第81話 縮退炉
確かに、それは有無を言わさぬ圧を持った発言であった。
親と子という圧倒的な力関係の上で放たれた、遺跡の調査を任せるという言葉。
ただそれだけの関係性、というわけでもないだろう。普通に、シルルのほうが強いのだろう、とアッシュは推測する。
が、同時にハクアの戦闘力を考えてそれよりも強いとなると、シルルの真の実力というものが計り知れなくなってきた。
「わかりました、わかりましたよ。でも、調べる準備が必要なので、姉さんと合流したいんですけど」
「まあ、2人いたほうがいいね。ジュラはどこにいるのやら」
「そういえばトラック爆散した後連絡先も聞かずにどこかに行ってしまったか……」
「え、トラック爆散?」
ハクアの反応からして、いろいろぶっ飛んだ言動をすることのあるシルルや、いきなり殺しにかかってきたジュラよりは常識的なのだと安堵するアッシュ。
「まあ、カレンデュラ本土付近の島で降ろすから、そこから先はハクアに任せる」
「んな無責任な……」
「あ、調査結果は当然、私に送ってくれたまえ。最低でも遺跡内に描かれたすべての壁画と文字の画像は送る事」
「無理難題では!?」
「んなこと言ってる間に、国軍が近づいてきてる。もめる前に撤収だ」
◆
国軍と遭遇するよりも前に、キャリバーン号はその場を離れ、ハクアを降ろしてからはすぐに大気圏を突破。
衛星軌道上のオービタルリングのスペースポートに寄港する。
理由は至極単純。縮退炉の調整である。
何せ、本来の持ち主は規格外の存在であった。
200年も前に生み出されたにもかかわらず、現行兵器に劣らない――どころか圧倒的に上回る性能を発揮し、おそらくは再現性もない機体の、偽りの神の
それをキャリバーン号の規格にあわせて搭載しようというのだから、慎重にもなる。
「マコ達の援軍に向かいたいが……」
「エアリアからアルヴまでワープドライヴでは時間がかかりすぎる。ワープドライブと空間跳躍の違いは説明しただろう?」
「A地点とB地点の間にバイパスを作るのがワープドライブで、空間跳躍は距離そのものをゼロにする、だったか?」
「ああ。それをするのには当然、それを可能とするシステムが必要になるわけだが、それ以上に問題となるのはエネルギーのほうだ」
ブリッジで縮退炉とキャリバーン号の接続作業の指示を出しながら、シルルはアッシュにも分かるようにメインスクリーンに図を表示して説明する。
「ワープドライブが、霊素の空間湾曲作用を利用しているのは当然知っているだろう。これだけでも相当なエネルギーを消耗する。ただ湾曲させて通路を作っているだけなのに、だ」
――それだけでも相当なことでは?
などと言うと話の腰を折りかねないのでアッシュは堪えた。
「ま、空間跳躍も基本は同じなんだけど」
「違う、ってさっきも言ってたじゃねえか」
「まあ聞いてくれ。ようは生み出した通路の長さの違いなんだ」
「長さ……?」
「んーなんというかね。ちょっとこの場合とは異なる話にはなるが、A地点とB地点の移動に適切なのが自転車だとしよう。だがそこを徒歩で移動するとその分不必要な体力を消耗するするだろう? 逆に、自動車を使うとどうだ?」
「それもそれで無駄、だな。動かすだけの燃料が無駄だ」
「だろう。これをハイパースペースに置き換えると、だ。自転車が適切な距離、徒歩が長すぎるもの。そして自動車が極端に短くしたものだ」
「つまり、A地点とB地点の移動という同じ結果を出すのに、長すぎるのは当然無駄だし、短くしようとするとそれだけで適性距離を上回るエネルギーを消耗してしまう、という話か?」
「あ、最初からその説明でよかったか」
そうしている間に縮退炉とキャリバーン号の接続作業が完了し、作業に従事していたオートマトンたちが、最終チェックの担当以外離れ始める。
「んで、だ。空間跳躍のように距離をゼロにするような空間湾曲を実現するにはエーテルコンバーターのように大気中の霊素から無尽蔵にエネルギーを取り出せる装置か、それ以外の莫大なエネルギーを発生させることのできる装置が必要な訳だ。この縮退炉みたいにね」
「ってことはまさか、空間跳躍でアルヴに行こうってのか?」
「その通り。とはいえ、私も縮退炉について詳しいわけじゃない。だから、いくつものリミッターを仕掛けた。こちらの許容できるエネルギーを発生させそうになったら緊急停止するのは勿論、最悪の場合区画丸ごと艦の外に切り離すような仕組みも組み込んだ」
「やりすぎ――とは言えないか」
この広い宇宙で、縮退炉を破壊した人間などいないのだ。その結果、どんな惨事が起きるか。また起きた惨事がどの程度の規模のものになるかなど誰にも予想がつかない。
慎重に慎重を重ねるくらいでちょうどいい。
「で、話は変わるんだが」
「なんだい?」
「お前、本当にあの2人の母親か?」
「……はは。ヘアピンカーブ並みに話が変わったねえ。で、なんでそう思ったんだい」
「まずは髪の色だ。ジュラさんは黒髪でハクアさんは白髪。それに対してお前は赤髪。遺伝するにしたってちょっと無理があるだろ」
「ははは。それだけの理由かい?」
「まず、って言っただろ。次は顔つき。確かに似ているけど、どうも違和感があった」
アッシュの指摘に、シルルは笑みを浮かべて応えた。
「まあ、母親ではあるよ。2人目の、だけどね」
「血縁的には?」
「私から見て姪にあたるね。兄の忘れ形見さ。おかげでこの歳まで浮いた話もない」
「この先もねえぞ。多分。お前はラウンドに懸賞金かけられたお尋ね者だし、キャリバーン号も海賊船だってバレてるしな」
「その時がきたら、君で我慢しよう」
「ははは。……冗談だろ?」
「君への好感度は割と高いよ。恋愛ゲームの攻略対象ならフラグが立っている程度にはね」
妙に判りにくい例えである。
まあ、嫌われているよりはマシか、とアッシュは話半分に聞き流す事にした。
コンソールに、最終チェックが終わったことを告げるメッセージが届く。
その最終チェックのデータをシルルが確認して、問題がないかを改めて確認する。
「よし、安全装置のほうは問題ないな」
「それじゃあ、やるのか?」
「ああ。ドッキング解除。オービタルリング、キャリバーン号はこれより出航する」
キャリバーン号がスペースポートから離れていく。
ゆっくりと、そして段々と加速して。
不完全なデータではあるが、縮退炉が暴走した際に発生する被害予測範囲内に人工物が何もないことを確認すると、シルルはアッシュに目で合図を送った。
それに対し、アッシュは頷く。
ここで失敗すれば宇宙の藻屑。それを覚悟して、シルルがボタンを押す。
「縮退炉、起動」
偽神の心臓が蘇生する。
音もなく、ただわずかな音と共に艦にエネルギーが供給されていく。
「空間湾曲確認」
ここまでは順調。いつも通りのワープドライブと大差ない。
ただ異なるのは――そこに使用されるエネルギーの総量だ。
「おい、これ艦のほうが耐えられるのか!?」
「問題ない! 莫大なエネルギーは全部空間湾曲に使われている。その間は問題はない……はずだ」
「おい科学者?! そこは言い切れよ!!」
「だから道連れは私達だけなんだろう!」
「道連れぇ!? 一気に不安になったわ!!」
「アルヴへのルート確定。いけるよアッシュ」
「切り替え早えよ! ヘアピンカーブかよ。ったく、キャリバーン号、突撃ッ!!」
ゆがめた空間へと飛び込んでいくキャリバーン号。
その結果は――当人たちにもどうなるかわからない。
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