第71話 最下層

 クラレントがゆっくりと降下し、最下層に降り立つ。

 壁一面を埋め尽くすカプセルの中には先ほど戦った怪物と似たものが閉じ込められている。

 これが一斉に目覚めでもしたら大変な事になる。

 が、それらがすぐに目覚めるようにも思えない。何せ、カプセルの中で凍り付いている。


「コールドスリープ、か?」

「そのようだね。けど……」


 コールドスリープということは、いつでも目覚める可能性があるということであるが――少なくともアッシュたちが彼等を目覚めさせるのは難しいだろう。

 何せ、あの怪物を目覚めさせたであろう装置は叩き潰されて鉄屑に成り果てているのだ。

 そのほかには石板の列などが並んでいるだけで、仮にその石板がなんらかの装置だったとしてもその操作方法が判らないのだから下手に触れようとは思わない。

 というか、近づきたくない。


「降りて確かめる」

「……解った」


 膝をついて左手を胸の前にもってくると、ハッチを開く。

 シルルはコクピットから飛び出すなり、クラレントの手の上で背伸びをする。

 流石に無理のある姿勢のままだったのが堪えたのか、軽くストレッチをしてから地面に降りる。


「アッシュはその状態でついてきてくれ」


 シルルが歩き出す。その後ろをゆっくりとした速度でクラレントが続く。

 その間も、クラレントの各種センサーはこの空間の情報を読み取り、映像データと画像データの両方で記録していく。

 それとは別に、シルルも自分の持っている端末で気になった場所を撮影していく。


「ここはなんなんだろうな。怪物の保管場か?」

「全くわからない。この遺跡が、始祖種族のものだとするならば、地球文明のものよりもはるかに厄介だ。何せ、言語形態が全く異なる。手がかりとなるような記録もね。代わりに――これだ」


 シルルの携帯端末からクラレントに画像ファイルが転送されてくる。

 そこに描かれていたのは、怪物と人間の描かれた壁画。


「彼等は文字を持っていた。が、それをあまり重要視していなかったと言われている。代わりに、こうして絵で後世に伝えていく。おかげで順番を間違えたらそれだけで全く意味が異なる内容になってしまう」

「なるほど、な……」


 送られてきた画像は3枚。

 1枚目はカプセルの中に入った怪物とそれを見つめる人間。

 2枚目は怪物と同じ方向を向いて並ぶ人間。

 3枚目は両手をあげた人間と上半身だけ描かれた怪物と、それと対峙する怪物。

 この解釈があっているかどうかわからないが、アッシュはそう感じた。


 これを送られ来た順番に解釈――あくまでも解釈のひとつではあるが、カプセルの中から怪物を呼び起こして従わせそして戦いに敗れて怪物が倒された、という風に見える。


 が、逆ならばどうだ。


 突如現れた怪物から逃げ惑い、カプセルの中に封じ込めた。

 そういう風にも見える。


「加えて、最大の問題は問題はその解釈が正しいかどうかの答え合わせが不可能である、ということだ」

「まったく、もっと文字で残してくれていれば……」

「だとしても無駄だったろうね。彼等の文明は、我々の文明よりもはるかに進んでいて、それでいて根底から徹底的に異なっている」


 手がかりになりそうなものは徹底的に画像として記録していく。

 ぐるりと部屋を一周。

 記録するものがなくなったところで、シルルは視線を石板の列に視線を向ける。

 ほぼほぼ部屋の中央にあるそれは、中央の大きな石板と、その前に斜めに傾いて配置されている横長の石板。右側に大きなものがひとつ。そして中央のものの左右後方に大きな石板が2つ。


「……あれ、どう見える。アッシュ」

「デスクトップパソコン、キーボード、大画面モニター、スピーカー」

「だよねえ……」


 といってもアッシュたちが連想したものは旧世紀のもの。

 この時代のデスクトップパソコンというのはポケットに収まるくらい小型であり、シルルが普段使っている携帯端末とサイズ的には大して変わらない。

 異なるのは、モニターを外部装置とすることで処理能力や記憶容量に余裕を持たせた設計をしている、ということだ。

 アッシュたちの想像した旧世紀型のデスクトップパソコンというのはもはや物語の中か、あるいは一部のマニアがあえて旧世紀型を再現したものでしか存在しない。


 閑話休題。問題はそこではない。

 なぜそんなものがここにあるのか、だ。

 勿論、仮に目の前の石板がパソコンと同様の機能をするものだったとして、原理や技術などは現生人類の知っているそれとは異なるのだろう。


「……気になる。気になるが」

「触るなよ。絶ッ対に触るなよ」

「解ってるよ。流石にそこまでバカじゃな――あっ」


 シルルはアッシュのほうを振り向きながら、何かに気付いた。

 アッシュもそちらを向くと、壁に並んだカプセルが欠けている場所がある。

 加えて、そこから視線を下にうつすと、割れたカプセルと鉄屑と血溜まりがある。


「うわっ、なんでこれに気付かなかったんだよ」

「どうやら2人とも視野が狭くなっていたようだね」

「いや、お前はさすがに気付いてただろ!? 部屋んなか1周してただろ!」

「まあ、うん。とはいえ、それがあの高さから落ちたカプセルだとは思ってなかったよ。せいぜいあの怪物に挑んだ作業用の機体だとは思ってたけどね」

「……」


 何も言えない、と頭をかかえるアッシュ。


「それよりも、だ。この怪物の名前が判ったよ」

「何?」

「オームネンド。カプセルに書かれているこの文字だけ、現代の文字に類似していて読むことができた」


 シルルの言葉を発したとたん、石板が光りはじめる。


「何!? わ、私は何もしてないぞ!」

「解ってる! とりあえず戻れ!!」

「ああ!」


 慌ててクラレントのコクピットに跳び乗るシルル。

 シルルが乗ったのを確認し、ハッチを閉じて一旦離陸。少しだけでも、と距離を取る。


「何が起きたんだ……」

「わからない。わからないが――」


 石板が放つ光が弱まり、代わりに中央にある巨大な石板の表面にいくつもの光の筋が走り、図形を形どっていく。

 斜めに置かれた石板も同様。こちらは光の線が作り出すいくつもの四角形が並んでおり、キーボードを連想させる。


「音声認識、だったんだと思う。私のオームネンドという言葉に反応した、としか考えられない」

「オームネンド……」


 と、石板が細かく震えだし、音を発する。


『縺偵s縺斐??縺九>縺帙″縲?繧偵??縺ッ縺倥a縺セ縺』

「音……いや、声か?」

「音声も結局は空気の振動だからね。音さえだせれば声のようにも聞こえる事だって――いや、さすがに無理があるだろ。石板が震えてるだけだぞ」


 シルルも自分で言った言葉にツッコミを入れる。

 石板が震えて空気の振動を発生させるだけで音声のように聞こえるのはいくらなんでも無理がある。


『縺九>縺帙″縲?縺九s繧翫g縺――――音声アナウンスを開始します』

「!? 急に理解できる言葉に……」

『私はオームネンド統括システム。指示の入力をお願いします』

「どうするシル――ルゥッ!?」


 言い切る前にシルルがクラレントのコクピットハッチを開いて飛び降りていた。

 結構な高度があるが、気にせず飛び降りて着地寸前にふわりと浮くように減速した。

 多分、なんらかの魔法を使ったんだろうとはわかるが、心臓に悪い。


「アッシュ! ちょっと調べてみるよ!」

「うっわ。新しい玩具買ってもらった子供みたいに目ぇキラッキラしてるよ……」

「じゃあ早速。オームネンドについての情報の開示を」

『了解しました』


 少しばかり長くなりそうだ、とアッシュは嘆息しながら機体を着地さ、大きな子供となったシルルを見守ることにした。

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