第73話 空間跳躍

 キャリバーン号に戻ったアッシュとシルルは、オームネンド統括システムによって提示されたポイントめがけて移動を始める。

 かつて天才が遺した超兵器。

 それがいかなるものかはアッシュにはわからないが、シルルの焦り様からしてきっと悪意のある誰かの手に渡るのは避けなければならないものであるというのは理解できた。


「超兵器って言っても、俺には想像できないし、それって何年前のものなんだよ」

「200年以上前だ」

「その当時造られた物ならもう経年劣化でまともに使えるものなんてないんじゃないか?」

「……これを見てくれ。5年前のエアリアの惑星ニュースだ」


 メインスクリーンに表示される記事。


 暴走エーテルマシン出現! 戦後最大の被害か?

 損耗率70パーセント以上 撃墜に成功するも被害甚大

 あの機体はどこから現れた? 謎の暴走エーテルマシン


「まさか、これって……」

「5年前。件の天才が遺した機体のひとつが何者かによって発見され、悪用された。結果がこの有様だ」

「損耗率70パーセントって……壊滅じゃねえか」


 壊滅、というと言葉通りの意味ではない。

 軍事的な意味での壊滅。つまり、その場にいた戦闘要員の5割以上が失われた状態のことだ。

 なおこれが3割だった場合は全滅となる。


「記事には載ってはいないが、この時投入された戦力はエーテルマシン106機、ソリッドトルーパー732機、重巡洋艦21隻、空母9隻、戦艦17隻、移動要塞艦が1隻だ」

「それを単独で、か?」

「どうやって倒したと思う?」

「そりゃあ物量で――」

「違う。仕込まれていた安全装置が起動して全機能が停止したんだ」

「は? つまり、軍の機体だけじゃあどうしようもなかったってことか?」

「そういえば、私が蛇の手に渡ることを危惧するのもわかるだろう」


 圧倒的な物量差。それをたった1機のエーテルマシンが覆し、対峙したものを返り討ちにし、安全装置とやらが起動するまで暴れまわった。

 それを聞いてアッシュは自身の考えを改めた。

 自身も戦ったことのあるタイラント・レックスやタイラント・レジーナを基準にしていたが、そんなものじゃない。

 あれらはなんだかんだでソリッドトルーパーの携行武器や、艦砲射撃が通用していた為、倒すことができた。


 だが、この記事に書かれているエーテルマシンは違う。

 シルルの言った戦力は、単体の相手に向けられる戦力ではない。軍事拠点を攻め落とす時に投入されるような戦力だ。

 それを相手にして、結局は倒せなかった、となるとその性能はとんでもない。

 加えて。件のエーテルマシンは近年になって作られたものではない。

 200年も前に造られた機体である。

 それだけの間、整備もせず稼働可能状態で存在し続けるというのは考えられない。


「見えたぞ」

「あの島が、保管庫になっている島、か」

「待った。空間湾曲反応確認。エーテルマシンが跳躍ジャンプしてくる!」


 シルルの言葉通り、キャリバーン号を取り囲むように周囲の空間が歪む。

 そしてその歪んだ空間がひび割れ、中からエーテルマシンが飛び出してくる。


「エーテルマシン、シグルズだ!」

「どうすんだよ!」

「決まってんでしょ!」


 空間跳躍によって突然現れたエーテルマシン・シグルズが武器を構える前に、キャリバーン号はシールドを展開する。

 一斉に構えて発射される弾丸。それが眩い光を放ち、シールドがそれを受け止める。


「なんて攻撃だ!!」

「だがこれで1つだけはっきりとした」

「何がだ!?」

「相手はカレンデュラの正規軍ではないってことさ!」


 シールドを解除すると同時に、攻撃可能なレーザー機銃が一斉に閃光を放った。

 砲門を向けられた時点で回避行動をとっていなければ、一点集束した光が高熱を伴いその装甲を貫く。

 すべてを撃ち落としたわけではないが、それでも相手を引き離すのには十分だ。


「出るか?」

「いいや。ソリッドトルーパーでエーテルマシンの相手をするのはおすすめしない」

「サイズ差か?」

「それもあるが、膂力で負けるし、何より跳躍ジャンプに対応しきれない」

「さっきから言ってるジャンプって何なんだ」

「空間跳躍さ。さっきいきなりこっちに現れたのもソレさ」

「ワープドライブとは違うのか?」

「A地点とB地点の間にバイパスを造ってそこを移動するのがワープドライブ。だから距離は短縮できるけれど、移動するのに時間がかかる。が、エーテルマシンの跳躍ジャンプは、A地点とB地点の距離をゼロにする」

「……ちょっと待てよ。それって」

「ああ。奇襲用の兵器としてはこれ以上にないほど有効な能力だ」


 攻撃対象の前にいきなり現れ一撃を与える兵器。それだけでエーテルマシンという機動兵器の脅威度が一気に跳ね上がった。


「勿論、攻撃だけじゃない。回避にも使える。ま、エネルギーの関係でそう何度も使えるものでもないんだけど――それがあれだけの数出てきたんだ。クラレントだけでどうにかなるものじゃない。だから、モルガナで私が出る」

「だが、モルガナは――」

「安心してくれ、アッシュ。モルガナの調整はほぼ完了している。武器もね」



 キャリバーン号を取り囲むエーテルマシン・シグルズ。

 装甲が薄い以外は欠点らしい欠点はない高機動機であるそれは、ライフルを構えたまま相手の動きを待っている。

 シールドによって攻撃は防がれ、反撃のレーザー機銃で多くの機体が被害を被った。

 中にはコクピットを焼かれた機体もあり、四肢をだらんと垂らしてただ浮くだけの鉄の塊になった機体も散見される。

 これは機体を浮かせるエーテルリバウンダーの機能が停止しない限りアンチエーテルが生成され続けるためであり、操縦席が破壊されようと動力部が生きていればアンチエーテルは生成され続けている。

 同時に、別の問題も発生する。


「さっさとアレは落としておこうか」


 キャリバーン号の後部ハッチから杖を持ったモルガナが飛び出してくる。

 そのモルガナが杖を構えると、その先端から閃光が拡散して放たれた。

 いくつもの光が、物言わぬ屍と化したシグルズを撃ち貫いていく。


「さあ。解りやすいだろう。私は、悪い魔女だ」


 エーテルブラストを内蔵した巨大な両肩。下半身を覆うスカートアーマー。

 特徴的な外見のそれに対し、シグルズは警戒を強める。


「死ぬ気でかかってきなさい」



 両肩の装甲が展開し、中に収められていた砲身が露になる。


「エーテルブラスト、広域照射」


 エーテルブラストとは、その内部で圧縮したエーテルを放射する武装の総称である。

 原理としてはエーテル弾のそれに限りなく近く、実際モルガナは初めて起動した時にはエーテル弾を発射していた。

 が、本来の用途は異なる。

 それは戦艦の主砲に搭載されるような超がつく高威力の装備であり、射線上の物体の悉くを物理的干渉力を持つほどの超高密度エーテルの奔流によって押しつぶす兵器である。


 モルガナに搭載されているエーテルブラストは、名称こそ既存のそれらと同じであるが、シルルによって魔改造と言っても過言ではないほどに手が加えられている。

 その威力はちょっとやそっとの拡散率では減衰せず、たとえ広域照射を行ったとしても、その攻撃力はエーテルマシン程度ならば容易に破砕して見せる。

 事実。2つの砲門から広域照射されたエーテルの奔流は効果範囲に入っていたシグルズの装甲やフレームどころか機体を粉々に粉砕していく。

 その範囲攻撃を跳躍ジャンプして回避した2機のシグルズがモルガナの後ろに出現する。


「敵の後ろに回り込む。なんてワンパターンな」


 シグルズがブレードを振り抜くが、そこにモルガナの姿はない。

 モルガナもまた、エーテルマシン。跳躍ジャンプを使える機体である。


 2機の攻撃を跳躍ジャンプで回避し、攻撃が空ぶったのを確認すると真正面から杖を振り抜いた。

 それは避けることもかなわず、綺麗にその胴体へとめり込んだ。

 最初に直撃を受けた1機が吹き飛ばされ、もう1機の機体に激突。

 バランスを崩した2機の横に回り込み、杖の石突部分をその横っ腹めがけて突き出した。


「対処の仕方さえわかっていれば、対処は容易い」


 そしてそのまま、背中に突き出したエーテルリバウンダーを引きちぎり、杖を引き抜く。

 浮力も支えも失った機体は、そのままただの金属塊になり落下していった。


「アッシュ、一応今ので片付いた。後続の反応は?」

『逃げた機体はいるが、今のところはない。このまま直進するぞ』

「ああ。私はこのまま甲板で待機する」

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