級巡洋艦のほうを向く。
方向転換をする間も、ガーフィッシュ級巡洋艦からはシグルズが4機飛び出し、攻撃を行おうとしている。
展開したシグルズの編隊が一斉にライフルを構え、即座に発砲。着弾するとそれはライフルから放たれた弾丸にあるまじき大爆発を起こす。
「スクロール弾の直撃。それも4機分の一斉攻撃をあれだけ受けたら普通ならば破壊できるはずだが――」
「通用するわけがない」
ハクアが断言した。それから間を置かずに爆炎が薄れ始める。
が、その中にはれでもかと大爆発の連鎖を受けてなお無傷で佇む機械偽神の影が浮かんでいる。
相手が無事だとみるや、ガーフィッシュ級巡洋艦の全火力を投入して攻撃を行う。
避ける事もなくその攻撃を受け続ける機械偽神であるが、ゆっくりと左腕を胸の位置まであげた。
『――――――』
空気が、震える。
かなり距離を取ったはずのキャリバーン号にまで届き、艦を揺らすほどの
至近距離で受けているあのシグルズやガーフィッシュ級巡洋艦はもっとひどい事になっているだろう。
と、左手を開くなり、そこから何かが伸びてシグルズの胸部を貫いた。
「自身を構成する物質を分解・再構築することで槍――いや、鞭のようなものを作り出した……?」
と、シルルは分析する。それが正しいか正しくないかなどどうでもいい。
問題なのは、その鞭のようなものが放たれただけで、展開していたシグルズ全機が串刺しになり、接触面へと吸い込まれるように溶けていっているということだ。
先ほどハクアが言っていた。機械偽神には機械を取り込む能力がある、と。
それを目の当たりにしたアッシュは言葉が出なかった。
何せ目の前で起きている光景は、あまりにも非現実的すぎる。
完全に4機のシグルズを取り込み、伸ばした鞭を引き戻す機械偽神。
今度は翼を広げ、尻尾を地面に叩きつけるとその勢いで浮き上がり、一気にガーフィッシュ級巡洋艦に接近。そのブリッジを右手で鷲掴みにして浸蝕を始める。
さらにもう一方の艦には左腕そのものを伸ばして接触し、浸蝕し始める。
と、機械偽神の首がぐるん、と急反転した。
――こちらを、見ている。
そう察した瞬間、シルルの行動は速かった。
即座にシールドジェネレーターの出力を上げ、前方に集中して展開。
同時に艦を後退させて少しでも距離を取ろうとする。
「
そしてアッシュも、いつまでも呆けているわけではなかった。
アッシュとシルルがそれぞれの対応を取った直後。
浸蝕を受けている2隻の巡洋艦の主砲がキャリバーン号めがけて放たれた。
「うわぁッ!?」
ビームの直撃を受け激しく揺れる艦内。
と、いっても距離も離れているし、本体ではなくシールドが受け止めたことで被害自体はない。
だが問題はなのは、シールドで受けた攻撃の威力が、ガーフィッシュ級巡洋艦の主砲の有効射程距離を超えた距離にいる現在地で受けたにしては高すぎることである。
「クソッ。もうこれ逃げられねえぞ!」
「ハクア、国軍とのホットラインくらい持ってるだろう! 緊急事態だ」
「はいっ!」
ハクアが連絡を入れている間にも、猛攻は続く。
本来の性能をはるかに超える射程と威力。加えて連射速度。
それがあの機械偽神の力による強化であろうことは、考えるまでもない。
だが、だからと言ってアレを倒す方法が一切思いつかない。
ビームも駄目、爆発も駄目。接近戦はそれそのものが自殺行為。接触した時点で取り込まれるのであれば、おそらく実弾兵器も通用しないだろう。
「シルル、Gプレッシャーライフルでいけるか!?」
「無理だ! クラレントの
「1発撃てりゃいい!」
「バカをいうな!
超重力による攻撃。これならば確かに通じるかもしれない。
だが、それも危険が伴う。
相手の動力炉が縮退炉、ということはそれを破壊する事のリスクが高すぎる。
「母さん、国軍が来ます。ですが……」
「どうせ編成に時間がかかるっていうんだろう? 悠長なことだな」
「200年前ならこんなことにならなかったんですけどね……」
機械偽神が操る巡洋艦の主砲を避けつつ、時折こちらも主砲で反撃にでる。
が、距離を取ったのが災いして、こちらのビームは届きこそすれソードフィッシュ級巡洋艦の装甲を抜くほどの威力が出せないでいた。
尤も、有効射程圏内だったとして機械偽神によって強化された装甲を抜けるかどうかは疑問だが。
「出力が足りない……いや、そう言う問題でもないか」
そもそものスペックが違いすぎる。
偽りの神とはいえ、神を名乗るだけはある。
「逃げの一手。それ以外ない、か」
「ああ。我々にはアレに対抗する手段が――しゅだん、が……?」
急にシルルが黙る。何かがひっかかる、と。
艦の操作はシステムに任せて、思考を巡らせる。
「あ、ああっ!! アレがあった!!」
「アレ? ……ああ、アレか!!」
アッシュとシルルはそれが何かを理解しているが、当然ハクアは何の話をしているのか理解できていない。
が、きっとそれを理解した時、目を向いて驚くことになるだろう。
「だがどうする。あそこまで戻るのか?」
「いいや。そんなことはしなくていい。システム、オームネンド統括システムとリンク」
『了解。通信を開始します』
「おーむ、ねんど?」
『マスター、ご命令を』
早速返答があった。
「お前いつの間に連絡手段を確保してたんだ」
「そりゃあ勿論、こんなこともあろうかと、という奴だ」
オームネンド統括システム。
アッシュとしてもシルルとしても、こんなに早い再会になるとは思わなかった。
「早速だが、私の現在の座標は把握しているか?」
『把握しています』
「ならその場所にオームネンドを寄越してくれ。できれば、戦闘力の高いヤツを」
『了解しました。5秒後に合流します』
「あの、母さん? 何をしようとしているんですか?」
「簡単な話だ。バケモノにはバケモノをぶつけるのさ」
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