第80話 巨人激突

 シルルの要請からきっかり5秒後。

 空間が歪み、その中から巨大な人型生物が出現する。

 尤も。それが生物であると一目で見抜けるかどうかは、その存在を知っているかどうかで変わるだろう。


「この個体はずいぶんと人工物っぽい見た目だな」

「攻撃力も防御力も相応にありそうだ」


 オームネンドの存在を知っている2人は、それが生物だと理解している上で、その外見から戦闘力を読み取ろうとしていた。


「な、なんですかアレは!?」


 一方で初見の人間ハクアの反応はこうだ。

 突然現れた謎の存在。それがキャリバーン号の横を通り過ぎ、機械偽神へと向かっていく。

 アッシュたちが最初に遭遇した個体と異なり、左右対称のシルエットで、四肢や胸部などに硬質化した装甲のようなものが存在している。


『――――!!』


 オームネンドが咆える。


『――――!!』


 それに応じて、機械偽神も咆えた。

 瞬間。ターゲットがキャリバーン号からオームネンドに移り、巡洋艦の主砲が一斉に放たれた。

 放たれたビームはオームネンドを直撃。

 キャリバーン号のシールドに多大な負荷を与える攻撃。そんなものを受ければ無事で済むはずがないのだが――当然のように、オームネンドは無傷である。

 より正確には、被弾箇所がすこしだけ焦げたが、すぐに再生して元通りになった。


「ハクア、あれはオームネンド。今回のアレは我々の味方だが、それ以外のタイミングで遭遇すればまず勝てない相手だ」

「オームネンド……そんなものどこに」

「え、普通にカレンデュラ周辺の採掘島に」


 シルルの発言を受け、ハクアは頭を抱えた。


「んなことより、アレをどうやって止めるか、だろ」

「っと、そうだった。ハクア、機械偽神に搭載されている縮退炉の場所はわかっているのか?」

「えっ、あ。はい。翼の基部部分のユニットに収納されています」

「と、いうわけだ。オームネンド。翼の基部にある縮退炉を引き剥がせ!」

『――――!!』


 オームネンドが、統括システムを経由したシルルの指示に応え、左の拳を振りかざしながら、虚空を蹴って一気に加速。

 砲弾のような勢いで機械偽神に殴り掛かる。


 それに対し、機械偽神は右腕を振り上げ、浸蝕して制御下においていたガーフィッシュ級巡洋艦を盾にして受け止める。


 オームネンドの拳が艦底に命中した瞬間。爆音とともに巡洋艦に大穴が開き、機械偽神が体表の装甲を砕きながら大きく仰け反った。


「圧縮空気を叩き込んだ!?」


 何が起きたかを理解したシルルは、それに驚愕の声をあげる。あるいは、それは研究者としてのさががそうさせるのか、驚きつつもその顔は興奮しきったそれそのもの。

 実にハイテンションだ。


「けど、問題はあの圧縮空気の威力を耐えきった耐久力のほうだ」


 仰け反っていた機械偽神は、残った左腕のガーフィッシュ級巡洋艦をオームネンドめがけて振り抜いた。

 対し、突っ込んでくるそれに右手を突き出し、腕そのものをめり込ませるようにして受け止め、中を握りしめて腕を振り上げた。

 艦と繋がったままの機械偽神も持ち上がり、その状態でオームネンドは島めがけて巡洋艦ごと腕を振り下ろした。

 島と激突して砕け散る巡洋艦。加えて、突き刺さるような鋭い角度で頭から地面に叩きつけられた機械偽神は、仰向けに倒れ込む。


 ものの数秒もせず、すぐに立ち上がった機械偽神。翼が蠢き形を変えながらオームネンドのほうを向く。

 それは一対の砲身であった。形が出来上がると、即座に照射された光がオームネンドを穿つ。

 ビームなのかどうかはわからない。だが、キャリバーン号のセンサーがその熱量が危険なものだと告げ、至近距離を通過しただけでシールドが悲鳴を上げた。

 が、そのエネルギーの奔流の中を、オームネンドが突っ切っていく。

 全身を焼かれ、溶けだした表皮を爛れさせながら。

 シルルの出した指示に従おうとしている。


『――――!!』


 咆哮と共に、巨大な手が機械偽神の翼が変化した砲身を掴んで左右に引き裂く。

 エネルギーの奔流は止み、無防備になった機械偽神の眼前に迫るオームネンドの顔。

 その状態から大きく仰け反り、まるで斧でも振り下ろすかのような勢いでオームネンドは頭を振った。

 ようするに、頭突きである。

 だがその一撃は強烈であり、機械偽神の頭部が粉砕され、攻撃した側も外皮に深い傷がついて体液が宙に飛沫をまき散らす。それも、まるで噴水のような勢いで。


 だが、自身の負傷を厭わずオームネンドは追撃に出る。

 両手を離し、蹴りを入れて突き放すと、左腕を振り上げて突撃。

 強烈な一撃が、機械偽神の胸部に突き刺さり、背中が盛り上がりオームネンドの腕が突き抜ける。

 その手には、丸い形状の何らかの装置が握られていた。


『――、――――……』


 苦しみもがくような、あるいは縋るような動作で、機械偽神はオームネンドに手を伸ばす。

それに応えることはなく、オームネンドは腕を引き貫いて機械偽神を島の外へと蹴り飛ばす。


 ブチブチといくつものケーブルが引き千切れ、銀色の偽神は青い空の底へと向けて落ちていく。


「反応消失。状況終了だ」

「で、アレどうするつもりだよ」

「……いや、私もまさか引き剥がせと言ったのに、真正面からえぐりにいくと思わなくて、正直引いてる」


 とはいえ、結果オーライ。縮退炉を破壊することなく、相手から引き剥がして無力化。

 縮退炉も安全装置が起動したのか、エネルギー反応が低下していく。


「アッシュ、縮退炉を受け取ってくれ」

「了解だ」

「母さん、何をするつもりですか……?」

「いや、何。せっかくの戦利品だ。有効活用しようと思ってね」


 ものすごい悪い顔をしているシルルに、ハクアは大体何をやろうとしているかを想像し、顔をひきつらせた。



 結論から言えば、ハクアの想像通りになった。

 オームネンドから縮退炉を受け取り、それを回収するとそれを最初から用意されていた空きスペースに搭載した。


「本来はエーテルコンバーターを搭載するつもりだったが……それはもう1つのスペースに搭載するとして、だ。縮退炉の解析が終わるまではただの荷物だね」

「……縮退炉を搭載した戦艦、か。もうこいつの価値とんでもねえことになってるだろ」

「おそらく、いや確実に全宇宙最高額の海賊船だろうね」


 縮退炉。旧世紀の遺産であり、そして現代においても再現不可能なオーバーテクノロジーの塊。

 それを解析して使おうというのは、なかなかにイカレた発想である。

 安全性の確保などできていないし、使い方を間違えれば大惨事を引き起こしかねない。


「それはそうと、アレ、どうする」

「アレ、ねえ」

「いや、2人ともどっちの事を言っているんですか?」


 ハクアの言う通り、彼らの前にある問題は2つ。

 撤退しないオームネンド。そして、機械偽神の出現によって崩落した島から出現した巨大遺跡。

 前者はまだシルルの指示があればどうにかなるし、すぐに敵対的な行動を取るというわけでもない。

 問題は後者。


「まさかあの島にあんな遺跡があったなんて……」

「そりゃあ、これが撮影された場所だから当然か」


 惑星レイスで回収したウロボロスネストの保有していた始祖種族が遺した壁画の画像。

 その撮影場所が、あの巨大遺跡だというならば納得もできる。

 問題は、入り口が限られているのに、どこからそんな遺跡を見つけたかという話であるが――崩落の影響で中の通路もどこまで使えるかわかったものではない。


「オームネンド――ああ、言いにくい。もうこのコに名前つけよう。個体名、モルドで登録だ、システム」

『了解しました』

「で、早速だがモルドは再び休眠状態で待機だ」

『――――』


 言葉を理解したのか、ブリッジの前に現れたそれは頷いて空間をこじ開け、そこへと飛び込んで姿を消した。


「で、あっちの遺跡のほうはぜひとも乗り込んで調べたいところだが――。そうも言っていられなくなった」

「どうしたんだ、シルル」

「これだ。マコから――いや、アニマからのSOSだな。どうも厄介な相手とぶつかったらしい」

「つまり、一刻も早く惑星アルヴへと向かう必要がある、ということか」

「な・の・で。遺跡の調査はハクアに丸投げすることにしました」

「はあっ!?」

「よろしく、ね?」


 有無を言わせぬ圧であった。

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