第72話 統括システム

 オームネンド統括システム。そう自らを名乗ったそれに音声で指示を出しながらシルルは情報を引き出していく。

 最初に引き出した情報は、オームネンドという存在について。


『オームネンドは、かつて国家間の戦争において投入された決戦兵器です。製造には複数の生物の遺伝子情報を組み合わせて製造。霊素を動力源とし、細胞レベルでの超再生能力を持ち合わせることで、霊素が存在する限り永久的に活動し続けることが可能となっています』

「生物兵器、か」


 兵器として製造された人工生命体だというのならば、ビームの直撃にすら耐える防御力にも納得できる部分はある。


「なら翼や推進器らしいものもなく飛行するのは?」

『オームネンドの飛行には反霊素式推進機関を内蔵しているからです』

「反霊素――アンチエーテル? なるほど。まるでエーテルマシンだ」

「ちょっと待ってくれ。エーテルマシンがなんだって?」

「エーテルマシンの推進装置は、エーテルリバウンダーと言ってね。大気中のエーテルと反発する作用を持ったアンチエーテルを生成。それを噴射することで物体を押し出す、といったものなんだ。つまり――」

「始祖種族は、何万――いや、何十億年以上も前に同じようなものを生み出していた、と」

「そういうことだね。しかもこっちは機械じゃなく、人工的とはいえ生物の機能として実現させている。驚愕しすぎてもはや笑うしかないね」


 始祖種族という存在の持っていた技術というものがいかに現代文明と比較しても驚異的なものであったかを認識する。

 実際にその痕跡を目の当たりにすれば、さすがにもう都市伝説だのホラ話だのとは言えない。


 が、それとは別に気になることがある。


「飛行能力についてはいいとして、兵器だというのならば、制御する手段があるはずだ。それはなんだ」

『人間の脳を使用します』

「ッ!?」

『あらゆる生物と比較した上で、人間の脳ほど複雑に発達し、かつ人間の言語とその指示を理解できるものは存在しません』

「……アッシュ、もしかすると」

「同じことを考えていたみたいだな」


 アッシュたち一行共通の敵であるウロボロスネストは、始祖種族の技術の一部を解析し、それを現代の技術で再現できるようにしている。

 その成果が生体制御装置。オームネンドの制御装置の技術を機械的に再現したもの。

 だからこそ、始祖種族の痕跡を調査していたのだろう。

 そして、たまたまその痕跡が見つかったのがこの惑星エアリアだった。

 改めて、惑星レイスで手に入れた画像を見るシルル。


「奴等はたまたま文字で書かれたものを見つけ、文字をどうにかして解析できた。そしてその時解析したものが、たまたま人間の脳を使った制御装置の作り方だったんだろう」

「ピンポイントでクソな技術を見付けやがるな」

「始祖種族の倫理観ではセーフだったかもしれないから、そのあたりはおいておこう。次の質問だ。今この場所にいるオームネンドは起動可能な状態なのか?」

『肯定です』

「そうか。なら次。オームネンドはこの場所以外にも待機状態で存在しているのか?」

『肯定です』

「次。オームネンド統括システムとは言っていたが、それは他の場所で待機状態のオームネンドに対しても指示を出すことができるのか?」

『否定します。私からの指示は、私の管理下にあるオームネンドにのみ適応されます』


 その返答を聞き、しばらくシルルは考え込む。

 ほんの数秒の沈黙の後、次の質問に移る。


「では、あの割れたカプセルに入っていたオームネンドが覚醒した時の状況についての詳細を」

『正規手順以外での方法で保存用カプセルへの接触があったため、戦闘モードで起動しました』

「その後、外に出て暴れまわっていたみたいだが?」

『敵対した存在と同質の存在を感知した為、迎撃に向かったものと推測』

「つまり――」

「作業にあたっていたソリッドトルーパーと同型の機体を追っていったら外に出たってことか……」


 そしてその道中で何度も戦闘を行い、外で待ち構えていたエーテルマシンと会敵。これを撃破したタイミングでキャリバーン号と接触。それを増援か何かと勘違いしたのか、襲い掛かってきた、という流れだろう、とアッシュとシルルは推測した。

 何とも迷惑な話である。


「……正直、いろいろ聞きたいことはある。だが、そうだな。管理権限はどうなっているんだ」

『製造された時点からの時間経過を考慮し、当時の管理者はすでに死亡していると推測されます。よって、現在オームネンド統括システムは誰の管理下にもありません』

「当然か。これが作られた時代からどれだけの時間が経ったかわかったもんじゃない」

「なら、問題がないのであれば管理者として私を登録してくれ」

『了解しました。登録者名を入力してください』

「登録者名、シルル・リンベ」

『承認しました』

「では管理者として最初の命令だ。ここにいる彼、アッシュ・ルークの指示にも従ってくれ」

「は?」

「追加の命令。管理者と管理者の許可を得た者以外による指示が与えられた場合、その命令は拒絶すること」

『了解しました』

「よし……」

「いや、よしじゃないが?」


 何か、勝手に話が進んでしまった気がするので、アッシュはシルルに詰め寄る。


「いいじゃないか。これでこの遺跡の中にあるオームネンドは私達の手駒も同然だ」

「そうかもだが、なんで俺まで巻き込まれてるんだよ!」

「あくまでも予備だよ。予備。私に何かあったときのね」

「……ったく」

「それに、今の私はちょっと混乱していてね。あまり考えがまとまっていない。それに、あまり長くここに居れる訳もないから、一度離れた後第三者の手が加わらないようにしておきたかったのさ」


 確かにシルルの命令として、管理者か許可を得た人間以外の命令は跳ねのけるようにしたことで、誰かの手が加わる事は避けられる。

 だがそれとは別に、オームネンドが自衛として勝手に動く可能性があるのだから、今後も今日のような出来事が起きないとも限らない、という問題は残る。


「あ、そうだ。この画像を見れるかい?」


 石板に向かって惑星レイスで入手した画像を表示させた携帯端末の画面を向ける。


『確認しました』

「これがどこで撮影されたものかわかるかい?」

『肯定です。座標を表示します』


 モニターにあたる石板に光の筋が走り、地図を描き出す。

 そしてそれは、現在のエアリアの地図そのものを描き出し、現在位置と目標地点が地図を描いた光とは別の色の光を放つ。


『現在地点がここです。そしてマスターの目標とする地点がここになります』

「カレンデュラからえらく離れた場所だな」

「……いや、待て。この場所は」


 シルルは何か心当たりがあるのか、口元に指を押し当てて考え込む。


「勘違いだったらどれだけよかったか」

「おい、俺にも判るように説明しろ」

「……この世界の科学技術は急激に進んだ時期がある。その切っ掛けとなった1人の男――いや、少年がいる」

「少年……」

「私は面識がないけど、その少年は紛れもなく天才だった。パイロットしても、設計者としても。私が嫉妬するほどにね」

「何が言いたいんだ、シルル……」


 アッシュの質問に、シルルは困ったような顔をしながら答える。


「このポイントにはね、その天才が遺した設計図から生み出された超兵器がまとめて保管されているんだよ」

「……待ってくれ。そこでこの写真が撮影されたってことは、だ」

「ウロボロスネストがその超兵器を手にしている可能性が高い」

「最悪じゃねえか」

「このことを知っているのはごく一部の人間だし、秘匿されているエリアも秘匿されている。そう簡単には見つかるとは思えないが、少しでも被害を少なくしたい」

「わかった。急ごう」


 シルルがクラレントに跳び乗るなり、アッシュは離陸させた。


「またそのうち来るよ。ここの子たちを起こさないように見守ってやってくれ」

『了解しました』

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